地球で死ぬのは嫌なので異世界から帰らないことにしました

真野蒼子

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第17話 地球への帰還方法

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 翔太の言葉に驚き、流司はガタンと立ち上がった。

 「どうしたらいいんですか!?」
 「うーん」

 翔太は水風船をひとつ手に取ると、突如バァン!と音を立てて机に叩きつけた。
 すると翔太の手からバシャバシャと水が流れ落ちると机が水浸しになり、また目をギラリと光らせ流司を睨みつけた。

 「そんなに死にたいの?」

 その鋭い眼光に竦んでしまうが、流司はぎゅっと拳を握り、必死の思いで睨み返した。
 すると、翔太はまた今までのように可愛らしい顔でにーっこりと微笑んだ。 

 「父。前触れもなく本性を出すのはやめてあげて。びっくりするからね」
 「テヘペロ☆どしても日本に帰りたい?」
 「ヴァーレンハイト皇国は生存が難しいと思ってます。地球人には過酷でしょう」

 暗い顔でうつむく流司を見て、翔太はふー、とため息をついた。

 「凛ちゃん、ちょっとお外出ててくれる?」
 「内緒話だね。分かったよ」

 翔太は何故か凛を追い出し、ドアが閉まり切ったのを確認してから流司に向き合った。

 「ここから先は絶対ぜーったい喋っちゃダメだよ。蛍宮の中でも口にしちゃダメ」
 「はい」
 「UNCLAMについては知ってるよね。結構凄い死に方しちゃうの」
 「はい。俺もいつかそうなるんじゃないかと……」
 「ならないよ、蛍宮にいる限りはね」
 「……それは、どうしてですか?」

 んんっ、と翔太は咳ばらいをして流司に顔を近づけた。
 そしてひっそりと小声で耳打ちをする。

 「UNCLAMPの犯人は地球人なんだよ」
 「……は?」
 「ルイ君も僕も犯人を知ってる。だからルイ君は難民って嘘ついて地球人を保護してるの」
 「待って、下さい。何ですかそれ。誰がやってるんですか」
 「地球人集落シウテクトリだよ」

 翔太は立ち上がり、棚から薄い長方形の板を取り出した。
 それは流司の記憶にもある物だった。

 「スマホ、ですよねこれ」
 「そう。これがUNCLAMPを引き起こす操作端末だよ」
 「……待って下さい。全然分からない」
 「仕組は僕も分からないよ。楪たんが空間移動魔術?とかそういうのがベースらしいよ。それをこの中に入れてるのね」
 「入れるって、魔法をですか?それはどういう……」
 「文字だよ」
 「文字?特殊な文字ですか?」
 「うんにゃ。じゃあちょっと魔法について説明しよかにゃにゃ~ん」

 よいしょぉ、と翔太は飛び跳ねて、るんるんとスキップしながらガラガラとキャスターの付いた白い大きな板を出して来た。

 「じゃっじゃ~ん!ホワイトボードだぁ!」
 「ほわいとぼーど、って何ですか」
 「ありゃ?りゅーたんて何歳からこっちにいるの?」
 「十歳です。正直ほとんど覚えてません」
 「なるなる~。じゃあ蛍宮は面白いかもね。地球の物いっぱいあるから。これはね、一度書いた物を消してまた書ける優れもの!」

 ぽんっとマーカーのキャップを取って、きゅきゅーっと何かを書いた。
 そこには『黒瀬翔太』と漢字で書かれていたけれど、流司は読めなかった。

 「十歳じゃ漢字なんて覚えてないよね。これが僕の名前。く・ろ・せ・しょ・う・た」
 「へえ……」
 「んじゃ本題ね。魔法っていうのは超能力でも超常現象でもない。科学なんだ」
 「え、っと」
 「確かにこの世界には魔力っていう地球にはない物があるけど、それだけじゃ何にもならないの」

 翔太はホワイトボードに円を描き、その中に図形や文字を描いていく。
 それが何を意味する内容なのかは分からなかったけれど、それはアニメやゲームではお馴染みの物だ。

 「ゲームにありがちな魔法陣じゃじゃーん!僕が作った物でこの世界の物じゃないんだけど、これは方程式なんだ。魔力珠をこの法式を通すと魔法になるのね。例えばこれ」

 翔太はベルトにぶら下げていた幾つかの棒の一つを取り外して机に置いた。
 それは流司がリナリアの温度調節に使っていたペンライトによく似ていて、翔太がカチッとスイッチを入れるときらきらとスターダストを散りばめたような光があふれ出した。カチカチと何度か押すと、白から青、紫、赤…様々な色に変わり、歯車のようなネジを回すと、今度は光が大きくなった。

 「星みたいだ……」
 「おお、ろまんちっくう。これは水晶灯っていうの」

 今度は底をくるくると回して、中から小さな銅板と透明の球体、それに繋げられているケーブルのようなものを取り出した。
 取り出した銅板を全て並べてみると、それぞれにいろいろな魔法陣が描かれている。

 「ここにコピーした魔法陣を焼きつけてるの。こっちの球体が魔力珠。これを入れてこのスイッチを押すと魔力が流れて稼働する仕組みね」
 「裕貴に教えてもらいました。俺も似たようなのを作りますけど、機材自体は貰いもので……」
 「聞いてるよぉ。それ僕が上げたんだもん」
 「え?そうだったんですか?」
 「そそそ。温度調節するやつでそ。あれをもうちょっと工夫するとこういうのができるよ」

 翔太はまた一つペンのような物を取り出してスイッチを入れた。
 すると先についていた鉱石にボウッと火が灯った。それはまるでヴァーレンハイト皇国の人間が使う魔法そのものだった。

 「ようするに魔力珠が電池みたいな事ね。ここのフラッパーで魔力速度が一定になるよう調節してて魔法陣はコピー。だから誰でも使える魔法道具になってるんだよ。つまり何が言いたいかってーと、魔法は『魔力が方程式を経て形になった結果』なんだよ。理科と数学みたいなもんだね」

 話が難しくなってきて、流司は空返事をした。
 けれど翔太は楽しくなってしまったようで、鼻歌を歌いだす。

 「そいでもってこの魔法陣がなんなのかってーと、これはただの文字なの。魔法を文字にしたの」
 「そんな事できますか?あれは血液の中にある物です」
 「あのね、物理的に存在するのならそれは必ず何かの元素でできてるんだよ。地球の理科では元素ってのがあって全て記号で表すよ。水素がHで窒素がN。色々だけど、数字で表せない物はない。だからその分析をして組み合わせたのが魔法陣」
 「……すみません。正直分からないです。けどどんな魔法でも文字にできるって事ですよね」
 「そうね。でも問題があるんだ。文字にはできるけどその文字数がとーっても多いの。この水晶灯は何文字でしょう!」
 「えーっと……百、くらいですか」
 「ブーッ。千八百七十七文字でした~」
 「そ、そんなに!?それ書いたんですか?」
 「んーん。それをやるのがこれなの」

 翔太はひょいっとスマホを手に取った。
 電源を入れると難なく起動して、テキストメモのアプリを立ち上げるとそこには気が遠くなる文字数が並んでいた。

 「そうか。これなら複製も簡単ですよね」
 「そ。しかも充電は火の魔法で出来るからね」
 「それは何でですか?」
 「ソーラー充電って分かる?太陽の光で充電できるんだけど、なんとこの世界の火が同じ物なの。だからスマホさえ地球から持って来てればこうやっていつでも使えちゃうのね」
 「な、なるほど」

 魔法よりも翔太の知識の方が凄いのではと流司は息をのんだ。
 体質の様にできて当たり前の魔法よりも、それを作り出すというのははるかに凄い事の様に思えた。

 「つーわけで、話を戻すよ。こうやってスマホに空間移動魔術とやらを文字にして入れる。するってーとアプリ起動で誰でもUNCLAMPをできちゃうというわけさ」
 「……それを、こっちでやってるんですか……」
 「そゆこと。シウテクトリにはシステムエンジニアが多いんだ。地球とこっちを往復するシステム作って人体実験するけど誰も帰ってこないの。これがUNCLAMPなんだよ」
 「もう何人も返してるってことですか!?」
 「うん。ただ生死は不明。まあ日本に帰れたならわざわざこっちに戻ってくる必要無いから生きてるかもしれないけど、こっちでは確認できないって事には変わりないね」
 「それは、何のためにやってるんですか?」
 「何のためでもないよ。しいて言うなら探求心かな」
 「……無意味、って事ですか?」
 「うん」

 流司は愕然とした。
 こっちの人間が魔法でやっているか、魔法による副産物か自然現象のようなものだとばかり思っていたのだ。それがまさか人為的に、それも地球の人間がやっているなんて思いもしなかった。

 「よーするに帰る方法はあるけど生きて帰れる保証はないの。だから止めた方が良いよ」
 「そのシウテクトリに話を聞いてみる事はできますか?」
 「できるけど殺されるよ」
 「……はい?」
 「シウテクトリは地球人以外の難民も受け入れてるんだけど、その人達で実験体してるんだよ。地球人でもね」
 「試しに地球に返してみよう、ってことですか?」
 「それ以外もだよ。変な薬の開発もやってるんだけど、何ができたか分からない物をとりあえず投与。前なんかトカゲがこんなでっかくなっちゃったとかで大駆除大会やってた。きもちわる~い!」
 「そんな……ずっとそんなことを……?」
 「そそそ。だからルイ君はシウテクトリの存在自体を蛍宮の人には教えてないの。怖いからね」

 こわいこわーい、と可愛い口調で身震いするようなフリをしたけれど、翔太の目は全く笑っていない。
 まるで監視するようにじいっと流司を見つめている。いや、これは怒りだ。流司へ対してなのかシウテクトリへなのかは分からないけれど、瞳の奥にはゆらゆらと怒りの炎が揺れていた。

 「どうしてもって言うなら蛍宮で研究しよう。メイリンちゃんは魔法使うんでしょ?ならもっと新しい研究できると思う。だからシウテクトリを頼っちゃダメ。大切なひとがいるならなおさら。絶対にダメ」
 「……はい」

 いいこだね、と翔太はしばらく抱きしめて頭を撫でてくれていた。


 話し込んでいると、いつの間にか日が落ち暗くなっていた。
 そろそろ帰らなければと研究所を出ると、扉のすぐ傍に凛が立っていた。

 「話は終わったのかな」
 「うん!おしまーい!」
 「黒瀬さん、ありがとうございました」
 「むむむ!しょーたん!」
 「しょ、しょーた、ん、さん………」
 「えへへ~」

 ぎゅっと抱きしめられるとふわりと甘い香りがした。女性が好みそうな香水のようだけれど、抱きしめてくれる腕は力強い。
 こんなに可愛いのに、不思議と女性には見えず男性らしさを感じる。
 すると、後ろでがしゃん、と何かが落下した音がして振り返ると、そこには結衣がいた。

 「結衣。迎えに来てくれたのか?」
 「……誰その子……」
 「ああ、この人が所」
 「しょーたんでーっす!」
 「凛だよ」

 結衣はぶるぶると震えて、ギッと流司を睨んで手に持っていた鞄を投げつけた。

 「流司のばかっ!!!」

 帰ってくるな、と叫びながら結衣は走り去ってしまった。
 何がどうしたのかさっぱり分からず、流司はぽかんとしたまま立ち尽くした。
 
 「え?何?何で?」
 「浮気してると思ったんじゃないかな」
 「は?あ―――…」

 抱きしめてくれている翔太を見ると、えへっ、とウインクしてピースをしていた。
 様々な会話を経て男性らしさを感じ取った流司と違い、結衣から見れば完全に女である。

 「あ!?ちょ、ちょっと!結衣!ちょっと待て!!この人男だから!!」
 「ううん。天使に性別はないんだよ♪」
 「結衣!!」

 あはは~、と翔太はのん気に笑っていた。
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