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第4章 呪われた力の行く末
10-2 mayhem(ウリエル)――旧函館要塞
しおりを挟むスカイトレイン輸送機――。
眼前の巨鳥は静かに翼を横たえていた。
全長20米、翼幅30米になる米国製の軍事輸送機。戦前にはライセンス生産という形で日本国内でも生産・使用されていたらしく、民間人でも知っている人は知っている機体だ。――私は知らなかったが。
グリーン塗装は戦中のままに、白が映える米国籍マーク、尾翼の大きな数字が瞼に映える。
『こんなにでかいんだな、こいつ』
『いつもは遠目に見るだけですからね』
気の抜けた感想にデービッドが応えてくれた。
立川基地に離着陸するこの鳥を、至近距離で眺めることなど今までなかった。首を左右に振って頭から尻まで眺めると、改めてその巨大さに目を開くばかりである。
立川基地はど真ん中を貫くように、――というより滑走路を挟み込むように基地が建設されている。占領を円滑に行うための一大輸送基地である立川基地は、連合軍内でも所属や編成が流動的で、手続きや申請が煩雑らしく、珍しく隊長がぼやいていたのを覚えている。
だが裏を返せば、チャーターさえ上手く行けば全国どこでも即応できる魅力的な軍事基地でもあった。
11時出発、函館行きのフライト。
隊長以下、大きなショルダーバッグに武器弾薬を背負いながら、エプロンに停留しているスカイトレインに足を踏み入れる。私の背中から飛び出た『髭切』が整備兵の目を引いたが、一瞥することなく搭乗した。
機内は左右に座席が対面し、荷物置き場と座席が分かれている。機体前方には操縦席が僅かに見え、操縦士たちがせわしなく離陸の準備を進めているのが見て取れた。
しかし――。
「『おいおい、離陸はまだかよ!』」
しびれを切らしたクラウディアが悪態をついた。
搭乗し、座席に着き、シートベルトも締め、いざ離陸――となってからかれこれ20分は経過している。
最初の10分くらいなら談笑で済んでいたが、エンジンの試運転も終わり、もう飛び立てそうな状態で待ちぼうけを食らっていたのである。
『機体の故障でしょうか?』
『いや、――我々の事情だ』
私の問いに腕を組んだ仁王像のような隊長が、静かに呟いた。
『どういうことです?』
『もうそろそろ来るはずだが……』
隊長が上半身をひねって無骨な窓枠の外を見やる。その時、見計らったかのように機体入り口の壁面を強くノックする音が聞こえ、皆が一斉に振り向いた。
『――ごめんなさい、ちょっと待たせちゃったかしら?』
大きめの黒いサングラス、赤茶色のマフラー、土色のロングコートを靡かせる。白い花飾り鮮やかな小柄な女性がするりと機体に入ってきた。優雅でモダンな佇まいは銀幕女優のそれである。
「『ミエコさん?』」
私が素っ頓狂な声を上げ、クラウディアがにんまりと口角を上げた。
「『ミエコ! 元気だったか!』」
『ええ、お陰様でね。クラウディアは? 最近ちゃんと暴れてる?』
「『ハハッ、暴れ足りないから今コレに乗ってんだよ!』」
一瞬の意気投合――。
置いてけぼりを食らった私は良いとしても、隊長が溜息交じりにミエコを諭した。
『ミエコさん、まずは着席して出発の準備をしてくれ。事は急を要するんだ』
『あら――、私ったら失礼しましたわ』
マフラーから口元をのぞかせ、僅かに舌を出して非礼を誤魔化した。今風の乙女らしい可愛い仕草に胸が僅かにざわつく。ミエコは軽やかに私の隣に座り、テキパキとシートベルトを締めた。
ヒノエとも異なる、女の香が鼻腔をくすぐる。
――底知れぬ罪悪感が身を擽り、視線を僅かに窓へ向けた。
「『それじゃあ、離陸してくれ』」
「了解しました」
機体のエンジンが始動し、僅かに機体が上下に揺れた。それからタキシングに入り、滑走路を滑るように移動していく。
見慣れた風景が流れ流れて後方へ消え去る。エンジン音と機体の揺れに、じんわりと汗が滲み手に力が入る。握り拳は膝の上で石のように固まった。
『卜部さん、緊張してるの?』
隣のミエコがサングラスをずらしながら覗き込んできた。
『あぁ、いえ、特には――』
『もしかして、飛行機初めて?』
――はい。
決して珍しくはないはずだ。航空機に乗ったことのある民間人なんて、日本国民全体で見ても圧倒的に少ない――はずだ。
これが平穏裏の国外旅行であれば、初めての航空機に燥いだかも知れない。しかし怪異調査という緊張は私の口を固くさせた。回答が口から零れたと同時に、十分に加速された機体は離陸体制に入り、エンジン音がより一層強く機内に轟く。
『……そうか。事前に聞けばよかったな。すまないウラベ』
バーナードの申し訳なさそうな瞳。デービッドやマイクが意外そうに眉を動かしたが、速度と轟音に揺れる機内に私の余裕は全くない。
『もし、吐きそうになったら、事前に言ってね。避けるから』
――酷い人だ。
あまりに残酷な物言いに、憎々しげに眉をひそめた。
目を瞑り機体がふわりと浮いたのを身体で覚え、スカイトレインは立川の空に舞い上がった。
幸い気流は安定し、機体も思ったより揺れていない。予想していた恐怖、大時化の輸送船のような揺れはなかった。機体が安定飛行に移るまで、そう時間は掛からなかった。
『……もう大丈夫です。心配をおかけしました』
『きつかったら、窓の外を眺めていた方が気が紛れるぜ。翼だけ見てると気が滅入っちまうけどな』
マイクの進言に静かに頷きながら、私は隊長に視線を送った。
『――よし、それでは全員聞いてくれ。函館で発生した怪異現象の調査に当たり、今回の事情に詳しい「ラセツ」の神宮司ミエコ氏に協力を仰ぐことになった。発生した怪異現象について共有済みだ。ミエコさん、説明を頼む』
エンジン音と風切り音が微かに聞こえる機内で、無言の念話で事情説明を行うことになった。ミエコは真正面を見据えたまま、眉一つ動かさない。
『今回怪異現象が発生した函館、……いえ、旧函館要塞の地下には、ウチの霊能科学研究所が発明した秘密兵器があるのよ』
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