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第2話 マルミューラド=グレディアース
しおりを挟む結衣が向かったのは城内の庭園だった。
庭園と言ってもいくつかあり、城正門から真っ直ぐ入ったところが中央庭園に果樹庭園、森林庭園、水中庭園、空中庭園……とにかく色々だが、その中でも一番魔法兵団の研究所に近い果樹庭園に入ることにした。
入ってみるとその名の通り果樹がずらりと立ち並ぶ庭園で、日本でいえば農家のような感じだ。
手入れしている人間がちらほらいるのだが、布をかぶせたり水をまいたりといった事を手作業でやっている。どうやら魔法で一瞬にして育つような事は無いようだ。
この世界の植物はほとんど無味無臭で、結衣はあまり好きではなかった。
色と形状は地球とあまり変わらず、いかにもファンタジーという魔法植物は存在しない。だが魔法兵団研究所のすぐ傍の一角に「いかにも」なファンタジー植物があった。
表面がきらきらとラメのように輝いて、黄色と紫のグラデーションが美しい。まさに新種のファンタジー植物だ。
手のひらサイズのそれはあまりにもファンタジックで、結衣は思わず手を伸ばした。しかしその時急に後ろから手を掴まれてしまう。
「触ったら手が焼けますよ」
「へ!?」
見上げると、そこにいたのは真っ黒な男だった。
黒髪黒目に黒い服でまさに黒尽くめ。しかも長身だから威圧感が凄い。百八十センチメートルはありそうだ。
それだけでもインパクトがあるが、それを上回るインパクトを放つのは顔だ。
整っている。
褒め言葉として、イケメンやら人形のようだなど表現方法は様々あるが、何というか『整っている』。
綺麗というのもしっくりこない。整っている。とにかく見栄えの良い人だ。
男はにっこりと微笑んで、ファンタジー植物にペンライトのような物を当ててから一つもいでくれた。
「これは盗難防止魔法が仕掛けられてます。素手で触ったら怪我しますよ」
「ごめんなさい。凄く綺麗だからつい。何ていう果物なの?」
「リナリアです。兵団が研究用魔法をかけているので果実とは少し違いますね」
「あなた魔法の研究してるの?じゃあ魔法にはすっごく詳しい?」
「皇女殿下よりは詳しいかと」
男は一瞬きょとんとしてからクスクスと笑い、これは馬鹿だと思われたのだろう事は結衣にも察しがついた。
というのも、おそらくこの男はかなり優秀な人物だと推測できるからだ。
まず、ヴァーレンハイト皇国の人間は短命である。
平均寿命は五十二歳。そのせいか就業開始年齢は平均十二歳とかなり早く、自分の勉強に時間をかける事などまずできないのだ。
知識不十分な労働者が多い中で魔法兵団の知識はずば抜けて高いが、高齢者が多い。およそ三十代後半が八割を占めているのだが、その理由は早期就労が原因で後継が育たず引退ができないからだ。
しかしこの男は二十歳くらいにみえる。この若さで研究に従事できるというのは相当頭が良いはずだ。
「あの、聞いてもいい?」
「私は構いませんが、レイ侍女長がお許しにならないのではないかと」
男が結衣の後ろの方を見やると、声を上げて走ってくるメイリンの姿が見えた。
怒りと心配が入り乱れているメイリンは、有無を言わさず結衣の腕を掴んで城へ歩き出した。
結衣は男に助けを求めてみたけれど、にっこりと微笑んで見送られてしまった。
「どうして勝手をなさるんですか!」
「ちょっとお散歩したくて……」
「それならそうとおっしゃって下さい。私がご案内します!」
はあい、と小さく返事をしたけれど、それでは意味がない。
けれどメイリンがこうまで必死になるのはアイリスが失踪した場所が城内だったからだろう。
誰も見ていないうちにいなくなったのだから一人にしたくないのは当然だ。その気持ちは目の前で幼馴染の消失を見た結衣にも痛いほどわかるのでこれ以上無理は言えなかった。
「まったく!見つけて下さったのがマルミューラド様でよかったです!」
「それ、さっきの男の人?まり、まる、まるむう、まるみゅーらど」
結衣にとって、この国は名前の発音が難しい。
なにしろ結衣の自動翻訳は固有名詞には対応してくれない場合があるのだ。
厳密なルールは良く分からないが、メイリンのようにシンプルだったり英語っぽい名前であればまだ言いやすい。だがマルミューラドというのは文字数も多いし意味も分からないので結衣には難しかった。
「あの人は凄い人なの?」
「マルミューラド=グレディアース様。陛下のご相談役であられるグレディアース老のご令孫ですよ。魔法兵団でも随一の頭脳だと名高い方です」
「あ、やっぱり」
陛下の相談役の孫というのはなかなか威力のあるワードだ。
歳も近くて地位もありメイリンも信頼しているとは、これは教えを乞うには良さそうな人材だ。
「凄いといえば、女性には大変な人気です。パーティーにいらっしゃる時は毎回大変な騒ぎになります」
「あー、やっぱり」
この国の美醜の判断基準がどうなっているか分からなかったが、そこは同じようだ。
「そういえばリナリア貰ったんだけど食べれる?」
「まあ!こんな貴重な品を頂いたのですか!?とても美味しいんですよ。切って差し上げます」
「食べよう食べよう。一緒に食べよう」
珍しくメイリンは顔をほころばせて、わくわくした様子で一口サイズに切ってくれた。
手に持った限りではリンゴのような固さだったけれど、お皿に乗せられた実は内側でキラキラと星屑のような物が煌めいている。ぷるりとしていてわらび餅のようだ。スプーンに乗せてぱくりと口に入れると、一瞬でとろりと溶けて無くなり口いっぱいにあっさりとした甘みが広がった。
「ん~~!ん~~~!ん~~~~~!」
「美味しいでしょう。実験以外で口にできる機会は滅多にないですよ」
「美味しい!人生で一番美味しい!お礼言わなきゃ。研究所に行けば会える?」
「……であれば先にアルフィード様にご挨拶が必要ですね」
「あり、ある、る、アル、アルフィ、アルフィード様」
今日は初めての名前がたくさん登場する日だ。
結衣は過保護にされてるせいもあり、あまり特定の誰かの名前を聞く事は少ない。
しかし皇族でもあるまいし、何故他の人間に面会許可を得る必要があるのだろうか。せっかく良い流れでメイリン公認で近付けそうだったのに、と結衣は口を尖らせた。
「アルフィード=グレディアース様といって、マルミューラド様の叔父にあたる方ですよ。陛下の親衛隊総隊長を務める方ですが、今回はアイリス様をお守りするためにお残り下さっています」
陛下というのはアイリスの父親でありこの国の皇王だ。
何でもモンスター討伐だとかで数日前から遠征に出ている。この国には人間を襲う生き物が生息しているのだが、これを皇王やその親衛隊、兵団が討ちに行く。何故皇王自らそんな危険なものに参加しているのかは知らないが一ヶ月近く戻って来ないらしい。
多くの兵を連れて行ったが、本来はアルフィードも行くはずだったのだろう。
「ふうん。何で挨拶が必要なの?その人には用ないんだけど」
「格です。アルフィード様はグレディアース家次期当主と言われる方。その方を差し置いて格下であるマルミューラド様を取り立てるというのはアルフィード様を侮辱する行為です。今回のような偶発的な遭遇はともかく、公式にご挨拶するのはアルフィード様が先です」
この世界は日本よりもはるかに明確な身分階級がある。
頂点に立つのは皇族で、これは象徴ではなく政治的実権を持つ最高権力者だ。その下に貴族だの大臣だのがいるのだが、財産で明確な生活格差があるようだった。結衣は城以外を目で見た事は無いけれど、窓から見る限りでは大きな家は少ない。
「じゃあ挨拶しに行こうよ。私お話したい」
「もう少し落ち着かれてからの方がよくはないですか?陛下もご不在ですし」
「なおさらじゃない!私のために残ってくれてるのに挨拶も無いなんて、皇女としてどうかと思うわ」
「まあ。そんな早くマルミューラド様にお会いになりたいので?ですがアイリス様が人生の伴侶とするに相応しいかは陛下が」
「そういう事じゃなくて!アルフィード様に失礼はできないでしょ!」
「なるほど。ではそういう事にしておきましょう」
「そういう事もなにもそれしかないわよ」
あらそうですか、とメイリンはにやにやと笑っていた。
普段はきびきびと働き頼りになるのだが、意外とこういう面もある。
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