常夜の徒然なる日常 瑠璃色の夢路

真野蒼子

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第一章

第八話 対立

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 ひよちゃんと一緒に向かったのは鯉屋の門前だった。日本にある城のような外観で、従業員は大勢いるものの通常業務が何なのかは分からない。
 鯉屋の従業員にはの制服があり同じ着物を着ているのだが、門前で怒鳴り散らしている男三名は違う着物だった。だが三名は同じ着物なのでどこかの制服なのかもしれない。

「お引き取りを。ここで議論はいたしません」
「黙れ! 鯉屋の制服は《華屋はなや》が形を決めて作る! これは先代からの決まり事だ!」
「今は結様が旦那様です。鯉屋は結様のご指示通り、鯉屋内で作っている新しい制服を着用致します」
「ふざけるな! ぽっと出の若造が何を偉そうに!」

 鯉屋の従業員はすんっと澄まして微動だにしない。一方的に男達が叫ぶだけで周囲に彼らの味方は一人もいないようだった。

「ひよちゃん。あれ誰? 鯉屋じゃないのよね」
「結様を鯉屋の主と認めてない人達です。そこそこいるんですよ」
「そうなの? 何で?」
「結様の就任が歴代の方式に則ってないからです。元々結様は《鯉屋の跡取り》であって経営者ではないんです」
「えーっと、跡取りって経営者じゃないの普通」
「それは現世の話ですよね。鯉屋は当主と経営者が別でした。当主は血筋ですが、跡取りは現世から招き次期当主と結婚し『旦那様』になります。これが結様で、経営は歴代鈴屋様が担っていたんですよ」
「え!? 若旦那って人間なの!?」
「元々は。でも死にかけてこっちに来たんですよ。それが《跡取りの招待》なんです」
「……天皇と総理大臣みたいなもんかしら」
「そうですそうです。でも結様は次期当主と結婚せず鈴屋様を大店の管理者に格下げしたんです。一部では反発もありましたが、これには鈴屋様も賛同しています。鯉屋の仕事を手放せたおかげで大店に注力できて、比例して国民の生活も良くなった。鉢が仕事を貰えるようになったのも結様のおかげなんですよ」
「え、な、なんか凄い人だったのね若旦那様」
「はい。でも問題は当主です。本当なら先代当主のお嬢さんと結様が結婚して当主となる。それだけのはずが」
「経営に足突っ込んで反感買ったと」
「です。あの華屋さんはその代表のような店なんです。何しろ華屋さんは」

 がしゃんと何かが割れる音がした。男達はそこらの物に当たり散らし、従業員へのやりようはまるで恫喝だ。
 そしてついに男は手を出し、従業員の胸ぐらを掴んだ。

「華屋は紫音お嬢様の店だ! 正当な当主の店を跡取りごときが足蹴にできるわけがなかろう!」
「跡取り制度は廃止となりました。加えて華屋は鈴屋様の管轄ですので苦情はそちらへお願いします」
「制服に口を出すなと言ってるんだ!」
「結様が不要と決定なさったと何度も言っているはずですが」
「ああ!?」

 鯉屋の従業員は馬鹿にするように鼻で笑った。華屋の男はさらに苛立ちを激しくし、ぎゃんぎゃんと怒鳴りつけるが事情はさっぱり分からない。

「情報量が多すぎるんだけど。紫音って入場鈴管理してる人じゃないっけ」
「そうです。でも結様は跡取り制度に反対したんです」
「それは何で? 面倒だから?」
「まさか。跡取り制度そのものに問題があったんです。今までどうやって出目金を消してたと思います?」
「破魔屋以外でってことよね。何だろ……」
「跡取り様です。跡取り様は現世で半死半生となった人から選ぶので常夜でも魂を作り続けることができました。その魂を使って出目金を消し、歴代早死になさいます」
「……シンプルに生贄では?」
「そうです。それで結様は跡取りが必要無い仕組みを作ったんですが、これが常夜の歴史を変えました。跡取りを仕組化して自動化。そして道具に落とし込み汎用化した。この道具作りをしたのが黒曜様です」
「お父さんが?」
「そうです。これはうまくいったんですが、問題は紫音さんです。跡取りを招待し結婚するのが役目の紫音さんは用無しになってしまったんですね」
「なるほど。どうりで私を睨むわけだ。それでお嬢さんを鯉屋から追い出したの?」
「いいえ。ちゃんと当主としてのお仕事を任せてました。それが出目金退治の指揮でした。でもできなくて、見かねた鈴屋様が入場鈴の管理者として預かって下さったんです」
「リストラが嫌なら左遷ってことじゃないそれ。何でそんなことして支持されてるのよ、若旦那は」
「それはもちろん国民の生存率が上がったからです。前は大店でも日に十人は出目金に殺されるのが当たり前でした。でも今は鉢で一人犠牲になる程度。結様がいなければ今頃国民は激減して現世へ輪廻する金魚も減っていた。そうなれば現世は死産が増え人口は減りいずれは滅亡です」
「……そんなレベルの話なの?」
「はい。結様は人類を救った唯一無二のお方です。でも、やっぱり先代を敬愛する人も少なくありません」
「それがこの揉め事ってわけか。なるほど複雑」
「でも図々しいですよ。華屋だって取り壊し予定だったのを、結様が周りの反対を押し切って残して下さったんです。それだけで感謝すべきなんです」
「華屋ってのは何をする店なの?」
呉服ごふく技藝ぎげいです。様々な服を作り歌謡や舞台といった娯楽を演出するんです。以前は鈴屋様がやっていましたが紫音さんに引き継がれてからは人気も低迷してますね」
「そりゃお嬢様に経営は無理でしょうけど……」

 長い説明を聞き終わると、常夜の歴史に無関係な私はどちらに味方する気にもならなかった。
 与えられた仕事をこなさないなら取り立てて貰えないのは分かるが、そういう状態に追い込んだのは若旦那だ。若旦那の成したものの大きさを考えれば何もしないお嬢様は非難されるかもしれない。
 だが父に養われ悠々と大学に通っていた私にしてみれば、前触れもなく一人放り出される大変さは共感できた。きっとこの数日、私が呆然としていたのと似たような心境なのだろう。
 けど仲裁に入るにはキツいわね。
 大人の男達が取っ組み合いをしている現場は、正義感を振りかざして飛び出すにはあまりにも騒ぎが大きい。年齢はともかく小さなひよちゃんを連れて出るわけにもいかない。
 どうしたものかと考えていると、ざわっとどよめきが起きた。そしてモーゼの十戒でも発生したかのように人々がどんどん道の両脇に寄っていく。
 そしてその中心から出てきたのは若旦那だった。

「そこまで!」

 ぱんっと若旦那が手を叩くと、その場の全員が一斉に静まった。
 凄い。黙った。
 若旦那は従業員と華屋の男達の間に割って入ると、まあまあと宥めて両者距離を取らせた。

「いつも言ってるでしょう。要望があるなら代表を立てて下さい」
「その代表の声を聞かないからこうなるのでしょう」

 鈴のような声がした。振り向くと、しずしずと登場したのは大輪の花が現れたかのように美しい紫音だった。身を包む着物は間違いなく高級品で、白くすらりと伸びる指はきっと力仕事などしたことも無いだろう。
 しかし紫音は恐れる様子などなく、凛と若旦那に向き合った。
 正面衝突……
 若旦那はやれやれといったふうにため息を吐いていた。まるで紫音など相手にしていないようにも見えて、無関係なのにハラハラし始めていた。
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