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俺の穏やかな筋トレライフの破滅フラグ回避生活は、まだまだ始まったばかりだ。

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 人気がなく、俺の「憩いの場」兼「トレーニング場」であった階段に、場違いな甘い女子の声が響き渡る。

 俺?俺はいまだに両腕の間にすっぽりと収まった聖女の取り扱いに頭が最善解を出せず、ぐるぐる回るローディング中の頭以外フリーズしたポンコツ状態で立ち尽くしている。主人公ならラッキーイベントだろうが、俺は当て馬の悪役!下手に動けば断罪イベントへの近道が拓けてしまうかもしんねぇ!?

「ヒロイキ様はただあたしを助けてくださっただけです!ソルドレイド様こそあたしを階段の上から突き飛ばしましたよね!?風魔法で!」
「んなっ……何の証拠がありまして!?私はただ、貴女にその―――人類の理想を具現化したかのような神の如き肉体美を持つ……そのっ、ヒロイ……いいえ、皆のアイドルたるお方の側に抜け駆けをして侍るのはお控えなさいと忠告しただけですのよ!感情が高ぶってちょっと風魔法が出たかもしれませんけれど……」
「ほらほら!みなさいよ、やったんじゃないですかぁ――!」
「だけど、スカートが揺れる程度のそよ風が吹いただけで、階段から落ちる程じゃなかったでしょ!?それに落ちる前にわざわざ下に居るヒロイキ様の位置を確認しましたわよね!私見ましたわよ」
「そっ……それはぁ~~―――」

 俺はこんな平民聖女ユリーナと魔術師団長の娘ソルドレイドとのキャットファイトに顔を突っ込むつもりなんてミジンコの欠片ほども無い。ダメだ、思考回路が追い付かない。どうして何もしていない俺に、攻略対象の美少女が2人も絡んで来るんだ!?これもゲーム補正か!?俺に悪役らしく振舞えと云う、世界からの圧なのか!?

「ずるいですわ!それにどさくさに紛れてヒロイキ様の逞しい上腕二頭筋のみならず、三角筋にまで触れるなんてっ!うらやま……はっ・はしたないですわ!!」

 この世界には魔法が存在する。だから、男達はそこそこ鍛えた筋肉……いわゆる細マッチョの状態で、華やかな見た目を維持しつつ、魔法の強化を掛けて筋肉のモチベーション以上の力を行使するのが一般的だ。

 だが入学式以降、何故か周囲は異様な筋肉熱に目覚めたらしい。教室では、ごくまれに見知らぬ令息が「トレーニングメニューについて話そうじゃないか」と近付いて来る。ただ、すぐに別の令息に「(抜け駆け厳禁の)不文律を乱す気か!?」と引き離されるし、令嬢達にもやたらじっと見られている。あぁ、けどあれはきっと睨まれてるんだ……。悪役補正が働いて、何か知らないうちに仕出かしてるんだろうな。そっちをみても、真っ赤にした顔をさっと背けられてしまうから。だから彼女たちが何をそんなに怒っているのか原因は未だ不明のままだ。とにかく居心地が悪い。

 そんな訳で、俺は隙間時間が出来るたびに、こうして人気のない居場所で、独り静かに筋トレをするのが日課になって来ていたと云うのに……。

「ヒロイキ!貴様、我が国の宝、聖女ユリーナと、我が婚約者ソルドレイドに汚い手を触れ、嫌がる彼女らを惑わす怪しげな振る舞いを繰り返す悪行の数々!心優しい彼女らが許しても、不正を許さぬこの『あああ』が認めぬ!」
「……(主人公の顔!初めて見た!!)」

 ポカンと、目を見開いて固まる俺の視界で、主人公『あああ』の表情が憎々しげに歪む。

「痛いところを突かれて言葉もなく、ただ恨めしげに私を睨み付けるとは、たちの話以上に非道で卑怯な奴め!」

 あれ?これって終盤の断罪シーンのセリフじゃね?しかもゲームだったら「たち」じゃなくってたちだったんじゃね?しかも時期がまだ早いんじゃあ―――

「食らえ!」
「……!!」

 女子達の悲鳴が響くと同時に、ドスっと、大胸筋に衝撃が走る。

 って―――!!この主人公、いきなり攻撃かよ!?問答無用かよ!ま、聞かれたところでコミュ障の俺が堂々と説明なんて出来るわけないけどね。くぅっ!

「なんだと!?木剣を振るった私の手が痺れて、お前は何故膝もつかん!?」

 流石に学園内で持っているのは訓練用の木剣だった。助かった……。それにしても俺は改めて筋肉の素晴らしさを実感したぞ!理不尽な暴力に鉄壁の防御力兼攻撃で応える『筋肉』!!人呼んで筋肉鎧マッスルアーマー!これって、最強なんじゃね?!

 俺は無言のまま、強い味方となった筋肉鎧マッスルアーマーを実感すべく、身体を少し捻り、腰の横で両手を軽く繋いで腕に力を入れ、膝を少し曲げて大腿部を意識しつつ脚全体に力を入たサイドチェストのポーズをとってみせる。
 微かに「きゃあっ」「おぉっ」などと云う声や、物がドスンと落ちる音が聞こえたけれど姿は見えない。また、鼻つまみ者の俺を陰に隠れて見ている奴らがいたんだろう。気にするもんかっ……!

「これはなんの騒ぎだ!!……と、またお前か、ヒロイキ・ブラックマン」

 そこに学友を引き連れて堂々と歩を進めて来たのは、この学園内では学園長に次いで高い地位を持ち、学園生ながら風紀と規律の番人の役割も担うクリスティアナ姫だ。

 王族らしい風格を持つ心優しい人格者でありながらも、ボンキュッボンのけしからん風貌も相俟って、学園中の人気を集めるスーパーアイドルだ。眩しすぎる……!!

 はっ!そう言えばさっきフルで名前を呼ばれたぞ!?こんな女神に陰キャな俺が認識されているなんて、なんて恐れ多い―――!!!眩しすぎて顔をあげることも出来ん!

 キュン死にしそうで固まった俺の僧帽筋に、小さいほっそりした手が気遣わしげに添えられる。

「ふむ、怪我はないようだな。あまり騒ぎを起こすのは感心せんぞ?」

 クスリと笑いながら俺の僧帽筋から大胸筋にお姫様の手が……!なんだこれ、なんのご褒美だ!?主人公が俺に向かって謝ってる気がするが、そんなことよりこの手――!幸せすぎる、俺、死ぬんじゃね!?

「私もいつも庇い立て出来るとは限らんからな。あまり心配させてくれるな」

 ボソリと、そう耳元で囁いてお姫様は離れて行った。

「―――だな!」
「……?!」

 いきなり主人公に力強く広背筋をぽんっと叩かれて、固まっていた俺の思考もようやく動き始める。

 ってか、この主人公、今、何て言った?

「だから!お前のこと、モテなくて僻んでるだけの嫌な奴かと思ってたけど、戦ってみた俺にはちゃんと分かった!お前って良い奴だな!!だから俺たちは今日から親友だ!」

 ナニコノ主人公……。
 そうか、これもしかすると喧嘩して分かり合って土手のところで転がったまま仲良く笑い合って手打ちの、あの昭和青春展開か!?そして2人は肩を組んで親友の誓いを立てて……って、ムリムリムリムリ!!ゲーム通りなら俺を破滅させる主人公となんて絶対にお近付きになんてなりたくないぞ!

「いえ、間に合ってるんで……」

 取り敢えず、まだ何か言って大臀筋に触れてこようとする主人公からは、猛ダッシュで逃げた。

 ヒロイン達の声が更に俺を追い掛けてくる。

 俺の『ラブ☆きゅんメモリアル~ファンタジック学園編~』悪役生活はまだまだ序盤。気を抜けば、今背後を追って来る主人公に断罪されて僻地の強制収容所送りになるか、男娼に堕とされるか……とにかくゲーム通りならロクでもない未来が待ち受けている!!

 事あるごとにゲーム補正が働く学園生活を無事に過ごす事が出来るのか!?



 俺の穏やかな筋トレライフの破滅フラグ回避生活は、まだまだ始まったばかりだ。



《完》
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