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第1章 精霊姫 編
第41話 【攻略対象 辺境伯令息】湖底に沈む精霊姫の祠
しおりを挟む「あの波紋の広がる下……湖底を見てください!」
レーナが、湖の中央付近を指さす。
彼女の示す先では、広がり続ける波紋が円形の波を徐々に荒げ、轟々と音を立てながら渦を巻き、大きな水柱となって湖面から立ち上った。
「レーナ様!?」
執事を始め、領兵らが彼女に驚愕の視線を向ける。彼らにしたら、レーナが指さした場所に大規模な超常の力が現れた――彼女が大魔法を使った様にしか見えないのだから仕方がない。
「えっ! えぇえぇっ!?」
レーナは、良すぎるタイミングで巻き起こったとんでもない現象に、零れんばかりに目を見開き、蝶々を真似るように両腕をパタパタと動かして狼狽える。とてもではないが、魔法を使ったことを誤魔化そうとしている風にも取れない、残念な様子だ。
湖の水を根こそぎ吹き上げた水柱は、銀色の輝きを放って立ち昇り、上空で細かな飛沫となって遍く樹海の木々に降り注ぐ。
ごぉぉぉお……
辺りには、豪雨の音が響いていた。
いや、これはそんな自然現象ではないことは、その場に居合わせた全員が理解している。
魔法を使う者の中には、地形や気候を変えるほどの能力を持つ者もいる。それでも、これだけの規模の魔法を操れる者は希少だったし、居たとしても王家や然るべき権威のもとに保護されているから滅多にお目に掛かることなど無い。機会があるとすれば、それは災害時か戦時下くらいのものなのだ。
だから透明な水に打たれる面々の表情は、驚きでなく畏怖に染まる。
ただ一人、辺境の村で世情に疎く成長してしまったレーナを除いて。
「やっと辿り着けたーーー! 見付けたわよ精霊姫、あなたの祠っ! 姿を現してっ!!」
湖底だった場所に出現したのは、庭園に設えられる東屋ほどの小ぶりな建物だった。
湿った土に足を取られ、跳ねる泥水に汚れるのも厭わずに、広い湖の中央にあたるその場所まで、レーナは一気に駆け降りる。
近付いて見れば、祠は何年も水底に在ったとは思えない、美しさを保っている。のみならず、秀麗な造形にレーナは息を飲んだ。
六角形の深緑色の屋根は僅かに膨らんで柔らかな曲線を描く。六方を支える白く丸い支柱は植物唐草のレリーフに覆われ、柱の上端は隣り合う柱との間に弓形のアーチで連なっている。植物を編み込み、模様を紡ぎ出した翡翠色の外壁は、優美で女性を祀るに相応しい造形だ。
勿論、柱の植物唐草はネリネがモチーフになっている。
細部までこだわり抜いた、精霊姫への深い愛情を感じる造形だった。
だが、今はただ感動している場合ではない。
レーナは、祠の正面に設えられた黄金の扉に手を掛け、力いっぱいグッと引く。
「見付けたわよ、精霊姫! 好き勝手暴れて、引きこもるなんて許さないんだから!!」
引きながら祠に向かって呼び掛けるも、祠の黄金の扉はピタリと閉ざされたまま動かず、中から物音ひとつしない。執事や領兵らが、不安げに視線を交わすなか、レーナだけは確信に満ちた強い視線を祠に注ぎ続ける。
「分かってるんだから、そこに居るって! あれだけ喧しく泣き叫んでおいて今更だんまり!? 粘着質だし、癇癪持ちだし、鬱陶しすぎ!」
無音の祠に向かって、急に罵詈雑言を並べ始めたレーナに、同行者らが驚愕の目を向ける。精霊姫はシュルベルツ領にとっては、大いなる恵みをもたらしてくれる女神の様なものだから当然の反応だろう。けれど、レーナは敢えて悪口を続ける。
「自分勝手にエドを誘拐するわ、ネリネの花束を強奪するわって……。何て我が儘なの!? そんなんじゃ、この先ずぅーーーっと、誰も貴女のことなんて見向きもしないでしょうね! それどころか、ドリアーデ家の大切なシュルベルツ領に害を与える魔物として、討伐されちゃうわね!! こんなに迷惑をかける粘着我儘暴力精霊なんて――――」
まだ続けようとしていたレーナの言葉は、突然途切れた。
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