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第6章 人知れず未来を願う
17-1 Theater(幻影)――新宿
しおりを挟む初夏の東京――。
季節が移り変わる節目、降り注ぐ日差しは目に焼き付くばかりだ。見晴るかす勿忘草色とビルヂングの黒。
焼け落ちた街の復興はまだまだ先になりそうだが、焼け残った家々や地域は物資不足に困窮を続ける――それでも国民は前を向いて歩いている。
降伏勧告受諾の直後から映画館には人が通い詰め、占領軍の余り物やおこぼれで生を繋ぐ。
政府も終戦連絡事務局経由で連合軍に基地建設、物資の融通を優先しており、この経済活動の大奔流の渦中に居られれば、安定的に生活を維持できる。
それ自身が日本全体からの収奪の上に成り立つとしても――。
「『今日は来てくれてありがとう』」
焼け残ったのは家だけではない。文化施設もだ。
新宿にある三階建ての映画館。
表には石膏裸婦像があり、少し離れた歌舞伎町とも異なる文化的景観を成す。新宿駅から遠くもないため、表通りは人で溢れかえっている。この映画館を目的にごった返す観客の波を他所に、裏側の関係者専用の出入り口からミエコが出迎えてくれた。
溌剌とした笑顔が眩しい。
いつも戦いの中で見せるマネキンのような冷たい顔からは想像も付かない。
「『こちらこそ、だぜ。日本映画ってのは中々見ねぇからな』」
「『エンタングルメント・ストーンがあっても、文字と音声は変換できないからな。貴重な経験に違いない』」
「『まぁ――、本人による同時吹き替えというのは中々斬新ですね』」
「『あとデービッドかウラベが吹き替えすれば、あたしらも日本映画を楽しめるってもんよ』」
「『私、見るの初めて!』」
今日は非番だ。
つい先日のこと。ミエコが我々を映画鑑賞会に誘ってくれた。
いったいどういう風の吹き回しだ? ――と、上から目線で聞く事なんて勿論出来ず、執務室ではその誘いに大盛り上がりだった。どういう意図であれ、彼女の思い遣りを無碍にする必要なんて微塵もない。
鑑賞する映画は、彼女が出演している闇社会の無頼モノだ。
――GHQは映画を検閲している。
みんな知っている。
聞いたところによるとGHQ内部の組織であるCIEやCCDなどが、戦前のプロパガンダが紛れぬように目を光らせているらしい。無論、占領統治にそぐわないチャンバラ等の暴力描写、極端な勧善懲悪、忠君愛国のテーマ達も同様である。
検閲を喰らう。戦前のように。
民主主義浸透のために自由な制作を制限する連合軍統治。
不満や口は表に出てこないが人の口に戸は立てられぬ。ミエコも不平不満を口にしていたが、それでもバラックや連合軍統治の不平等を映さなければ、現代活劇は撮影できるようだ。
「『公開初日……には間に合わなかったけど、ごめんなさいね』」
舌を出して笑う。
銀幕女優の余裕――というより、コレが彼女の素なのだろう。
お転婆娘がかわいいママ大きくなった。
銃弾と手榴弾を撒き散らすお転婆娘だ。
「『いいってことさ。隊長達には悪いけどよ、休日はちゃんと休日させてもらうぜ』」
マイクが首をゴキゴキ回しながら背を伸ばす。
隊長とスティグラー博士だけが居残り組になった。特段出撃任務という訳ではないらしいが、上官と無頼漢の思い遣りを有り難く受けるべきだろう。
私の後ろで嬉々としているキャサリン、クラウディア、マイク。見ると、いつも眉間に皺が寄っているバーナードの口元までもが緩んでいる。
――嬉しいんだな。
「『しかし、よく貸し切りが出来ましたね』」
「『あぁ――、配給会社の知り合い経由で無理言って貸して貰っちゃったの』」
「『うへぇ』」
「『……その声は「またブルジョアの力を使って」と思ってるわね、卜部さん?』」
「『そ、そんなことないですよ』」
――図星だ。
「『フフ。昔の話だけど、配給会社の知り合いも、ここの関係者を助けたこともあるのよ。ラセツでね』」
恩、ということか。
山よりも高く海よりも深い……かは分からないが、映画館の貸し切りを可能にするだけの恩なのだろう。
「『サァサァ、立ち話も何だから入りましょ!』」
女優らしいハキハキとした口上。ミエコがくるりと踵を返して入口に皆を誘った。
この映画館――。
実は昔から知っている。
子どもの頃は、丸ドーム天井がシックな印象を与える国内でも古い方に入る映画館だった。近くのフルーツパーラーや大型デパートを利用するマダム達を尻目に、父とトーキー映画を見に訪れたものだった。昔のデザインの方が好きなのだが、関東大震災を経て現在の新宿三丁目に移転して今に至っている。
カーブがかかった外見デザインはクラシックからモダンへの変化。激動の時代即応を窺わせる美しい作りに視線を流す。
内装は新築とは言えない。
もう二十年は経っている。
だが、それにしては小綺麗だ。
幸い連合軍にも接収されなかったため、多くの人が邦画を楽しんでいる。庶民の娯楽まで悉く奪う――いや、規制と自主規制の嵐だった戦前のような轍を踏みはしないと信じたいものだ。
『他のシアターは通常通りだけど、私達の三階シアターは敢然貸し切りよ』
『いやぁ、豪気だなぁ』
『いつも闘いで緊張しっぱなしですもん。たまにはこういうのもないとねぇ~』
『そうだぜ。……ところでミエコ、今日の映画だとお前は何の役なんだ?』
クラウディアの率直な疑問。
一瞬の間があった。
『――ヤクザ者に人質に取られた後、拳銃ぶっ放す可憐な財閥令嬢役よ』
首を沈めて笑うデービッドと、口元を押さえて天井を見上げるマイク。皆無言となり視線を虚空に泳がせている。クラウディアだけが満面の笑みでミエコを見つめている。
私は――唇を噛みしめて必至に堪えた。
なんとか堪えた。
噴き出さずに階段を上り終えると、扉が開かれたシアターが見えた。
『……さ、行きましょう?』
肩を竦ませたミエコが薄暗いシアターに足を踏み入れた直後、突然頭上から素っ頓狂な声が響いてきた。
『まーってくださーい!』
甘ったるい声。
脳が蕩ける。
扉の前で足を止めた我々の頭上を、くるくると光燐を纏わせながら廻っている。
そいつは目の前で光の塊から、人の貌を成す。
『私も見ますですー、置いていかないでくださぁい!』
――監査官の置き土産、ピクシーだった。
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