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第3章 因子は揺らぐ
9-5 Fate(滝夜叉姫)――京都
しおりを挟む般若の表情が僅かに緩んだようにも見えた。面という物質なのだから絶対そういう訳はないのだが――。
『ここに改めて「神聖同盟」の協約を交わさせて貰う。――やられたことは忘れぬし、お主らの本国、本部、首領の意向がどうあれ、我らは決して隷属せぬ。だが協力はしよう。戦前の決まりに復帰する』
滝夜叉姫が朗々と語る、国際的取り決め。
デービッドに説明された『神聖同盟』は、――元来、一つの組織ではない。
名が現す通り、人を脅かす怪異に対処するという神聖な目的のための霊会組織の同盟。英国に本部はあれど、それは国際協約に基づく緩やかな宗教・軍事連合体である。明治維新以降『ラセツ』も同盟に参加していたが、あの大戦争が全てを断絶させたのだ。
「『書を認め交わすのは後日とする。お主らも東京へ帰るが良い。……儂は少し疲れた。伊沢、後は任せるぞ』」
「『――御意』」
滝夜叉姫は徐に立ち上がると、後腐れ無い足取りで屏風の裏に歩を進めた。先程までの殺し合いがまるで嘘のように、颯爽としている。
しかし、滝夜叉姫が屏風裏に差し掛かる所でピタリと立ち止まった。それからすぐガチャガチャと金属音が響く。
何かの装具を弄っているのか――?
数秒もせずに再び屏風裏から姿を現すと、滝夜叉姫の右手には刀が一振り握られていた。
『――卜部。この刀を持って行くがよい』
そう言うと、横に立たせていた骸骨に持たせ、私の所まで運んできた。
それは――見事な古刀。
美しく反る太刀。
柄は白い柄巻が美しく、鮫皮が巻かれている。鍔、縁、鞘の装丁もみなしっかりと作り込まれ、やや煤けた黒色の装いである。煌びやかというより、努めて実戦的な風体であった。
『源頼光より奪いし本物の「髭切」――。大宅中将光圀とお主の先祖、頼光四天王の一人、卜部季武により奪い返され、儂はその折に一度殺された。しかし後年、幽体となった儂の下に年老いた卜部が現れ「羅刹」頭領となり国を守ること、そしてこの「髭切」を託したのじゃ』
「『え――?』」
――お主が持て。
疑問を口にする前に、髑髏が眼前に刀を突き出す。
見た目に違わず、厳かに重く経る年月を感じさせる佇まいである。立ち膝のまま、恐る恐る骸骨から刀を受領し両手でしっかりと掴んだ。心なしか、持つだけで何か身体の奥底から力が湧いてくるようである。
源頼光にはお供として『四天王』がいたのは知っている。鉞担いだ金太郎こと坂田公時が一番有名だろうが、四天王の一人が――卜部季武。
この聞き覚えのない一字違いの侍が先祖? 私の疑念を察したように、滝夜叉姫が面を上げて天を仰いだ。
『本来ならば――、時を重ね薄れゆく泡沫の因縁よ。恐らく、お主の父も母も知らぬこと。だが、お主は太歳に触れ、異能の因縁は再び息を吹き返し、取り殺されることなく今を生きておる。其れを奇跡と呼ぶか運命と呼ぶかは儂にも分からぬ』
「『……』」
『じゃが、千年前のあやつが申しておった。「人の定めは儚く絆は憎し縄目なり。されど生をつなぐも人の定め。愚かなりとも心を見遣れと」――とな。まったく、お主に似て憎い奴じゃった』
追憶にも郷愁にも似た口調。
般若の瞳に映るのは、千年前の私であろうか。
「『あやつに託されて以来、この身体で時を重ねておる』」
そろりと、滝夜叉姫が袖を捲る。
その皮膚は異様に浅黒く――血の通っていない、木仏のような色合いである。人の皮膚のようではあるが、生気は感じられない。
「『滝夜叉姫は幽体のまま魂の抜け殻――亡者の身体に憑依しておられます。千年の時を――、卜部氏に託された時からずっと羅刹を守ってこられたのです』」
泣き腫らした目元に、震える艶やかな声。
隣を見れば、憑き物の落ちたような楚々とした表情の、ヒノエがこちらを見つめていた。
「『ヒノエさん――』」
「『卜部さん。私……』」
潤んだ瞳に何を見通せば良いのだろう?
言葉が紡ぎ出せない。
過去の因縁か、粗暴な振る舞いか、果たされぬ想いか。
いや、私の心は読まれているのか。
私の力は、目の前の彼女を殺してしまうのか。
――聞きたいことは山ほどある。
だが、言葉を失う中、私はヒノエの瞳を見つめることしか出来なかった。見かねてか、滝夜叉姫が溜め息一つに言葉を紡いだ。
『ヒノエは卜部季武が妖怪姑獲鳥より奪いし子の子孫じゃ。代々異能を継ぎ、人の心、邪なる者の気、怪異の居場所をも見通す聡明な女子じゃ。お主の力が誤ってしまわぬよう、目付をさせておった。――辛い役回りをさせてしもうたな、許せ、ヒノエ』
「『そんな――、滅相も御座居ません! 私は――』」
『よい、喋るな。分かっておる』
どうやらこの地は、この姫は、ヒノエは――、全て私の先祖から続く因縁の旅路にあったらしい。
――知らぬ存ぜぬは私だけ。
知らなすぎる自分に嫌気が走るほどに恥ずかしい。いやさ、恥ずかしさを通り越し、悲しみの中に鼻白むばかりだ。力の使い方を誤れば――、私は彼女を。
『卜部よ――』
私よりも私を知っているかのように機微を捉えてくる。
『お主の先祖が申しておった通りじゃ。心を見遣り、その「髭切」で絆も運命も切り刻んでしまえ。お主が守りたい者がおれば、その心の赴くままにせい。……じゃが、その眼で決して見誤るな。お主の異能はそれほどに強い。大切な者を傷つけるならば――儂が命を奪う』
守りたい者。
大切な者。
――それは、今、私のために涙を流してくれる人。
傷つけてなるものか。
滝夜叉姫の脅しは優しい警句。その思い遣りは、先頃までの言葉の乱射に比べてストンと腑に落ちた。この人も守りたいものがあるのだ。
『承知しました』
恐怖も脅威もなく、すっきりとした気持ちで滝夜叉姫を見つめ返した。恐ろしい形相の般若の眼も、今では優しく見える。
『ふむ、これで千年の借りは返したぞ。後は好きに戦い好きに死ぬが良い。そうじゃ――、死んだら骸骨として妾が侍らしてやろう。死に時になったら知らせい』
「『ご、……御免被る』」
――般若が大いに笑った。
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