21 / 30
第一章
第十八話 黒曜の威
しおりを挟む
「どういうこと? 鯉屋もお父さんが作ったの?」
「そう。常夜には特別な店がいくつかある。鯉屋と金魚屋、鈴屋、破魔屋。そしてこれは全て黒曜さんが作った店だった」
「でも鯉屋には大旦那様ってのがいたんでしょ?」
「それが黒曜様よ。私は鯉屋当主の血筋だけど、経営はずっと黒曜様がお一人でなさっていた」
「え? 経営は鈴屋じゃないの?」
「だから、黒曜様が全ての店の大旦那様だったのよ。鈴屋様も黒曜様なのよ」
「ああなるほど……」
私はまだこの世界を熟知したわけじゃない。それでも鯉屋が頂点で金魚屋はその姉妹店のようなものであることは分かっている。これは圧倒的に特別な店だけど、鈴屋は鯉屋から独立して経済の要である大店を握っている特別な店だ。出目金を倒せる破魔屋は若旦那に服従というわけでもない独立した組織で、これもまた特別だ。
つまり常夜の全てをお父さんが動かしていたようなものだ。
「……あんまり実感はないけど、そんな凄いこと一人でできるものなの?」
「規模が小さいうちはできてたんだよ。けど時が流れ人口が増え魂も増え、いよいよ手が回らなくなっていた」
「それを若旦那がぶんどったと」
「無駄を省いただけだよ。黒曜さんはそれを道具に落とし込み汎用化し物理的な運用になった。特別な店は必要なくなり、現世から鯉屋の跡取りを召ぶ必要もなくなったんだ」
「鯉屋を作ったのはお父さんなのよね。お父さんも現世から常夜に来たの?」
「黒曜さんは常夜生まれだよ。ただし、母親が現世から来た人だった」
「ハーフってこと? そんなことあるの?」
「普通は無いよ。だから黒曜さんはこの世の理から外れた唯一無二の存在だった。黒曜さんが現世でどう生きたのかは知らないけど、彼の母親の姓が『吉岡』だったらしいね」
「……お父さんが現世へ行ったことを怒ってるの?」
「それは別に。破魔矢は納品してくれてたから僕としては問題無いよ。問題はどうして黒曜さんが紫音さんにこんなことをさせたかだ」
*
そういえば引継ぎを受けたのは紫音だけなのよね。そういや何を引き継いだのかしら。
「黒曜さんの指示っていうのは具体的にどういう内容なんです?」
「真意のほどは分かりません。ただ『遠からず破魔矢が必要になる』と」
「出目金が増えるから破魔矢が必要ってこと? もしそうならそれはこっちの仕事じゃないじゃん」
「こっち?」
首を傾げて不思議そうな顔をしたのは楓さんだ。
こっちって常夜?
「けどあっちからその報告はきてないよ」
「あっち?」
「少し黙ってなさい」
「いやいや私のことなんだけど。破魔矢作るの私なんだから。『あっち』とやらが出目金をどうにかしてくれるの?」
「それは――……」
若旦那は何かを言おうとしてぴたりと止まった。口元に手を当て考え込むと眉間にしわを寄せた。
「そういうことか」
「どういうことよ」
「どうも妙だと思ってたんだ」
若旦那は立ち上がると神威さんの前に立ち、顔を近づけじいっと睨んだ。
*
「どうして一人で戻って来たんだい?」
神威さんはあからさまにギクッという顔をした。
素直な人だな……
「『神威』は『依都』を守るために存在する。それがどうしてこんな長期に渡り傍を離れたのか」
依都といえば金魚屋の当主。神威さんは依都さんとやらと近しい人なのかしら。
関係性が分からないけど、神威さんは気まずそうに顔を背けて目を泳がせた。けれど若旦那は思い切り首を絞めた。
「吐け」
「し、知らな」
「吐かないと依都を罷免するよ。金魚屋当主の指名権限は僕にある」
ほら吐け、と若旦那はぎりぎりと締め上げた。どこに隠れていたのかぬるりと錦鯉も現れ神威さんの顔の横でがちがちと噛みつくようなふりをしている。
「分かったよ! 分かったから放せ!」
「言えば放す。どうしてよりちゃんの傍を離れたの」
よりちゃんとは依都さんのことか?
「……累の指示だ。玻璃を守れと言われてる」
「やっぱりね」
知らない名前が出て来て、私はこそっと紫音に耳打ちをした。
「ねえ。累って誰?」
「棗累様。現世金魚屋の開祖で、結様の双子の兄君様よ」
「へ!?」
「そう。常夜には特別な店がいくつかある。鯉屋と金魚屋、鈴屋、破魔屋。そしてこれは全て黒曜さんが作った店だった」
「でも鯉屋には大旦那様ってのがいたんでしょ?」
「それが黒曜様よ。私は鯉屋当主の血筋だけど、経営はずっと黒曜様がお一人でなさっていた」
「え? 経営は鈴屋じゃないの?」
「だから、黒曜様が全ての店の大旦那様だったのよ。鈴屋様も黒曜様なのよ」
「ああなるほど……」
私はまだこの世界を熟知したわけじゃない。それでも鯉屋が頂点で金魚屋はその姉妹店のようなものであることは分かっている。これは圧倒的に特別な店だけど、鈴屋は鯉屋から独立して経済の要である大店を握っている特別な店だ。出目金を倒せる破魔屋は若旦那に服従というわけでもない独立した組織で、これもまた特別だ。
つまり常夜の全てをお父さんが動かしていたようなものだ。
「……あんまり実感はないけど、そんな凄いこと一人でできるものなの?」
「規模が小さいうちはできてたんだよ。けど時が流れ人口が増え魂も増え、いよいよ手が回らなくなっていた」
「それを若旦那がぶんどったと」
「無駄を省いただけだよ。黒曜さんはそれを道具に落とし込み汎用化し物理的な運用になった。特別な店は必要なくなり、現世から鯉屋の跡取りを召ぶ必要もなくなったんだ」
「鯉屋を作ったのはお父さんなのよね。お父さんも現世から常夜に来たの?」
「黒曜さんは常夜生まれだよ。ただし、母親が現世から来た人だった」
「ハーフってこと? そんなことあるの?」
「普通は無いよ。だから黒曜さんはこの世の理から外れた唯一無二の存在だった。黒曜さんが現世でどう生きたのかは知らないけど、彼の母親の姓が『吉岡』だったらしいね」
「……お父さんが現世へ行ったことを怒ってるの?」
「それは別に。破魔矢は納品してくれてたから僕としては問題無いよ。問題はどうして黒曜さんが紫音さんにこんなことをさせたかだ」
*
そういえば引継ぎを受けたのは紫音だけなのよね。そういや何を引き継いだのかしら。
「黒曜さんの指示っていうのは具体的にどういう内容なんです?」
「真意のほどは分かりません。ただ『遠からず破魔矢が必要になる』と」
「出目金が増えるから破魔矢が必要ってこと? もしそうならそれはこっちの仕事じゃないじゃん」
「こっち?」
首を傾げて不思議そうな顔をしたのは楓さんだ。
こっちって常夜?
「けどあっちからその報告はきてないよ」
「あっち?」
「少し黙ってなさい」
「いやいや私のことなんだけど。破魔矢作るの私なんだから。『あっち』とやらが出目金をどうにかしてくれるの?」
「それは――……」
若旦那は何かを言おうとしてぴたりと止まった。口元に手を当て考え込むと眉間にしわを寄せた。
「そういうことか」
「どういうことよ」
「どうも妙だと思ってたんだ」
若旦那は立ち上がると神威さんの前に立ち、顔を近づけじいっと睨んだ。
*
「どうして一人で戻って来たんだい?」
神威さんはあからさまにギクッという顔をした。
素直な人だな……
「『神威』は『依都』を守るために存在する。それがどうしてこんな長期に渡り傍を離れたのか」
依都といえば金魚屋の当主。神威さんは依都さんとやらと近しい人なのかしら。
関係性が分からないけど、神威さんは気まずそうに顔を背けて目を泳がせた。けれど若旦那は思い切り首を絞めた。
「吐け」
「し、知らな」
「吐かないと依都を罷免するよ。金魚屋当主の指名権限は僕にある」
ほら吐け、と若旦那はぎりぎりと締め上げた。どこに隠れていたのかぬるりと錦鯉も現れ神威さんの顔の横でがちがちと噛みつくようなふりをしている。
「分かったよ! 分かったから放せ!」
「言えば放す。どうしてよりちゃんの傍を離れたの」
よりちゃんとは依都さんのことか?
「……累の指示だ。玻璃を守れと言われてる」
「やっぱりね」
知らない名前が出て来て、私はこそっと紫音に耳打ちをした。
「ねえ。累って誰?」
「棗累様。現世金魚屋の開祖で、結様の双子の兄君様よ」
「へ!?」
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる