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第151話 勇者…退場?

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 建物から飛び出すと人だかりがすごい。

「うるせー、俺は勇者だぞ、魔物を攻撃して何が悪いんだ!」

 そう叫んでじたばたしているのは茶髪に黒目の懐かしい感じの平たい顔人。つまり日本人だな。
 こいつが勇者で間違いないだろう。

 あれ? どっかで見たような…

 勇者の周りには清楚可憐な感じの女の子、こちらはたぶんこの世界の人だな。聖職者っぽい格好だから回復要員かもしれない。

「何が魔物じゃボケ」
「ラミアは人間じゃアホンダラ」
「脳みそ腐っとんのかこのばかちんが!」

 とこちらは周りの冒険者たち。
 腕っぷしで生きている彼らのことだから相手が勇者だろうとひるまない。

「失礼ですよ。こちらは勇者様なんです。神を冒涜するつもりですか」

 美少女ちゃんが毅然と抗議するがそんなことで冒険者たちはひるまない。

「何が勇者じゃボケが」
「がたがた抜かすと犯すぞビッチが!」
「男にしなだれかかっとる聖職者が舐めたことぬかすなヤリ〇ンが!」

「ひうっ」

 少女が震え上がる。

 相手を罵倒するときにいちいち汚い、そしてあまり意味のない罵倒語を加えるのは口げんかのお作法だ。
 下品な手つきで神官少女を脅かしている。これではどちらが悪漢かわからない。

「ふざけたことぬかすな、下民が! リスティアは俺の女だ。こいつにぶち込んでいいのは俺だけだ。
 舐めたことぬかすとただじゃおかねえぞ」

「おお、おもしれー、やれるもんならやってみろチンカス野郎が!」
「てめーのお粗末なソーセージ切り落としてその女に食わしたるぜ」
「卵二個付きじゃボケ」

 一言喋ると周り中から10倍罵詈雑言が飛んでくる。
 見たところ高校を出るか出ないぐらいの坊主みたいだからな。大人の汚さには歯が立つまい。

 だがうちのチビにちょっかいを出したのであればただでは置けない。
 シアさんを見つけて近寄る。

「町を見て歩いていたんです。そしたらあの勇者とか言うのがいきなり、先日みたライホーとか言うので攻撃してきて、攻撃事態は玉振りではじかれたんですけど」

 うん、自動防御装置は完璧だな。

 勇者と冒険者のがなり合いを聞いているとラウニーはかなり人気者だったらしい。
 町で買い食いをしながら愛想を振りまいていたみたいだ。
 当然人気者になる。
 可愛いしな。

 そこで勇者がしゃしゃり出てきていきなり攻撃。

 魔物だーとか言ってね。

 攻撃は防がれたがこの国はラミアだって人間として扱われている。まあ、多少の偏見はあるみたいだけど、それでもラウニーはかわいいからね。
 それに勇者は普段から迷惑野郎ということで煙たがられていたのがここで表面化したという感じか。

「本当に、ラウちゃんが怪我でもしたらどうするのかしら」

「それに人間と魔物の区別もつかないなんて信じられません」

 と知らない女の人。
 なんかゴメンねー、みたいな気分になる。
 ラウニーは本当はラミアじゃなくてナーガという竜に近い魔族なんだよね。誰にも言ってないけど。

 でも、まあ、誰も困らないからいいか。

「さて、いい機会だからここで勇者をのしてしまおうか」

「そうですね、せっかく向こうから喧嘩を打ってきてくれたんですから…できれば私にやらせてください。家の娘を攻撃したんだからふさわしい報いを…ふふふふっ」

 ネムが怖い。
 だが勇者の力というのは未知数なんだよな…ネムにやらせて怪我でもされると困るし、ここは俺が…

「いい度胸だ、この決闘受けて立つぜ」

 とか思っていたらマーヤさんが勇者に手袋を投げつけていた。
 勇者は顔を輝かせて手袋を拾った。

 勇者の名前シュバルツ君とか言ったっけ。
 絶対に罹患しているよね。
 なら手袋を投げられれば受けないはずがない。

 この世界に手袋で決闘という習慣はないはずなんだけどね。
 マーヤさんもよく考えている。オタクの心理を手玉に取って。

「よくわからないが決闘だー。場所を開けろー」

 お祭り好きの冒険者が流れが分からないままに決闘を仕切り始める。
 本当にお祭り人間ばかりだ。

■ ■ ■

 さて、決闘の場は整った。

「我こそはクラナディア帝国にその人ありとうたわれた勇者、シュバルツ。魔族をかばう野蛮人どもよ。勇者の力をみて恐れ入るがいい」

「マーヤ・クラウ。推して参る」

 立会人にギルマスのセルジュさんとか、公爵家のカウナック君とかいて決闘を見守っている。
 ただ推して参るってこういう場合はあっているのだろうか?
 推参ということなんだけど、これって頼まれてないけどやっちゃうよ見たいな意味だったはずなんだけどな…期待されている段階ですでに推参ではないと思う。

「はっ、接近戦かよ、そんなんで俺の銃に対抗できるのかよ」

「問題ない」

 にらみ合う二人。勇者はたぶん予備だろう、拳銃を持って構えている。
 別にそんなルールがあるわけじゃないのに銃をホルスターに差したまま、すぐに抜けるように構える早打ちスタイル。

 対してマーヤさんは自分の巨大な小手。ブラストナックルを装備している。
 どう見ても両手に打撃武器を装備して接近戦を挑むような姿に見える。

「ふっ、よほど自信があるようだな。俺の銃撃を躱してここまで接近できるつもりか?
 なめんなよ、俺は勇者だぜ。
 お前らは知らないだろうがよ、このハンドキャノンは俺たちの世界で、勇者の世界で最も恐れられる殺りく兵器なんだ。
 てめえなんぞあっという間に蜂の巣にしてやんよ」

「ふっ」

 勇者の煽り文句を鼻で笑い飛ばすマーヤさん。

「よし、この決闘は名誉をかけての決闘だ。双方死力を尽くすように。勝者には輝ける栄誉が与えられる」

 つまりこの決闘は許せないことがあったから始まった決闘ということで、何かをかけてというわけではないのだ。
 相手をぶちのめすことこそが目的。

 ただ勇者は決闘を挑まれた側なので。

「俺が勝ったらてめえは俺の性奴隷だ、胸が小さいのがいただけないが、まあ、女なら穴はついているだろうしな」

 とか言って大顰蹙を買っている。
 この国は女性の冒険者もおおいからね。

「でははじめ!」

 セルジュさんの号令で決闘の火ぶたは切って落とされた。
 勇者は素早く腰のホルスターに手を伸ばし、銃をつかんで引き抜こうとする。

 だがその動作の途中で声が響いた。

「ブラスト・クラシャー・パーーーーンチ!」

 言うだけだから簡単だ。

 だがそれをキーワードとして空飛ぶ巨大な鉄拳が勇者に向けて撃ち出された。
 速度は亜音速。

 文節が一つ増えたせいかなぜかギュルギュルと回転している。

 勇者が腰のホルスターから銃を抜き、マーヤさんに向けて構えたとき、そこには迫りくる鉄拳が!

 まず銃がはじかれた。
 弾き飛ばされる銃に絡んで指が折れる。
 そのまま手がはじかれて外にそれると唸る鉄拳の前には勇者の顔しか残っていなかった。

 シュールだった。

 人間の顔はこんなにもひしゃげるのか。そんな真理を見てしまった。

 これで決まったな。と思った俺だったがマーヤさんはそこでやめる気はなかった。

「あんこーーーる」

 反対側の拳が撃ち出された。

 勇者は宙を飛んでいる最中だった。
 顔を殴られ、頭からふっとんでいる最中だった。
 つまりこっちに向いているのは勇者の下半身。

 唸る鉄拳は、鉄拳は…恐ろしい所に命中した。
 見ていた男どもは、一人の例外もなく股間を押さえた。

 ・・・・・・

 静寂が訪れる。

 音のない世界でスローモーションのように宙を飛び地面に枯葉のように落ちる勇者。

 誰も何も発しなかった。

 静寂を破ったのは戻ってきた鉄拳。
 マーヤさんのうでのベースとなる小手にガチーンとはまるその音。

 世界が動き出す。

「きゃーーーーっ、勇者さまー」

 勇者に駆け寄る神官のビッ…じゃないや女の子。
 変なポーズでぴくぴくする勇者。

「かった」

 マーヤさんの宣言に周りの冒険者たち…のうち、女の人だけが歓声を上げた。

 この日以降マーヤさんは『ゴールデンボールクラッシャー』の異名をとることになったとさ。

■ ■ ■

 ちなみに勇者は数日後復活した。
 なんでも帝国秘蔵のものすごく高級なお薬が使われたそうな。

 よかったよかった。

 勇者が再起不能になると情報を引き出せる相手がいなくなるからな。

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