【完結】女神が『かぐや姫』なんて! ~ 愛され令嬢は実利主義!理想の婿を追い求めたら、王国の救世主になりました~

弥生ちえ

文字の大きさ
39 / 385
第一章 婚約破棄編

上司のあなたがそうだったんなら納得の失礼さよね!

しおりを挟む
 不安感をあおり立てるように、殊更ことさら『女神の怒り』『女神に仇なす』などといった不穏な言葉ばかりを選ぶ大禰宜だいねぎムルキャンは、更に大声で警邏隊に追い打ちをかけるように言葉を連ねる。

「女神様の怒りがこの館に満ちて行くのを感じますぞぉ!我々に仇なし、冒涜する者を滅殺せんとする女神様の憤激ふんげきが、みかどに恨まれた不条理への憎しみを伴って巨大に膨れ上がるのを感じまずぞぉぉ!ほっほっほぉ!」

 完全に敵認定されて、ムルキャンから睨みつけられ、怨嗟を繰り返しぶつけられる警邏隊員たちの中には、顔色を悪くして怯み始める者も出始めた。隊長は忌々し気に顔を歪ませているが、引く気はないようで、不安げな部下を一喝している。
 わたしとハディスはこのパフォーマンスをどこか冷めた目で見つつ、一層強くなり始めた光の出所に視線を向けると、なんと本当にムルキャンの言う通り黄色い魔力が『巨大に膨れ上がり』始めているのか、細い廊下から黄色い半透明なゲル状のがムニュリと押し出されたように出て来た。

「隊長!水の探索に向かっていた者達です!」

 警邏隊員の切羽詰まった叫び声にに釣られるように見た廊下の中程には、3人の警邏隊員が力なくふわふわと漂い、黄色いアメーバーの核みたいになっている。
 けどそれはわたしとハディスには、そう見えるだけで―――。

「何だ?あの隊員たちは空中浮遊なんて高度な魔術が使えたのか!?」

 うん。黄色いのが見えないとそうなるよねー。

「ハディス様。見えていますか?黄色いうみみたいなムニュムニュ」
「……うーん?多分同じものは見えていると思うけど、もっと他に何かなかったのー?仮にも大神殿主だいしんでんぬしの魔力だよー」
「何でもいいですよ。気持ち悪いんですもん。どう表現しても良さげなものに例えられる気がしません」

 あはは……と乾いた笑いを漏らすハディスと、一層強くなった嫌悪感に腕を擦るわたし、そして警邏隊員が宙を漂う廊下を見比べたヘリオスが、ごくりと唾を飲み込む。

「お姉さまたちには、あの辺りにがある様に見えるのですね?」
「うん。毒々しいから絶対触っちゃダメなやつね!」

 むふん、と自信満々に答えると、途端にヘリオスはへにゃりと眉を下げる。

「では、あそこに浮いている警邏隊員さんたちは大丈夫なのでしょうか?危険なのではないですか!?」

 あぁ、こんな窮地に遭って他人の心配の出来る我が弟、天使!

「でしたら警邏隊に協力を求めた僕たちが、ただ見ているわけには参りません!僕、助けに行きます!」
「「ちょっと待ったぁ――?!」」

 飛び出そうとしたヘリオスの肩を掴んだハディスと、正面に大の字で立ち塞がったわたしに、期せずホール中の視線が集まる。いや、わたしのこの格好は、あまり目立ちたい姿じゃないんだけど。

「またあなたなの!?さっきも、訳のわからないところで意味の分からないことをして、私達の邪魔をして、一体何のつもりよ!」

 占い師の女が憎々しげに振り返って睨みつけたのは、わたしだ。目の前で平伏したうちの一人がわたしを見たことにより、自然とその正面にいたムルキャンの注意もわたしに向けられる。

「ほぅほぅ?その小娘は、我らが女神に仕える者の邪魔をしたと?ほぉーぅ?身の程知らずな。ではまず小娘、お前からだ!女神に仇なす不埒者め、矮小なるお前に偉大で清廉たる女神の怒りの鉄槌が振り下ろされよう!女神の無慈悲なる沙汰を、恐れ、怯えながら粛々と受け入れるが良い!!」

 ジャランと、耳障りな音を立てた錫杖がわたしに向けられる。
 えぇ――またこの展開?ナントカの一つ覚えじゃなし、いい加減にしてよね!

「セレネ嬢!気を付けろっ」

 ヘリオスの影から切羽詰まった声がする。
 と、頭の上から冷水ならぬ、黄色スライムを大量にぶっかけられた様に、心地悪い粘着質な黄色いモノが降り落ちてくる。

 いやぁぁぁ―――――ぁぁっ!!気持ち悪い!なんてことしてくれんの!?

 咄嗟に払い除けようと、心の戦友ともである扇を開いて、がむしゃらに振り回す。扇はわたしの思いに答えたのか、また放電の様なバチバチと云う音を立て始め、触れる先から纏わりつく黄色い魔力を剥ぎ取ってくれる。

 思う様、扇を振り回し、ようやく全身を覆っていた嫌悪感が無くなる頃には、わたしも大分体力を消耗したのか、肩で息をするまでになってしまった。

「お……恐ろしい……」

 警邏隊員が、奇異を見る目でひと息ついたわたしを見ている。

「お姉……さま?っお姉さま!?しっかりしてください!!」

 半泣きのヘリオスに両腕を掴まれて、ガクガク揺さぶられる。
 これはもしや……扇で祓おうとしたのを、気が触れて踊り始めたとか思われた……!?だとしたら、そんなセンス皆無の踊りをする奴だと思われた衝撃にちょっぴり泣きそうだわ。

「ほっほっほぉ!女神様に楯突いた者の末路を、しっかりとお前達の鈍才な頭に刻み付けるが良い!ほぉ―――――っほぉっほぉっ」

 錫杖でわたしを示したまま、高笑いを繰り返すムルキャン。さすがに占い師と案内役の男は懐疑的な視線をこちらにチラチラ向けるけど、上司がこの状態では何も言えまい。

「さぁ、さぁさぁ!女神様のご意志を蔑ろにする慮外者どもよ!この愚かな娘と同じく、無惨な末路を辿り、私達に楯突いた自分の愚かさを地の底で悔いるが良い!」
「無惨で悪かったわね!!」

 ガシャ―――ン

 閉じた扇をフルスイングして、ムルキャンの錫杖を跳ね飛ばす。

「さっきから、あなたたちはわたしのことを、そんな棒で指してっ!部下も大概無礼だったけど、上司のあなたがそうだったんなら納得の失礼さよね!」
「「そこ―――っ!?」」

 ヘリオスとハディスの声が揃い、愕然とした表情のムルキャンと、目を剥いた警邏隊が絶句して静まり返った玄関ホールに、錫杖がカラカラと甲高い音を立てて入り口から外へ転がり出て行く音だけが響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...