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86話 人の頃の玉枝

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 玉枝は起きると朝食を作り始める。九郎は夢見のせいでボーッとしている。彼女は、料理をテーブルに並べる。
 オムレツにトマトとチーズのサラダ、はちみつを塗ったトーストである。
 「九郎は「いただきます」をして食べる。玉枝が料理の出来を聞く。
 「お味はどお。」「玉枝さんのオムレツはいつもおいしいよ。」
 「うれしいわ。」「ありがとう。おいしいよ。」
九郎は玉枝がいつものようにからかってこないので礼を言うことが出来る。
 朝食が終わると玉枝が九郎に聞く。
 「私の昔の話を聞きたい?」「人間の頃の話。」
 「そうよ。」「玉枝さんがいいのなら聞きたいよ。」
 「私が生きていたのは900年位前よ。」「ずいぶん昔だね。」
 「私は美しかったから宮中の女官になったの。」「そこで偉い人に見染められたの。」
 「そうよ、上皇から寵愛を受けたわ。」「それで恨まれたの。」
 「分からない。上皇が病に伏して、その原因が私と言うことにされたの。」「酷い話だね。」
 「酷いのは、ここからよ。私は宮中を追い出されて那須野なすのに住むことになったの。でも人をさらうなどの悪行をしたとして殺されたの。そして怨霊になったの。」
 「怨霊になってからはどうだったの。」
 「話したくないわ。人を恨んでいたのよ。」「分かったよ。」
九郎には、玉枝が他の怨霊と同じように憎しみに満ちた顔をしていたのだと思う。玉枝が人々にどんなことをしたのかも想像できた。
 彼はそんな玉枝を知りたいとは思わない。玉枝は美人で、人をからかい、おせっかいを焼く、かわいい人である。
 彼は、自分の知っている玉枝がいるだけでいいと思う。過去の彼女は関係ないと考える。
 今の彼女は誰からも好かれているのだから。
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