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4、キリンに夢中ー俺の涙をおまえに捧ぐー
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(なんで俺、ここで働くようになったんだっけ?)
梨香子のおじから紹介された新たな仕事は、とある貿易会社の港湾部運搬課でのコンテナ管理だった。
複数の企業が出資した国際コンテナターミナルだ。貨物船の荷役に使うガントリークレーンは、市営らしい。
ヘルメットを被り案内された場所は、大型トラック、トレーラー、コンテナを運ぶ機械が規則正しく走りまわる場所だった。
「今日からここで、トレーラーとコンテナの出入庫管理をしてもらう。それからこれ」
「これは?」
「クレーン運転士の資格を取るための教材だ。半年後に試験があるから受けるように。実務は来週から時間とるから、学科は独学でやってくれる? 大丈夫、大丈夫。落ちるやつなんていないから。一発合格よろしくね」
「はい!」
とは言ったものの、不安しかなかった。実務は回数こなせばなんとかなるだろう。問題は学科だ。丸暗記でいけるのだろうか。航海士になりたくてめちゃくちゃ勉強したんだから、大丈夫だろう。
そう思うことにした。
「てか、あいつに俺、乗るのかよ」
見上げた先には長い首をたてて休むガントリークレーン、通称キリンが威風堂々と立っている。あのキリンのちょうどお腹のあたりに操縦室がある。あそこから見下ろす景色はどんなだろうか。
「揺れたりしねえよな……」
キリン酔いなんて、洒落にならない。
◇
「あっちゃん、どうだった。やっていけそう?」
夜、鬼丈が家で夕飯を食べる傍らで、梨香子が今日の様子を聞いてくる。ここは鬼丈の家だ。こんな光景も久しぶりだと、母親は嬉しそうに見ている。
「なんとかなるだろ。海にも近いし、今度は陸から船の仕事を支えるって考えると、それもまた面白えなって」
「そっかー。あっちゃんならきっと大丈夫よ。頑張ってね」
「おう」
「あ、そうだ、私ね今年卒業じゃない? それでさ、仕事も決まったところで相談なんだけど」
「なんだよ、言えよ」
鬼丈は高校を出てから男だらけの高等専門学校へ進んだ。大学に進むよりも、専門的な知識が身につけられるし、就職率は抜群によかったからだ。
梨香子は短大の家政科に進んだ。夢がお嫁さんというのも嘘ではない。
「あのねっ」
正面に座っていた梨香子が、鬼丈の隣に移動して耳打ちをした。
「一緒に暮らさない? いい部屋見つけたの」
「なっ、同棲か!」
「しぃーっ」
「オヤジさんが許すわけないだろ」
「やっぱりダメかなぁ」
「まあ、その、休みの日は行くからさ」
「ほんとう? 嬉しい。早く卒業したーい」
「まったく……」
困ったやつだと思いながらも、一緒に暮らしたいと言う梨香子が、可愛いらしくて仕方がなかった。
(待ってろよ。資格とって一人前になったら、ちゃんと迎えにいくからよ)
「梨香子ちゃん、私はもう休むわね。ゆっくりしてって」
「おばさんお疲れ様。私も遅くならないうちに帰ります」
「おやすみ。篤史あんた、送っていきなさいよ。隣でも油断禁物だからね」
「わかってるよ」
こんな日常もいつか終わりが来る。その終わりは、二人の新しい生活の始まりだと鬼丈は心の中でニヤける。
「試験勉強しなきゃならないんだ。応援してくれよな」
「もちろんよ。あ、じゃあ夜は来るの控えるね。合格したらお祝いあげる」
「マジか。楽しみに頑張るよ」
梨香子がくれるお祝いはなにか、のちに鬼丈の想像を遥かに超えるものになる。
◇
半年後。鬼丈はクレーン運転士の資格を取った。
すぐに梨香子に伝えると、「お祝いしたいから、今度の週末に遊びに来て」と言われた。
しかし、資格を取ってから急に仕事が忙しくなった。待っていたかのように、荷役の仕事が回ってきたのだ。
エレベーターで地上五十メートルの位置にある操縦室に上がる。そこは鬼丈が想像した世界とは違った。
今までは横から見上げるだけだった貨物船を真上から覗くのだ。三十トン以上もあるコンテナをクレーンで操る。パズルのように精密に計算された積み位置へ置く。一つでも置き間違えたら、次の港で時間通りに作業ができなくなる。荷崩れを起こしでもしたら、それこそ沈没レベルの大事故だ。
(上から見たら、こんなに小せえのかよ。積み木みたいだな……)
操縦室は思っていた以上に広かった。運転席は正面、サイド、足元までクリアガラスで、その周辺には飛行機のコックピットのように計器が沢山ある。しかし、運転席から振り向くと、どこかの事務室の一角だ。
大きなカレンダーが壁から下がり、小さな冷蔵庫も設置されてある。監督役が座る椅子、エアコンもあり環境は良かった。
「馬鹿野郎! モニター確認しろよ!」
「すみません」
「おい! 殺す気か! 人がいるんだよ、人が。あのな、年間何人この事故で死んでると思う。お前が吊り上げたコンテナはな、凶器なんだよ」
「はい! すみません!」
「お前には優しさがない。人を想う優しさがねぇんだよ」
「すみません!」
一日中、腰を曲げて下を向き、目を凝らしての作業。いらぬところに力が入り、首、肩、腰は悲鳴を上げた。二十代の若さでも仕事上がりはゾンビのようになるのに、四十代のベテランを見る限りそんな様子はない。
「おまえ見てると、ゾンビ思い出すわ」
「人を屍みたいに言わないでくださいよ」
「わけぇのに、なっさけねーな」
「すみません」
毎日、毎日謝ってばかり、体も心もズタボロだった。それでも辞めたいと思わなかったのは、大好きな海と船がすぐ近くにあるからだ。
「あ、俺、酔わねぇわ。ガントリだと、酔わねえんだな……」
作業に集中しているからか、不思議とガタガタと揺れても平気だった。
ひとつ、問題があった。梨香子のことだ。
メールが来ているのに指先が動かない。着信があったのに、寝落ちして折り返しができない。また朝が来て、港へ向かう。そんな日々を繰り返していたせいで、一人暮らしを始めた梨香子の家になかなか行けていない。
しだいに、毎朝の挨拶がなくなり、一日の終わりを告げる「おやすみ」すらなくなった。
◇
ある日の貴重な休日の朝。鬼丈の母親が呆れた声でこう言った。
「やっとの休みも寝て終わり。それじゃあ梨香子ちゃんも、お見合いするって言うわ」
「ああ?」
「だから、梨香子ちゃん。お見合いするんだって、おじさんの勧めで」
驚いてベッドから飛び起きた。母親の言ったことをもう一度頭の中で繰り返す。
(梨香子が、お見合い⁉︎)
頭から冷や水を浴びせられた気分だった。
「それ、いつ」
「ん? 今日のお昼からだったかな。駅前のホテルでランチしながらとかなんとか。あんたちゃんとした格好で行きなさいよ~。結婚式、呼んでもらえるのかしらねぇ」
鬼丈は母親の話を聞き終わる前に、ジャケットを引っ掴んで家から飛び出した。
「ちょっと! 篤史っ。あんたそんな格好で――」
なんとしても梨香子のお見合いを中止させなければならない。一人前になったら迎えに行くと、結婚しようと決めていた。ようやく仕事に慣れ始めたというのに、他の男に盗られてたまるか。
車に飛び乗りエンジンをスタートさせた。
「くそ! なんでこうなった!」
◇
鬼丈はホテルに到着すると、鬼の形相でエントランスに駆け込んだ。周りは何事かと警戒をあらわにしている。そんなことはお構いなしに、鬼丈はロビーの受付で叫んだ。
「松永梨香子のお見合いはどこですか!」
「お、お客様。失礼ですが、お名前を」
ホテルのスタッフは声を震わせながら鬼丈と対面する。その後ろで、チーフらしき人物が鬼丈の様子を伺っている。今にも通報されそうな雰囲気だ。
「鬼丈篤史」
「おにたけ、あつし、様……あっ、はい。お待ち申しておりました。スタッフがご案内いたします」
なにをお待ち申していたのか知らない鬼丈は、案内されるがままスタッフの後をついていく。
相変わらずの鬼の形相で。
「こちらでございます」
扉の前まで来ると、スタッフは礼をして立ち去った。
鬼丈は扉を睨みつけながら、この後のことを考えた。相手はいったい何者なのか。対面した時に自分はどう出るのか。当然、梨香子をすぐにこの場から連れ出す。しかし、万が一、梨香子が抵抗したら。
仕事の忙しさを理由に、梨香子をおざなりにしてきたのは自分だ。メールでたった一言でもいいから、毎日連絡を取るべきだった。梨香子は将来に不安を感じたに違いない。自分より仕事を取る人とは、やって行けそうにないと。
梨香子がお見合いをしたいと言ったら、鬼丈はきっと、梨香子の手を離すだろう。
「見合いを止める理由なんて、ないじゃないか」
『ずっと前から好きだったの。今も、好き。これからも』
突然、梨香子の言葉が脳裏に蘇った。
底抜けに明るい梨香子の顔を思い浮かべると、大丈夫だという気持ちが湧いてくる。
(梨香子は俺のことが、まだ好きだ! たぶん! ええい、当たって砕けろバカやろう!)
ドン!
扉を体で押し開けた。
窓側の席にワンピースを着た梨香子が驚いた顔で振り向いた。座っているのは梨香子だけ。相手はまだ到着していないようだ。
「梨香子!」
「あっちゃん」
鬼丈は大股で梨香子のもとに行くと、腰を折りながら叫んだ。
「俺が悪かった! 仕事しか頭になくて、梨香子のことを放ったらかしていた。すまない! けど、分かってくれ。梨香子との将来のために必死だったんだ。今日の見合いはやめてくれ。頼む!」
「ねえ。あっちゃんてば、ちょっと聞いて」
「不甲斐ない男で申し訳ない。けど俺、梨香子と結婚したいんだ。梨香子以外、ありえねえから」
「あっちゃん……」
鬼丈、まさかの男泣きである。
梨香子のおじから紹介された新たな仕事は、とある貿易会社の港湾部運搬課でのコンテナ管理だった。
複数の企業が出資した国際コンテナターミナルだ。貨物船の荷役に使うガントリークレーンは、市営らしい。
ヘルメットを被り案内された場所は、大型トラック、トレーラー、コンテナを運ぶ機械が規則正しく走りまわる場所だった。
「今日からここで、トレーラーとコンテナの出入庫管理をしてもらう。それからこれ」
「これは?」
「クレーン運転士の資格を取るための教材だ。半年後に試験があるから受けるように。実務は来週から時間とるから、学科は独学でやってくれる? 大丈夫、大丈夫。落ちるやつなんていないから。一発合格よろしくね」
「はい!」
とは言ったものの、不安しかなかった。実務は回数こなせばなんとかなるだろう。問題は学科だ。丸暗記でいけるのだろうか。航海士になりたくてめちゃくちゃ勉強したんだから、大丈夫だろう。
そう思うことにした。
「てか、あいつに俺、乗るのかよ」
見上げた先には長い首をたてて休むガントリークレーン、通称キリンが威風堂々と立っている。あのキリンのちょうどお腹のあたりに操縦室がある。あそこから見下ろす景色はどんなだろうか。
「揺れたりしねえよな……」
キリン酔いなんて、洒落にならない。
◇
「あっちゃん、どうだった。やっていけそう?」
夜、鬼丈が家で夕飯を食べる傍らで、梨香子が今日の様子を聞いてくる。ここは鬼丈の家だ。こんな光景も久しぶりだと、母親は嬉しそうに見ている。
「なんとかなるだろ。海にも近いし、今度は陸から船の仕事を支えるって考えると、それもまた面白えなって」
「そっかー。あっちゃんならきっと大丈夫よ。頑張ってね」
「おう」
「あ、そうだ、私ね今年卒業じゃない? それでさ、仕事も決まったところで相談なんだけど」
「なんだよ、言えよ」
鬼丈は高校を出てから男だらけの高等専門学校へ進んだ。大学に進むよりも、専門的な知識が身につけられるし、就職率は抜群によかったからだ。
梨香子は短大の家政科に進んだ。夢がお嫁さんというのも嘘ではない。
「あのねっ」
正面に座っていた梨香子が、鬼丈の隣に移動して耳打ちをした。
「一緒に暮らさない? いい部屋見つけたの」
「なっ、同棲か!」
「しぃーっ」
「オヤジさんが許すわけないだろ」
「やっぱりダメかなぁ」
「まあ、その、休みの日は行くからさ」
「ほんとう? 嬉しい。早く卒業したーい」
「まったく……」
困ったやつだと思いながらも、一緒に暮らしたいと言う梨香子が、可愛いらしくて仕方がなかった。
(待ってろよ。資格とって一人前になったら、ちゃんと迎えにいくからよ)
「梨香子ちゃん、私はもう休むわね。ゆっくりしてって」
「おばさんお疲れ様。私も遅くならないうちに帰ります」
「おやすみ。篤史あんた、送っていきなさいよ。隣でも油断禁物だからね」
「わかってるよ」
こんな日常もいつか終わりが来る。その終わりは、二人の新しい生活の始まりだと鬼丈は心の中でニヤける。
「試験勉強しなきゃならないんだ。応援してくれよな」
「もちろんよ。あ、じゃあ夜は来るの控えるね。合格したらお祝いあげる」
「マジか。楽しみに頑張るよ」
梨香子がくれるお祝いはなにか、のちに鬼丈の想像を遥かに超えるものになる。
◇
半年後。鬼丈はクレーン運転士の資格を取った。
すぐに梨香子に伝えると、「お祝いしたいから、今度の週末に遊びに来て」と言われた。
しかし、資格を取ってから急に仕事が忙しくなった。待っていたかのように、荷役の仕事が回ってきたのだ。
エレベーターで地上五十メートルの位置にある操縦室に上がる。そこは鬼丈が想像した世界とは違った。
今までは横から見上げるだけだった貨物船を真上から覗くのだ。三十トン以上もあるコンテナをクレーンで操る。パズルのように精密に計算された積み位置へ置く。一つでも置き間違えたら、次の港で時間通りに作業ができなくなる。荷崩れを起こしでもしたら、それこそ沈没レベルの大事故だ。
(上から見たら、こんなに小せえのかよ。積み木みたいだな……)
操縦室は思っていた以上に広かった。運転席は正面、サイド、足元までクリアガラスで、その周辺には飛行機のコックピットのように計器が沢山ある。しかし、運転席から振り向くと、どこかの事務室の一角だ。
大きなカレンダーが壁から下がり、小さな冷蔵庫も設置されてある。監督役が座る椅子、エアコンもあり環境は良かった。
「馬鹿野郎! モニター確認しろよ!」
「すみません」
「おい! 殺す気か! 人がいるんだよ、人が。あのな、年間何人この事故で死んでると思う。お前が吊り上げたコンテナはな、凶器なんだよ」
「はい! すみません!」
「お前には優しさがない。人を想う優しさがねぇんだよ」
「すみません!」
一日中、腰を曲げて下を向き、目を凝らしての作業。いらぬところに力が入り、首、肩、腰は悲鳴を上げた。二十代の若さでも仕事上がりはゾンビのようになるのに、四十代のベテランを見る限りそんな様子はない。
「おまえ見てると、ゾンビ思い出すわ」
「人を屍みたいに言わないでくださいよ」
「わけぇのに、なっさけねーな」
「すみません」
毎日、毎日謝ってばかり、体も心もズタボロだった。それでも辞めたいと思わなかったのは、大好きな海と船がすぐ近くにあるからだ。
「あ、俺、酔わねぇわ。ガントリだと、酔わねえんだな……」
作業に集中しているからか、不思議とガタガタと揺れても平気だった。
ひとつ、問題があった。梨香子のことだ。
メールが来ているのに指先が動かない。着信があったのに、寝落ちして折り返しができない。また朝が来て、港へ向かう。そんな日々を繰り返していたせいで、一人暮らしを始めた梨香子の家になかなか行けていない。
しだいに、毎朝の挨拶がなくなり、一日の終わりを告げる「おやすみ」すらなくなった。
◇
ある日の貴重な休日の朝。鬼丈の母親が呆れた声でこう言った。
「やっとの休みも寝て終わり。それじゃあ梨香子ちゃんも、お見合いするって言うわ」
「ああ?」
「だから、梨香子ちゃん。お見合いするんだって、おじさんの勧めで」
驚いてベッドから飛び起きた。母親の言ったことをもう一度頭の中で繰り返す。
(梨香子が、お見合い⁉︎)
頭から冷や水を浴びせられた気分だった。
「それ、いつ」
「ん? 今日のお昼からだったかな。駅前のホテルでランチしながらとかなんとか。あんたちゃんとした格好で行きなさいよ~。結婚式、呼んでもらえるのかしらねぇ」
鬼丈は母親の話を聞き終わる前に、ジャケットを引っ掴んで家から飛び出した。
「ちょっと! 篤史っ。あんたそんな格好で――」
なんとしても梨香子のお見合いを中止させなければならない。一人前になったら迎えに行くと、結婚しようと決めていた。ようやく仕事に慣れ始めたというのに、他の男に盗られてたまるか。
車に飛び乗りエンジンをスタートさせた。
「くそ! なんでこうなった!」
◇
鬼丈はホテルに到着すると、鬼の形相でエントランスに駆け込んだ。周りは何事かと警戒をあらわにしている。そんなことはお構いなしに、鬼丈はロビーの受付で叫んだ。
「松永梨香子のお見合いはどこですか!」
「お、お客様。失礼ですが、お名前を」
ホテルのスタッフは声を震わせながら鬼丈と対面する。その後ろで、チーフらしき人物が鬼丈の様子を伺っている。今にも通報されそうな雰囲気だ。
「鬼丈篤史」
「おにたけ、あつし、様……あっ、はい。お待ち申しておりました。スタッフがご案内いたします」
なにをお待ち申していたのか知らない鬼丈は、案内されるがままスタッフの後をついていく。
相変わらずの鬼の形相で。
「こちらでございます」
扉の前まで来ると、スタッフは礼をして立ち去った。
鬼丈は扉を睨みつけながら、この後のことを考えた。相手はいったい何者なのか。対面した時に自分はどう出るのか。当然、梨香子をすぐにこの場から連れ出す。しかし、万が一、梨香子が抵抗したら。
仕事の忙しさを理由に、梨香子をおざなりにしてきたのは自分だ。メールでたった一言でもいいから、毎日連絡を取るべきだった。梨香子は将来に不安を感じたに違いない。自分より仕事を取る人とは、やって行けそうにないと。
梨香子がお見合いをしたいと言ったら、鬼丈はきっと、梨香子の手を離すだろう。
「見合いを止める理由なんて、ないじゃないか」
『ずっと前から好きだったの。今も、好き。これからも』
突然、梨香子の言葉が脳裏に蘇った。
底抜けに明るい梨香子の顔を思い浮かべると、大丈夫だという気持ちが湧いてくる。
(梨香子は俺のことが、まだ好きだ! たぶん! ええい、当たって砕けろバカやろう!)
ドン!
扉を体で押し開けた。
窓側の席にワンピースを着た梨香子が驚いた顔で振り向いた。座っているのは梨香子だけ。相手はまだ到着していないようだ。
「梨香子!」
「あっちゃん」
鬼丈は大股で梨香子のもとに行くと、腰を折りながら叫んだ。
「俺が悪かった! 仕事しか頭になくて、梨香子のことを放ったらかしていた。すまない! けど、分かってくれ。梨香子との将来のために必死だったんだ。今日の見合いはやめてくれ。頼む!」
「ねえ。あっちゃんてば、ちょっと聞いて」
「不甲斐ない男で申し訳ない。けど俺、梨香子と結婚したいんだ。梨香子以外、ありえねえから」
「あっちゃん……」
鬼丈、まさかの男泣きである。
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