追想のヒガンバナ

希塔司

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第1章 「悪魔」

第1話「悪魔に代わり」

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 大正7年

 真夜中の路地裏

 私は今日、また1人を殺した。相手は帝国政府の大蔵省所属の要人。常に護衛を数人つけるほどの用心深い男だったが難なくと殺しをやり遂げた。

「ま、待ってくれ...!おれが、おれが何をしたって言うんだ!?」


 死ぬ間際に言い残す言葉がそれなのは悲しいかな。 ハッキリ言って誰を殺そうが構わない。そう、あいつを誘き寄せられるならそれでいい。

 そのために私は悪魔に代わったのだから。

「悪魔に代わり、人を斬る」

 そう言い、私は片手に銃、片手に忍刀を持っているためその刀で男の首を跳ねた。

 街頭の灯が路地裏にまでほのかに光り、その光が男の首の根本から放たれる血しぶきを少し鮮やかに光らせる。また体や服を血で汚してしまった。生臭い、すぐに入浴して汚れを落とそう。


 私は振り返ることなく路地裏を進んで行った。これは、私にとっての復讐の第一歩。


      ーーーーーーー

 幕末の時代、突如異国から現れた黒船の機械兵器により、幕府の権威は衰退。
それに台頭してきた倒幕派は帝をつけ、新政府を立ち上げようとした。


 幕府は新政府軍の幹部を暗殺するために平和に暮らしていた忍の里から派遣を要請してきた。最初は順調に進んでいたが、異国の技術を入手していた新政府軍に次々と殺されていき、失敗した。

 反乱に手を貸していた里の人間のほとんどを処刑して丸く収めた。そして数百年に渡った幕府政権は終わった。


 その後、新政府は明治と元号を変えて異国の技術を使って軍事産業を飛躍的に向上していった。

 わずか15年でかつての黒船以上の戦艦や戦闘機、戦車、飛空艇などをはじめとした兵器や人々の暮らしなども機械技術を取り入れたことにより、わずか10年で見違えるほどに生活様式も変わっていった。



【明治27年】
 そしてこの国は帝国を名乗り、傷国への侵攻を開始した。

 他国に移り住んでいたわずかの忍たち、私も家族と共に、金銭的に少し厳しいながらも争いもない集落で生活をしていた。

「お父さん、今日はこれだけ採れたよー!」

「お、あやめ!今日もしっかりと里芋がとれたか。でかしたぞ!」

 普段は父の畑作業を手伝って、体が弱い母や無邪気に遊び回る妹の世話をしたり、疲れる毎日だったけれど本当に楽しい毎日を過ごしていた。

 そこへ帝国軍が侵攻してきた...


 帝国兵は過去の遺恨も含めて悪質な殺し方で私たちの幸せを壊していった。


 父も、母も、妹も、友達も、みんなみんな、あいつらに殺された。無惨な姿で...幼かった私を残して。

 周りの銃声や爆発音によって心の叫びが無音になっていくのを初めて感じた。


 その後私は奴隷として帝国の陣地で拷問を受けながら強制労働をやらされていた。
左腕が壊死して切り落とされ、もうどこの嫁にも出されない体にされてしまった。

 もう死にたい、死んで家族の元へ行きたい...そう思って首を切っても薬の投薬で強制的に生き返されてしまう現状。

 衛生的にも最悪な環境で腐敗臭も相当なものだった。私は一度、そこで死んだ。


【明治37年】
 大国である阿国を撃破した帝国は有利な条件下による条約を締結。そして同時に捕虜や奴隷の解放宣言を行った。これは海の向こうにある麦国の昔いた大統領のマネごと。

 だが実態は何も変わらない。むしろ奴隷としてではなく、実験体として帝国直下の財閥企業「ピースマーク」に引き渡されてさまざまな実験をされた。


 人の細胞にトカゲの再生能力を移植して自己修復できる改造兵士の実験。

 生き返させる薬の成分を体内に埋め込み、仮に一度死んでも先のトカゲの再生能力と合わせて生き返れるゾンビ兵士

 私はその2つを無理やりに埋め込まれた稀有な例だ。その薬の影響で切り落とされたはずの左腕が綺麗に生え、私の第二の腕になった。

 何度も何度も同じような実験を起きている間に繰り返され、私の精神は崩壊寸前だった。これが私にとっての二度目の死だ。


【明治43年】
 突然「ピースマーク」の研究施設に1人の男が乗り込んで崩壊させてきた。その男は黒装束を来ており、小さい時に父から聞かされていた忍とまるで特徴が一致していた。

 次々と研究員を殺して回ってきたのを見て、やっと死ねるんだとはっきりと自覚できていた。

 そう自分で安堵していたのも束の間、拘束具に繋がれていた私を助け出したのだった。


「なんで、なんで私を助けるんだよ!!早く殺せ、早く殺せよー!!」


 私はもう何もかも絶望しきっていた。生きていたって家族や友人もいない。こんな体に改造されてしまったら結婚とかもできない。まともに仕事もすることができない。


 そんな人間が生きていたって、幸せになれないのなら...


 死んでるのと一緒だから



      ーーーーーーー

 気がつくと私は森林の中にある洞窟にいた。
いつのまにか疲れ果てていたようだ。


「目が覚めたのか?」


 私を連れてきた男がそう聞いてきた。


「ほら、食え。まともにメシ食ってねぇんだろ?」

 用意されたのは簡単なスープと焼き魚だった。誰も信用していないから口にする素振りすら私はしないようにしていた。男は不思議がりながらスープを飲む。即効性の毒は入っていないようだ。

 そして男は私に


「お前、忍の里出身だな?」


 そう聞かれた私はすぐに体勢を整えて戦闘の構えをとった。廃れたとはいえ私も忍の1人、幼いころから多少の戦闘訓練は施されていた。
 
 すぐ横に置いてあったナイフを持ち、その男に襲いかかった。切りつけようとした瞬間に私は片手で腕を掴まれて放り投げられた。

 この男、強い...掴まれた時にはっきりと実感した。


 それから1時間ほどまた気を失っていた。投げ飛ばされて体を打ち、もう私には戦えるだけの力はなかった。


「はぁ、やっとまた目が覚めたか。もう戦える力残ってないんだろ?はやくこれ食えよ」

 温め直されたスープと焼き直されて少し焦げた焼き魚が用意されていた。もう我慢の限界だ。私は思いっきりがっついてかじりついた。


 こんなまともな食事は久しぶりのことだった。自然と涙が出てきた...いつ以来だこんな美味いものを食べたのは


「美味いか?」


 私は静かに頷きながら思いっきり泣いた。
今までの辛い現実を思い出して、やっと解放されたことへの感謝も込めて。


「お前、名前は?」

「鬼切あやめ...」

「なるほどね...
そうくるか...」


 男はニカっと笑いこう言った。そうくるかと話していた意味は、その時は理解できなかった。


「おれは服部有蔵、先祖はかつて将軍の天下を取るために動いていた伝説の忍だ。

今は殺しの依頼を引き受ける殺し屋稼業さ。お前だって復讐したいやつ1人や2人いるだろ?

おれと共に来い、おれがお前を最強の殺し屋にしてやる」


 それが私の三度目の死だ。

                   ーーーーーーー

 殺しの依頼を終えた私は入浴して汚れを落とし、依頼人に報告を終えた。報酬は前払いでもらった分と追加の報酬をもらうことになっている。


 そして私は遅めの夕飯の支度をしていく。
自分で料理を作れるようになっているがやはりあの時のスープほど感動できた料理はまだ作れていない。


 あの事件があってから何を食べても味がしない。もう味覚も人のものじゃなくなっているのかもしれない。ワインをグラスに注いで堪能するしかない。血のような赤ワインを。


 風味と味で酔って、寝るしかない。
あまり満足にこの仕事をしていると寝られないから。静かに食事と共に1人で乾杯をする。そこには家族がいる。


 幻覚だとはわかっていても見えてしまうのだから乾杯をするしかない。もう私は壊れている、有名な人間がある名言を残している。


『三度死んだ人間は悪魔となり、世を見出す災いとなる。四度死んだ人間は全てを達観し、悪魔に代わり人を殺す。』


 ワインを飲み干し、タバコを吸いながら外を眺める。この景色も、眠らない街になっている帝都もまた、偽物だ。全て全てが過去の私のような弱い立場の人間から搾取し、犠牲にさせてきた者の血が、肉が、骨が、想いが、この帝都を作り上げてきた。


 物思いにふけていると黒電話が鳴り、私は応答する。


「もしもし」


「ああ瓦版の時間だよー(仕事の依頼だ)」


 これは暗号会話。電話の内容は政府に傍受されているからこうして暗号会話を行うことによって依頼を受ける。


「わかりましたー!今受け取ります!(了解、すぐに落ち合う)」


 再び私は着替えて、そして机に置いてある写真の人物に


「また依頼に行ってくるよ、師匠」


 服部有蔵、私に殺しの技を教えてくれた師匠に一言伝え、本日2件目の殺しをしに向かう。
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