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身勝手な間借り人 第五話
しおりを挟む「ええ、おっしゃることは良くわかりますよ。しかし、あなたもようやくご自分の立場がわかってきたというか、いや、今のはちょっと言い方が失礼でしたかね。若干、引いてくれたようなので安心しましたよ。最初は、あろうことか、長年の親友である私を警察に突き出すような勢いでしたが、今はもうそんなことはなくて、我々の生活の仕方が不公平だという話に段々となってきましたよね? それでいいんですよ。落ち着いて話し合えば民事の問題というのは上手く解決出来るものなのです。熱くなっちゃいけません。いくら、自分に不利益になるようなことが起きたからといって、交渉が何でも自分の思い通りになると思っちゃいけませんよね。民事と言えば、特に酷いのはあれ! 相続問題ですよね。知ってます? わかりますよね? あれは酷いですよ。それまで仲良くしていた兄弟姉妹が、両親が亡くなって遺産の話が出た途端に、これ! 大喧嘩ですよね! ありえますかね? いや、実際世間では、こんな悲劇がありふれているらしいんですが、私はテレビドラマぐらいでしか見たことはないですが、本当に酷いらしいですよ。全然会ったこともない親戚がですね、遺産の配分が始まった途端にいきなり目の前に現れて、こっちにも分け前をくれって怒鳴り込んでくるわけですからね。故人の介護もまったくしないで、一度もお中元すら送ってこないような連中が、死んだ途端にこれですよ。まったくね、人間ってのはどこまで卑しいんだろうって思いますよね? いや、正直私なんかもね、今はこんな商売してますが、親兄弟を裏切ってまで現金を受け取ろうなんていう気持ちにはならないですね。しかも、あれでしょ? 親の不幸をバネにして自分が幸せになろうって言うんですから、これはもう、人間の心の内の汚さをね、全部見せてもらっているような感じですよね。
中世ではあれですよね、魔女狩りって言うんですか? ちょっと変な行動を取る人がいたら身内でもチクってしまって、すぐにギロチン送りですよ。ひぇーって、怖い話ですよね。でもね、現世では何と言ったって相続問題ですよ。これが一番汚い! 今の弁護士さんや司法書士さんなんかは大変らしいですよね。ひと月に数回は人間の一番醜い争い事を見せられるってわけで、言い方悪いですけど、ある意味病院の看護婦さんなんかより心臓に悪いそうですね。ですから、ある司法書士さんは、自分の知り合いの資産家の方が病気になったとき、いや、たいしたことない風邪だったっていう話ですが、それでも慌てて枕元まで走って行って、こう言ったそうですね。『おい! 薬を飲んでいる暇があったら、まず遺言書を書け!』ってね、あはははは、こりゃ笑えないですよね。ですから、何が言いたいかってね、あなたも今、失われた二年間に思い至り、十分に不幸そうな顔をしてらっしゃるけど、人間の不幸を探していたらキリがないって気もしますよね。いや、私らなんて、これまでの関係はすっかり壊れちゃいましたけど、それでも、五体満足でいられるんだから、まだ幸福ですよね。そう思いません? 結局のところ、殴り合いもしないで済んだわけです。ああ、話していたら熱くなってきたな、ちょっと野菜ジュースを一本頂きますね」
間借り人の男は一度立ち上がって廊下に出ていき、立てかけてあったダンボールからジュースを一本抜き取るとそれを持って戻ってきた。こんな状況になっても、堂々と自分の家のように振る舞っている。
「さて、何でしたっけ? そうそう、我々の生活の仕方が不公平だっていう話でしたよね? あなたは毎月きちんと賃料を払って住んでいる。私は一円も払わずに間借りしているってわけで、その辺はね、やはり、皆さん、かなり気になるみたいですよね。同じ屋根の下に住みたいんだったら、まず金を半分出せってわけですよね。この国も旗印は民主主義ですが、すっかり資本主義社会になってしまって、まったく、誰が悪いんでしょうね? お金を持っている人が勝ちみたいなね、そういう空気になってますよね。でもね、私に言わせれば、他の人に肩をぶつけられるたびに下がっていって、負け犬になりきって、競争の中で身を引いてばかりいたら、際限のないところまで落とされてしまうんですよね。いやほんと、この国の社会はそういう仕組みになっているんですね。強いものが偉い! 金のないものは去れ! ですよね。誰も自分が居座っているいい立場は譲ってくれない。だから、欲しかったら、もぎ取りに行かないといけないんですよね? それはわかってます。私だって学生の頃からわかってました。でもね、やはり人間の心は弱いものです……。将来のことをよく考えずにグズグズと遊んでいる間に、世間には少しずつ置いていかれて……。おっしゃる通り、これは自業自得ですがね。いやはや、今となっては、他人の家を盗んで借りるような、こんな生活を送っているわけです。でもね、世間を見渡せば、そういう弱い立場の人も多いと思うんですよね。本当はみんなの背後に付いていきたいけれど、どうしても、いつも身を引いてしまう。他人と同じことをやれって言われるのが苦痛なんですよね。この国には、そういう物を言えない大人しい人も多い! 実にね。でも、そういう人にも居場所があっていいんじゃないですかね? 私は思うんですが、生れつき立派な社会人に慣れない体質の人もいるってね、この国にはね。どうしても自己主張ができない。家系も悪い。親は飲んだくれで、財産も土地も持ってない。当然、いい大学にいけるようなお金も知力もない。それに加えて運もないと来た日には! これはもうね、他人に頼って生きる他はないと思うんですよ。いや、私だってちゃんと生きれるんだったらそうしてますよ。親のコネ! これが最強ですよね。あるいは、市役所の職員! あんなものはほとんどがコネでの就職です。最近は教職員なんかもそうらしいですね。でもね、私にはそういうものが何もなかった。周りを見渡しても、ただススキが揺らめく原野が拡がるだけ。自分の両手には何もない。さて、どうする? 行き過ぎる人は皆さん金を持っているようだが、誰も手を差し延べてくれない。ここは都会の砂漠ですよ……。辺り一面ガラーンとしてね、寒くても暑くても、どこにも行くところがなくて、道端に座っていても白い目で見られるだけ。冷たい氷のような社会に復讐してやりたいけれど、暴力的なことをする勇気はまったくない。元々、気が弱いから、他人を騙したり、スリをしたりはできない……。人はいいんですよね。通り魔や銀行強盗をやろうなんて、そこまでは踏ん切りがつかないんだから。どこかで道徳心が責めるんでしょうね。そこはダメだ! 人として間違ってる! ってね。捕まったら本当に落ちるところまで落ちてしまう……。今度は誰からも相手にされなくなるわけです。悪いことはできませんよ、ほんと……。でも、それじゃあどうする? 仕事は何とか出来たが、住む場所がない……。こりゃあ、また不公平だって話になるわけですよね。仕事を見つけても、社会はなかなか我々を受け入れてくれない。そこでやっと登場した間借り人制度! 生きていくにはこれしかないってね、飛びついたわけですよ。ですから、仕方のない部分もあるんですよ? ここにしか綱は降りて来なかった。私でもつかまれるような綱がね。この間借り人制度は、社会の片隅でメソメソと泣いていた私に最後に降りてきた助け舟ってわけですよ」
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