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第一章 婚約破棄編
自分で自分を褒めたいと思う。
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オルフェンズによって一方的に負け宣言されたハディスだったけれど、上着の左肩が切れているだけで、傷自体は微かに血がにじむ程度だった。かすり傷でよかった。
「少しよけ損ねただけだよー。全然問題ない程度だよ」
左腕をぐるぐる動かして見せる。顔をしかめる様子もないので本当に大丈夫なのだろう。
「ところで、大ネズミって?」
改まった大真面目な様子で聞かれた。けど、一瞬見えただけで、もう視界にとらえられる範囲にその姿はない。そんなにネズミが気になるのかな?もしかして意外とモフモフ好きだったりするのかな?
「そんなに毛足は長くありませんでしたよ。残念ながら。けど綺麗な緋色の毛並みで木の間を飛び移っていたので驚きま―――」
『ビギュォオォォォォォォ―――――ォォオオオゥゥゥン』
ドン
辺り一帯に響き渡る奇声の後に、足元から突き上げるような衝撃が来る。縦揺れの地震のように何度も繰り返す揺れで足場がおぼつかず、走り続けるのが難しい。
周囲の木々がざわざわと揺れて、遠くで鳥が一斉に飛び立つ羽音が響き、ざわりとした嫌な気配が周囲に漂う。
オルフェンズが口元に酷薄そうな笑みを乗せ、ハディスは困った様にわたしを見て、目的地の丘とは逆の暗い森の中へ視線を向ける。
「トレント刈り、今日はおあずけが良いと思わない?」
「刈りますよ。予定が少し変わっちゃいましたけど」
暗がりの中から不穏な地響きがとどろき、メキメキと周囲の木々を軋ませながら大きな影がゆらりゆらりと近付いてくる。大物からの圧迫感に、口内が乾き思わず唇をぺろりと舐める。
「危険だと思うので、先に逃げてもらえませんか?」
普段なら、こんな浅い森の中にいないはずの大物。どうして現れたのかは判らないけど出てきてしまったなら仕方ない。利用できるものは利用するし、対処すべきは対処する。そのためにも、他人を巻き込むようなことはしたくない。
「何言ってるの。僕は君の護衛だよー」
「思い掛けない大事が起こる兆しのある僥倖に、何故その場を辞すのか解りませんね」
それぞれの場所から、あっさり答えを返してくる2人は、このまま付いて来る気なんだろう。
今まで以上に身体に魔力を巡らせて筋力を強化し、脚をひたすら速く前へ前へと運ぶ。当初の予定通り、丘に向けて一段と加速を加えて走る!
ここまで以上の加速だけれど、突き放していないよね?と不安になって見回せば、ハディスとオルフェンズは、わたしから一定距離をとってちゃんと付いて来ている。背後の森からは、随分と近くなった位置で奇声と、木々を薙ぎ倒すメキメキと云う音が響いて、ついに声の主、大木型の魔物『トレント』がその姿を現した。
正面へ向き直ると、すでに太陽が空高く昇っている。予定通り日中のトレントの群生地となる小高い丘に辿り着くことは出来たみたいだ。
トレントは、樹の形をした魔物で、大きなものは森の奥深くに根を張り、滅多なことではその場から動かないと聞くけれど、幼木は太陽の光を求めて昼間は太陽の光の降り注ぐ丘や山頂に移動してくる。そこを狙って刈り取るのだ。
そう、大木となったトレントはもっと森の奥深くにどっしり根を張っているはずで、滅多なことでは動いたりしないし、間違ってもこんな丘に姿を現すはずじゃあなかった。
「なんでこんな想定外が揃ってくるわけよ!?」
口をついて愚痴が飛び出してくるのは勘弁してほしい。いつもなら幼木相手にさくっと芝刈りをする要領で済ませられる簡単なお仕事のはずだったんだから。それなのになぜか、現れるはずのない大物に追い掛け回されることになっている現状。樹齢何十年も経たような大木が枝葉を派手に振り回して近付いてくるのはなかなかの迫力がある。
木から木へと飛び移っていたオルフェンズは、いつの間にかわたし達のすぐ後ろを走りだしていた。意味ありげな視線をハディスに送りつつ、わずかに笑みを湛えて口を開く。
「これだけ派手な魔力が揃っている。しかも希少な魔力持ちの血の匂いまで漂い出したら、もっと色んな魔物が集まってもおかしくない。そうでしょう?赤いハディス様」
「血の匂いは君のせいでしょー?吟遊詩人くん。まぁ、揃いすぎたのは認めるしかないっか。参ったなぁー」
今、聞き捨てならない会話が交わされた気がする。切れた肩口に、首元から外したスカーフをクルクルと巻き付けながら、ハディスがフゥとため息をつく。いや、そんな余裕な状況じゃないよね!
「ちょっと!オルフェの悪ふざけのせいなの?しかももっと色んな魔物が集まるかもしれないって冗談でしょ!?」
「冗談じゃないよねー。だから、幼木を守りに成木が来ちゃったんじゃないの?」
ほんと参ったよねーと、のほほんと続けるハディスに思わず「本当に参ったのは、こんなとんでもない状況を作り出しておいて尚のんびりしたままのあなたたちの反応よ!」と叫びたいのを、不敬になる!の一念で必死で口をパクパクさせながら飲み込んだわたし……自分で自分を褒めたいと思う。
「少しよけ損ねただけだよー。全然問題ない程度だよ」
左腕をぐるぐる動かして見せる。顔をしかめる様子もないので本当に大丈夫なのだろう。
「ところで、大ネズミって?」
改まった大真面目な様子で聞かれた。けど、一瞬見えただけで、もう視界にとらえられる範囲にその姿はない。そんなにネズミが気になるのかな?もしかして意外とモフモフ好きだったりするのかな?
「そんなに毛足は長くありませんでしたよ。残念ながら。けど綺麗な緋色の毛並みで木の間を飛び移っていたので驚きま―――」
『ビギュォオォォォォォォ―――――ォォオオオゥゥゥン』
ドン
辺り一帯に響き渡る奇声の後に、足元から突き上げるような衝撃が来る。縦揺れの地震のように何度も繰り返す揺れで足場がおぼつかず、走り続けるのが難しい。
周囲の木々がざわざわと揺れて、遠くで鳥が一斉に飛び立つ羽音が響き、ざわりとした嫌な気配が周囲に漂う。
オルフェンズが口元に酷薄そうな笑みを乗せ、ハディスは困った様にわたしを見て、目的地の丘とは逆の暗い森の中へ視線を向ける。
「トレント刈り、今日はおあずけが良いと思わない?」
「刈りますよ。予定が少し変わっちゃいましたけど」
暗がりの中から不穏な地響きがとどろき、メキメキと周囲の木々を軋ませながら大きな影がゆらりゆらりと近付いてくる。大物からの圧迫感に、口内が乾き思わず唇をぺろりと舐める。
「危険だと思うので、先に逃げてもらえませんか?」
普段なら、こんな浅い森の中にいないはずの大物。どうして現れたのかは判らないけど出てきてしまったなら仕方ない。利用できるものは利用するし、対処すべきは対処する。そのためにも、他人を巻き込むようなことはしたくない。
「何言ってるの。僕は君の護衛だよー」
「思い掛けない大事が起こる兆しのある僥倖に、何故その場を辞すのか解りませんね」
それぞれの場所から、あっさり答えを返してくる2人は、このまま付いて来る気なんだろう。
今まで以上に身体に魔力を巡らせて筋力を強化し、脚をひたすら速く前へ前へと運ぶ。当初の予定通り、丘に向けて一段と加速を加えて走る!
ここまで以上の加速だけれど、突き放していないよね?と不安になって見回せば、ハディスとオルフェンズは、わたしから一定距離をとってちゃんと付いて来ている。背後の森からは、随分と近くなった位置で奇声と、木々を薙ぎ倒すメキメキと云う音が響いて、ついに声の主、大木型の魔物『トレント』がその姿を現した。
正面へ向き直ると、すでに太陽が空高く昇っている。予定通り日中のトレントの群生地となる小高い丘に辿り着くことは出来たみたいだ。
トレントは、樹の形をした魔物で、大きなものは森の奥深くに根を張り、滅多なことではその場から動かないと聞くけれど、幼木は太陽の光を求めて昼間は太陽の光の降り注ぐ丘や山頂に移動してくる。そこを狙って刈り取るのだ。
そう、大木となったトレントはもっと森の奥深くにどっしり根を張っているはずで、滅多なことでは動いたりしないし、間違ってもこんな丘に姿を現すはずじゃあなかった。
「なんでこんな想定外が揃ってくるわけよ!?」
口をついて愚痴が飛び出してくるのは勘弁してほしい。いつもなら幼木相手にさくっと芝刈りをする要領で済ませられる簡単なお仕事のはずだったんだから。それなのになぜか、現れるはずのない大物に追い掛け回されることになっている現状。樹齢何十年も経たような大木が枝葉を派手に振り回して近付いてくるのはなかなかの迫力がある。
木から木へと飛び移っていたオルフェンズは、いつの間にかわたし達のすぐ後ろを走りだしていた。意味ありげな視線をハディスに送りつつ、わずかに笑みを湛えて口を開く。
「これだけ派手な魔力が揃っている。しかも希少な魔力持ちの血の匂いまで漂い出したら、もっと色んな魔物が集まってもおかしくない。そうでしょう?赤いハディス様」
「血の匂いは君のせいでしょー?吟遊詩人くん。まぁ、揃いすぎたのは認めるしかないっか。参ったなぁー」
今、聞き捨てならない会話が交わされた気がする。切れた肩口に、首元から外したスカーフをクルクルと巻き付けながら、ハディスがフゥとため息をつく。いや、そんな余裕な状況じゃないよね!
「ちょっと!オルフェの悪ふざけのせいなの?しかももっと色んな魔物が集まるかもしれないって冗談でしょ!?」
「冗談じゃないよねー。だから、幼木を守りに成木が来ちゃったんじゃないの?」
ほんと参ったよねーと、のほほんと続けるハディスに思わず「本当に参ったのは、こんなとんでもない状況を作り出しておいて尚のんびりしたままのあなたたちの反応よ!」と叫びたいのを、不敬になる!の一念で必死で口をパクパクさせながら飲み込んだわたし……自分で自分を褒めたいと思う。
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