Wing Cross

森野アヤ

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【第三章】 無限の砂漠

第二十話 -届かぬ思い-

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 ガイルは、特にこれと言った策を練っていた訳ではなかった。
 今の様な状況に陥ったのも不意の出来事であったし、彼には考えに耽っている余裕など微塵もなかったからだ。
 負傷したパオの男達を避難させたのは当然の流れであり、救助が成功したのも、セレナの召喚獣やマリンの協力、そしてゼロムとピィチが上手くやってくれたからこそである。
 しかし、ここから先は恐らく無鉄砲では済まないだろう。ガイルはキングワームの攻撃を避けながら、ふとオアシスでのセティとの会話を思い出した。
 
 その時にやらなきゃいけない事をがむしゃらにやる──
 
 それがこれまでの自分のやり方だったし、故に乗り越えられた苦難も多々有った。
 けれど、果たしてそれは、自分一人の力だったのだろうか?砂漠の入口でセティに助けられたのも、シエルの寺院にマリンが来てくれたのも、ロアとの戦いを無事に凌げたのもセレナが居たからこそ。全ては仲間のが居たからこそ乗り切れた。
 もしあの時、支えてくれる仲間が居なかったら?
 実際に今こうして、これからどうすれば良いのかを悩み、迷走している自分がいる。その間にも、共に戦う仲間達の体力、そして精神力はどんどん削られてゆくと言うのに……
 
(マリンのやつ、動きが鈍ってきてるな。かく言う俺も相当きてるし、防戦一方だとこっちが先に力尽きちまう。何か方法を考えないと。何か……)
 
 自責の思いに駆られ隙を見せたガイルの横を、巨大な鋏が目にも留まらぬ速さで通り過ぎる。その先には、瞼を閉じ身動きの取れないセレナが佇んでいた──
「セレナ危ない!!」
 マリンの絹を裂くような叫びが響き渡る。同時に思い切り突き出したガイルの剣先が、間一髪で甲に当たり軌道を逸らした。
 しかし、巨大な鋏が子供達のすぐ側の地面に突き刺さると、凄まじい衝撃と砂煙が生じ、それによってセレナと、咄嗟に彼女を庇ったガイルは、転がる様にして激しく転倒した。
「──きゃあぁっ!!」
「くッ……!」
「あんた達!大丈夫!?」
 地面に横たわる砂まみれの二人のもとへ駆け寄るマリン。ガイルは顔を歪めながら起き上がると、セレナを抱き上げた後、マリンへと首を縦に振った。
「ああ、平気か?セレナ」
「ん……」
 ガイルの腕の中でセレナはゆっくりと瞼を上げた。彼女の目覚め、それはすなわち“召喚魔法が解ける”と言うこと。
 子供達の予想通りセレナが顔を上げると同時に、三体のワームを足止めしていたロックゴーレムは、突如細かな砂の粒へと形を変え、そのまま砂漠の大地と一体となり姿を眩ませてしまった。
 ロックゴーレムの消滅、それは獲物を失ったワーム達の標的が変わると言うこと──
「もう一度、召喚しないと……」
 ガイルに支えられ、よろめきながら立ち上がるセレナ。
「いや、もう良いよセレナ。これ以上無理させたくない。マリンも……少し休んだ方が良い」
 ガイルは、先の攻撃によって足に傷を負ったセレナと、二人を守る為に再び体勢を整え直したマリンを静かに制した。
「ガイル?あんた何言って──」
 訝しげに彼を見やるマリン。自分達が手を休めたら、一人で負担を背負う羽目になるだろうに。
 しかし、現状の変化に気付いてたガイルには、一つの思い当たる節が有ったのだ。
「ワーム達は全て俺が引きつける。だから……その間に、セレナとマリンはもう一度セティの説得に向かってくれないか?」
 
 
「様子がおかしいですね」
 崖の上からその様子を眺めていたライサが、独り言のように呟いた。
「なになにー?」
 中々巡ってこない活躍の場に、半ば退屈そうにしていたエミリーだったが、意味深げなライサの言葉に再び崖下を覗き見る。
「あの親ワームを見て下さい。何故これだけの機会が有ると言うのに子供達を襲おうとしないのか……明らかに先程までと様子が違います。そして子ワーム達、ロックゴーレムが消えたにも拘らず、その場から動こうとしない。私の目には、やつらが躊躇しているようにも見える……」
「うーん。ほんとうはやさしいんじゃないかな~あの怪獣さん!」
「やさしい……?」
 エミリーの突拍子も無い発言に目を丸くするライサ。
「だって、あのとんがった耳の女の子はさっきやられちゃったけど他の人たちはケガをしてなかったみたいだから。きっと、あまりケガをしないようにしてくれてたんじゃないかなぁ」
「……」
 一理ある。防戦に徹していた子供達だが、先程負ったセレナの怪我以外に目立った外傷は見受けられない。
あの岩壁の下に佇む少年が召喚主であり、自らの意思によってワーム達を操作しているか、若しくはワーム達の動作が彼の意思と共鳴しているのであれば、エミリーの読は大方間違いではないからだ。
 彼女の発言を受け、ライサはふっと口元を緩ませた。
(姫……成長しましたね)
 再び地上を見詰める彼に既に笑は無い。戦いは未だ続いているのだから。
 
 
 崖の上の二人よりも先に、セティとワーム達の関連性に気付いたのは、僅かだがセティと行動を共にし、彼の人柄に触れた事のあるガイルであった。
 そして、セレナとマリン。同じくセティを知る彼女達は、ガイルの挙げた案に迷わず頷いた。一か八かの賭けではあるが、それが今の自分達に出来る最善の策だったからだ。
「ワーム達はこれを被った途端に俺に向かってくるだろう。そうしたら、お前らは隙を見て移動してくれ。セレナの傷も心配だしマリンも疲れてるだろうから、ゆっくりで構わない。今のやつらは──俺が逃げ待っているうちは“お前ら二人を狙わない”」
 ガイルは、徐に側に落ちていたパオ民族のマントを手に取った。
「……わかったわ。こっちは任せて。あんたも、簡単にくたばるんじゃないわよ!」
「ガイル、絶対に無茶だけはしないでね」
 意気込むマリンの隣で、不安げな表情を浮かべるセレナ。ガイルはいつもの様にセレナの頭を一撫ですると、彼女の不安を和らげるように太陽の様な笑みを返した。
 
「来るぞ!」
 ゴーレムから足止めをくらっていた場所に止まっていたワーム達は、ガイルがパオのマントを羽織ると同時に、一斉に“偽りの仇敵”へと標的を定め、砂煙を上げながら怒涛の如く突き進んでくる。
 そして、それまで子供達の間近で間誤付いていたキングワームも、未だ生存していたパオの男──実際はガイルだが。その存在に気付くや否や、岩場一帯に轟くほどの奇声を上げ、再び彼へ向け巨大な鋏での斬撃を繰り出してきた。
「セレナ、マリン今だ!!セティを頼んだ!」
「行きましょうセレナ」
 ガイルはそう言い放つと、キングワームの攻撃をかわし、二人に背を向け駆け出してゆく。マリンに腕を引かれながら、去って行く彼の後姿を見届け、セレナはもう一度小さく呟いた。
 無茶だけはしないで……と。
 
 
 ──無茶だ。
 そう心の中で呟いたのは、地上の様子を食い入るように見詰めていたライサだ。
(ガイル王子、一体何を考えているのですか?これだけの数のワームを相手に一人でやり過そうなど、あまりにも無謀。万が一、彼女達があの少年を目覚めさせる事が出来なければ、あなたは……いや、彼は失敗を想定していないのかもしれない。若しくは、作戦の成功に絶対の自信を持っているか……何れにせよ、全ては彼女らに託されている)
 巨大ワーム、そして子ワーム達を上手く牽制しながら、広い砂地を走り回るガイル。そして岩壁の下の少年のもとへ駆け寄る少女達。
(そこまで信じれるのか?他人を……)
 今のライサには、エミリーの黄色い声援すら耳に届かなかった。
 
 
「セティ!ちょっと、何とか言いなさいよ!」
 虚ろな表情のまま、未だ微動だにしないセティ。彼は少女達に名を叫ばれても、前を見据えたまま、一向に変化を見せる様子は無い。
 その光を失ったおぼろげな視線の先には、ワーム達とパオ民族の格好をし逃げ回る男──ガイルが居る。
「やっぱり、一筋縄じゃいかないってわけね。予想はしてたけど……」
 精一杯の呼びかけにも無反応なセティを見詰め、マリンは寂しげに目を伏せた。
「セティさん……どうすれば私達を思い出してくれるのかな」
 説得。そう言った行い自体が始めてのセレナは、必死で彼の名を叫び続けるマリンの後ろで、静かに見守る事しかできずにいた。
 この状況で説得は難しいかもしれない。けれど、今の自分自身に来る事をやらなければ、現状は何も変わらない。王都フリースウェアーで魔族の怒りを鎮めたように、港町シエルで二人の口争を収めた様に。
 もしも彼に少しでも意思が残っているのなら、歌で心を揺さぶる事が出来るかもしれない……
 
「セレナ?」
 マリンの高ぶりを冷ましたのは、いつかの月夜に聴いた、神々の詩であった。セティがリュートで奏でた流れるようなメロディーを、セレナが歌う。
 神々の詩──
 それは人々の愚かさ、そして手を取り合い、支え励まし合う大切さを説いた、古からの伝説。セイル=フィードに生を得た者達にとって、決して失ってはならない、人々の有るべき形をえがいた、敬愛すべき神秘の物語である。
 これが正しいかどうかなどセレナには判らない。けれど、彼女はもう一度セティに皆で過したあの日の夜を思い出してほしかった。
 満点の星空を翔る、優しく温かなリュートの響き。そして透き通るような切ない歌声。あの心揺さぶる音色を紡げるのは、セティしかいないのだから──
 
「……う……」
 
「セティ?気が付いたの!?」
 微かに動いたセティの口元を、マリンは見逃さなかった。 彼女は再度声を張り上げ名を叫ぶと、彼の固く握られた拳を、願いを込めて強く掴んだ。
 セレナの美しい歌声が響く中で、僅かに苦悶の表情を浮かべるセティ。一瞬の表情の変化にすぐさま気が付いたマリンは、彼には未だ意思があると、心の内でそう悟ったのであった。
「セティ、覚えてる?あなたがあたし達に聴かせてくれた歌よ」
 顔を歪めるセティへ向け、徐に語りかけるマリン。
「あなた、あの時あたしがぐっすり眠ってると思ったでしょ。黙ってたけど、本当はちゃんと聴いてたんだから。なんだか眠れなくなっちゃって……あなたの弾き語りが素敵過ぎた所為よ?セティ……言ってたじゃない。手を取り合って支え合う事でどんな苦難も運命も乗り越えられる。それを忘れちゃいけないって。あたし達には、今のセティの支えにはなれないって言うの?そんなの、不公平だわ……」
 マリンは、押し殺した声を小さく震わせた。
 
 
「な、なんだ?やつらの様子が……」
 パオの男に扮装しワーム達を引きつけていたガイルは、突如訪れた静けさに後方を振り返る。すると、今まで一時たりとも攻撃の手を緩めなかったワーム達が、その場に止まり、長い体を激しくくねらせ身悶えている様子が窺えた。
「混乱してる……?セレナが怪我をした時と同じだ。あいつら、上手くやってくれたのか?」
 極度の疲れと安心感から、足を止めその光景を見やるガイル。しかし次の瞬間、ぼんやりと立ち竦む彼へ向け、寸時動きを止めていた一体のワームが行き成り飛び掛ってきたのである。
「──ッ!」
『えぇーい!眠っちゃえ~っ!』
 激しい戦場にはそぐわない可愛らしい声音が、辺りに広がる。それと同時に、ガイルの目前まで迫っていたワームはぴたりと猛進を止め、砂煙を上げながら地面に倒伏し、そのまま動かなくなってしまった。
 呆然とする彼の耳に、再び甲高い声が響いてきた。
「やったぁ!やっと成功したわ~♪」
 両手を上げて飛び跳ねるエミリーの隣で、ライサは目を細め拍手を送っている。
(あいつら……)
 崖上の二人を見上げながら、ガイルは小さく呟くと、微かに口元を緩めた。
 ワーム達を傷付けないでほしい──先の催眠の魔術、それこそが二人なりの答えだったのだ。エミリーは「やっと」と言っていた。逃走に必死で気が付かなかったが、見ず知らずの相手を手伝う為に、何度も何度も術を試してくれていたのだろう。
 残されたワーム達は、そんな彼らのやり取りも他所に体勢を整え直す。
 ガイルは、エミリーとライサの援護に感謝しながら、もう一度マントを深く被りなおした。
 
 遠目からその様子を見守っていた少女達。ガイルの無事を確認し、ほっと一息吐いたマリンは、再び視線をセティへ向けた。
 彼は紡がれるメロディーに確かな反応を示した。しかし、セレナの歌をもってしても、目覚めさせる事は不可能であった。
「ねえ、本当は届いてるんでしょ?あたし達の声が……」
 自身の呼びかけにも、一向に耳を傾けようとはしないセティ。
 崖の上の二人の支援を受けながら、ワーム達の注意を逸らす為に、ガイルは未だ大地を駆け回っている。人族よりも戦闘能力に長けている竜人族とはいえ、これ以上長引けば無傷では済まないかも知れない。
 無傷では──
「……セティ、いい加減目を覚ましなさいよ!大切な砂漠を汚したくないんじゃなかったの?あのワーム達は仲間じゃなかったの?あんたは怒りに任せて仲間に人を傷付けさせるような情けないやつだったの!?見損なったわよ!……いい加減、思い出してよ……」
 どんなに叫んでも、セティは表情一つ変えない。今まで声を張り上げていたマリンが口をつぐむと同時に、静けさが三人の周囲を包みこむ。
 彼の手を握ったまま頭を垂れる彼女に、セレナは掛ける言葉を探していた。
 そして僅かな静寂の後、意を決したセレナが、マリンに声を掛けようとした──その時であった。
 
 パン!と、乾いた音が響き渡った。
 
 次の瞬間。
 セティはよろめきながら岩壁にもたれかかり、そのままずるずると腰を落とす。
 セレナの見詰める前で、マリンは眦を決して、勢いよくセティの頬を引っ叩いたのである。
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