COVERTー隠れ蓑を探してー

ユーリ(佐伯瑠璃)

文字の大きさ
14 / 27
正義も勇気も殺してはならない

14.

しおりを挟む
 日本は四方を海に囲まれた島国だ。国土は狭いが、おかげで排他的経済水域は世界から見ても広い。天然資源や自然エネルギーに関して開発や管理をする権利があり、その水域内であれば施設建設や環境保護、保全、海洋科学調査を行うことができる。それは他国にも存在し、互いにそれを邪魔してはならない。しかし、過去から現代に至るまでその水域争いは絶えない。特に隣接するアジアの国では歴史的観点から、我が国の領土だ領海だと主張しあい境界線付近では常に緊張状態にあった。





 東シナ海、尖閣諸島沖。水産庁の海洋調査船から第十一管区海上保安部に一報が入った。日本の排他的経済水域内のとある場所に、船舶が集結していると。
 通報を受けた海上保安庁の巡視船は、すぐさま現場に出動した。それらの船は漁をするわけでもなく、何かの機械で探査している様子もなく、一定の間隔をあけて錨泊びょうはくをしていた。

「何を始めようってんだ。気持ち悪いな」

 尖閣諸島問題で毎日、二十四時間体制で任務に当たる十一管区(沖縄地方管轄)の保安官もその様子は異様に思えた。

「このまま国籍が確認されなければ無許可漁業の疑いで立入検査だな」
「はい」

 数にして十数隻である。すぐに応援を要請した。怪しげな船舶は古びた漁船や、真新しいクルーザー、遊覧船のようなものまで種類は様々だった。
 排他的経済水域であろうが、いかなる国籍の船舶の航行、及び、進入を阻止することはできない。しかし、国籍を示す国旗を掲揚することは国際法で義務づけられている。特に何かをしている様子はないが、海上保安庁としては見過ごすわけにはいかない。

「水産庁から日本の漁業組合を通して、近づかないように通達してもらった。あとはこの辺りを通過する貨物船に、できるだけ避けて通過してもらわないと。ま、強要はできないんだが」
「そうだな。それにしても、あまりにも不気味すぎる」
「石垣のビーチからの返答を待ちましょう」

 海上保安庁石垣航空基地からビーチ350(固定翼機)が、確認のため飛び立った。空から船舶を確認してもらうためだ。今のところ通行する貨物船に影響はなく、彼らに領海侵犯などの気配もない。しかし、保安官たちの緊張は高まるばかりだ。






 一方、海底では静かに海上自衛隊の潜水艦が潜行中であった。彼らは海の忍者とも呼ばれ、その行動は謎に包まれている。選ばれた者しか任務につくことができず、彼らの任務内容は同じ海上自衛隊員でも知るものは少ない。
 近頃はお隣の大陸の海軍が頻繁に軍事的意図を持ち、日本の領海を調査している。海上自衛隊はそういった彼らの動きも監視しているのだ。

「間もなく目的地周辺に到着。監視活動を強化せよ」

 隠密行動が常である彼らは、任務中の会話の音量に気を使うし、潜望鏡を水面に出して外の様子を確認するのもたったの十秒。なにがあっても、絶対に敵に見つかってはならないのだ。

「どうだ、慣れたか」
「まあまあと、いったところでしょうか」

 潜水艦乗務員の適正試験に合格したばかりの隊員は、口で言うよりも緊張していた。初めての実務に首も肩もガチガチだ。

「まあそう肩肘を張るな。ここはまだ日本だ」
「……はい」

 日本の潜水艦は優秀だし、乗務している隊員も他国に引けを取らない。忍耐と精神力はトップレベルと言えるだろう。 

 専守防衛が絶対の自衛隊は他国が日本に脅威を与えない限りは、自ら戦いを仕掛けたりしない。例えそれが、目の前で領海侵犯されたとしてもだ。魚雷を撃ち込まれても、撃ち返す事すらできない。尤も、その瞬間は早々に察知し退避しているだろう。
 音の無い、何も見えない海の底では知られざる攻防が繰り広げられている。

「交代の時間だ。しっかり休めよ」
「ありがとうございます」

 六時間ごとに勤務時間は区切られている。狭い艦内に数十人の男たちが共同生活をしていた。日本の潜水艦は原子力ではなくディーゼルエンジンで動く。そのせいかディーゼルの独特な臭いが鼻につき、体にも染みつく。真水は大変貴重で、シャワーも三日に一度浴びる程度だ。空気も換気ができないせいでどんよりしている。

 そしてなにより暑い。湿度も高く体の内側からじっとりと汗が滲み出る。こんな過酷な任務を誰が好き好んで志願するのか。彼らは日本で最も奇特で、最も優秀な人間なのかもしれない。

「今日はカレーだってさ。もう金曜日だなんて、早いな」
「え、もうって。自分にはまだやっと、ですよ」
「あはは。初めてだもんな仕方ないか。まあ、あれだ。慣れだ」
「ええ。人間ってすごいですよね。どんな環境にも順応していく」
「まあ、俺たちは特別だからな」

 出航してしまうと、いつ陸に上がれるか分からない。いつ出発して、いつ帰るかなんて本人もわからないし、大切な家族や恋人にも告げられない。当然、携帯の電波は繋がらない。それでも休憩時間には御守かのように手に取ってしまう。

ーーいつ、浮上できるかな。

 浮上して電波が繋がっていたら送ろう。いつ送れるか知れないメールを、愛する人へしたためる。

(なんとかうまくやってます。陸に上がったら、加奈子の料理が食べたいです)

 穏やかな海に怪しい船の停泊。それを警戒しながら領海の安全を守る巡視船。安定した潜行で警戒任務を行う潜水艦。

 いつもの事だ。訓練通りにやればいい。しかし、例外は突然起きるものだ。





ーー佐世保基地。

 いつもは見ない艦船が停泊していた。それが慌ただしく動き始めたのを市民は知らない。一部のマニアであれば勘付いているかもしれないが、彼らは静かに迅速に行動を開始した。訓練ではなく、実動であることに内部は緊迫していた。

「出航!」

 予定にはなかった。緊急事態だったのだ。佐世保基地を出航したのは、哨戒ヘリを載せた護衛艦一隻と、ミサイル型護衛艦二隻。そして、潜水艦救難艦であった。

「漁船と思われる小型船が複数見える。三時の方向から進入されよ! 網はなし!」
「三時の方向了解。網はなし!」

ーー救難艦まで出動って、どうなってるんだ。何かが起きるときは、どうしてこうも同時なのか。

 ミサイル型護衛艦の航海長を務めるのは、つい先週、海外訓練から帰還したばかりの鹿島海戸かしまかいと三等海佐だった。制服の下に妻からもらった八咫烏やたがらすの御守を身につけている。上からそっと抑え、任務の安全を祈った。
 鹿島が率いる艦隊も、救難艦も目的海域は同じ東シナ海であった。

「湾を出た。スピードを上げろ」
「スピードを上げる」

 第十一管区海上保安部からの協力要請に、事態を重く予測した防衛省が動き始めた。もしかしたら途中で、海上警備行動が発令されるかもしれない。そんな意図を含んだものだった。
 そして同時に、東シナ海を潜行中の潜水艦から救難信号が出された。突然、制御不能となり浮上もできないままエンジンを停止したという。このまま時間が経てばいずれ艦内の酸素がなくなり、乗員の生命に関わる問題となる。

 鹿島が立つ艦橋ブリッジは出航してからも落ち着く様子はなかった。次々に情報が入ってくる。

哨戒機P3Cが先行しています」
「先ほど、那覇基地がスクランブルしました」
「迫田士長、見張りを頼む」
「はいっ!」

 航空自衛隊那覇基地のスクランブルも、これに関連することなのかは不明。しかし、何かが起きているのは間違いない。いつもと違う感覚に鹿島は拳を強く握りしめた。





 その頃、夏恋を乗せたクルーザーは那覇、石垣島を経由して尖閣諸島沖にいた。遠く前方に見えるのは台湾だろうか。

ーーなんてところまで来てしまったの……

「気分はどうだ」
「大丈夫です」
「そうか」

 八代港を出発してから、夏恋の監視はもっぱら林原がしていた。あれから風丸は火口と山上を常にそばに置くようになり、林原に相談することはなくなった。

ーー俺と女を同時に監視しているつもりなんだろう。いつ、動く。

 あれからずっと機嫌のいい風丸を見ていると、あのコンテナにはよほどの物が入っていると林原は思った。これまでの風林火山は林原がバランスを取ってきたはずだった。しかし、今回の大きな山に関しては違和感しかない。

ーーバレたのか。まさかな……。もしそうなら、とっくに殺されているはずだ。だとしたら、どういうことなんだ。

 夏恋も男たちの行動を奇妙に感じていた。何を目的にこんな遠くまで来たのか。そしてなぜ自分が連れ回されているのか。何よりも不思議なのは、自分を見張っている林原のことだ。

ーー悪い人、なのよね?

 凶悪犯にしては人質である夏恋の扱いは悪くない。食事もトイレも、シャワーも自由にさせてくれる。しかし、林原がときどき見せる夏恋への気遣いは、色気が垣間見えて困惑する。

「お嬢さんさ、船の免許持ってるんだろ」
「そ、そんなことまで調べたんですか! 気持ち悪いっ」
 
 夏恋はキッ! ときつく林原を睨んだ。きを見せてはならない、という思いで必死に威嚇していた。

「ふっ、悪いな。親よりしってるかもな、俺は」

 林原は口元を緩め、少しだけ目尻を下げて笑った。それを見てまた、夏恋の未熟な乙女心がドキンと跳ねた。
 目尻に入ったシワを見ると、男の人生を想像してしまう。なぜこんな犯罪組織にいるのだろう。賢くて顔もいい。普通に働いていれば、間違いなく女性にモテたであろうに。

「彼氏はいるのか」
「いっ、いません! 好きな人もいません! だからっ、いつ死んだっていいんです! 私なんかを誘拐したって、なんの効力もないんだから!」

 夏恋はこの数日で何度も死を覚悟した。自分の人生も飽きるくらいに振り返り、もう未来はないのだと諦めた。だから、怖いものは何もないと夏恋は言い聞かせている。

「なんだ、ずいぶん威勢がよくなったな」
「もう、いいですから! 構わないで、さっさと殺してください……っ」

ーー話すことなんて何もない。世間話なんてしなくていい。これ以上、無意味な会話なんてしたくない!

「っ!!」

 夏恋の頬がジリと軽い痛みを覚えた。林原が夏恋の頭を引き寄せたはずみで、わずかに伸びた髭が柔らかな頬に触れたからだ。そして唇が耳に触れそうなほど近くで囁く。

「アンタ、泣かせたくなる」

 恐怖どころか、その仕草に夏恋の胸は高鳴る。大人の、男の匂いがしたからだ。夏恋はその匂いに反応してしまう女の本能が恨めしくてならなかった。

「イヤっ!」

 夏恋は思い切り男の胸を突いた。すると、意外と男はすんなりと夏恋から離れていく。何もかも見透かしたような瞳で夏恋を見ながら。

「嫌いじゃない、アンタのその、悪あがき」
「なっ……」

ーーからかわれてる! ムカつく!

「いい眼になってきたってことだ。ん? 外が騒がしくなったな」
「え? うわっ」

 突然船が波に煽られて、大きく揺らいだ。夏恋は近くの窓から目を細めて外の様子を見た。はっきり見えるわけではないが、周囲にはたくさんの船が浮いていると確認した。

ーー囲まれてる! 海賊っ!?

 何かが始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...