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第3話 鯉屋の大店
しおりを挟む「赤だーっ!!」
「うわ。うるさいですよ」
累の目に映ったのは見渡す限りの赤い光だった。
見上げた空は眩い真鍮色をしていて、そこには大小さまざまな金魚が泳いでいる。空に溶け込むその様は数多の君紫蘭が風に揺れているようにも見えた。
視線を地上に落としてもそこは赤一色だった。鯉屋のように朱塗りの神社風が多く目につくが、木造で瓦屋根の建物も多い。建物自体は木の色をしているため茶色いが、必ずと言っていいほど赤提灯がぶら下がっているので結局赤く見える。だが中にはモルタルで作られている物もあり、そういったところは一昔前の日本の雑居ビルのようにも見えた。
ちらほらと屋台も出ていて、たくさんの飴細工が売られている。売っているのは全て花の形をしているが、展示品として鯉を模した物もある。それは見事なグラデーションと繊細な細工で思わず見とれるほどだったが、累は違うところに目が行った。
「お金?ここってお金もあるの?」
「ああ、あれは大店だけです。物々交換しかできない下町の僕らには関係無いですよ」
金魚屋近辺にもいくつか店がある。服や食器、家具等取り扱いは商品は様々だが、これらは全て物々交換なのだ。金銭の授受はなく店と客が良しとすればそれで良し。しかし大店はよく見ればどの店にも値札が付いていて、支払をお金でやっていた。金銭感覚がどうなってるかは分からないが、十円や百円、五百円等キリの良い数字ばかりでお札は見られない。けれど数え方は十進法のようで、さらには灯りの付いていない店に『毎週木曜日は定休日』などと書いてある。
「やっぱ日本なんだな。中華街みたいだけど」
「ちゅーかがい?ここは鯉屋様がやってる問屋街ですよ。大店って呼ばれてます。僕らのいる下町とは全然違うでしょう?」
金魚屋のあたりは隙間風が吹き込む木造の家ばかりでこんな鮮やかな色も光もありはしない。あるとしたら金魚くらいのものだ。
何よりも人が多い。下町もいるにはいるが、外をうろうろする人間はあまりいない。金魚屋のように何かしらの店が集まっているエリアにはちらほらと居るが、それでもこんな風に外で元気に声を上げて会話をする人間などいない。どちらかと言うとくたびれた服でため息を吐いている人間ばかりだ。服だって同じ物を着回すからよれよれで、依都が着ている服もくたくただった。
「格差感じるな。今日は夏祭りでもあるのか?」
「いいえ。ここはいつもこうですよ。夜は金魚が灯りになってとっても綺麗なんです」
「通常でこれかよ。平和な連中だな」
「平和なんですよ、大店は。さ、ぼんやりしてないで納品に行きますよ」
「納品?」
依都はぐいぐいと累の手を引っ張ると、明るい大通りから出て細い路地へと滑りこんでいった。石畳を上ったかと思えば下に降り、かと思えばまた上り。依都は小さい身体でくねくねと狭い通路を通り抜けていくけれど、成人している累には少し狭い。
ぎちぎちになりながら抜けると、そこには金魚屋にあったのと同じ大八車が停めてあった。水槽が幾つも積まれている。
「これをこの先にいる鯉屋様の番頭さんに渡すんです」
依都の指差す先には小さな鳥居が聳え立っていた。
立ち入り禁止の札が立っていて、それを守るように警備の男が三人ほど立っている。すると依都はその内の一人に駆け寄って首から下げていた札を見せて二、三会話をした。警備員はちらりと俺を見ると、通って良しという事だろうか、道を開けてくれた。
依都は腰に下げていたぼろぼろの巾着から鯉の鱗柄をした黒い襷を取り出し、くるくると身体を包むように邪魔な袂をきゅっと締めた。そして大八車を引く持ち手を腹の前で掴むと、ぐぐぐとそれを押し始めた。
「ふぬう!」
「お、おい!何してんだ!」
「何って、持って、行くんですよっ!累さん後ろから押して下さい!ふぬー!」
「ふぬーじゃねえよ!止めろ止めろ!」
大八車だけならともかく、そこには水槽が遠慮無しに積まれている。依都の小さな体で引っ張るにはあまりにも重いようで、このわずか数秒で顔と手が真っ赤になった。まさかこんな物を引こうとするとは思ってもいなかった累は、慌てて依都を抱き上げ大八車の後ろに連れて行った。
「お前押せ。俺が引っ張るから」
「いいんですか?わーい!」
「お前いつもこんなの一人でやってんの?」
「そうですよ。鯉屋様への入場許可札を持ってるのは当主の僕だけなんです。金魚屋で《卸鈴》が貰えればみんなで大店に入れるんですけどね」
警備の男を見ると、ぞろぞろと二十人ほどで連れ立っている集団があった。先頭に立っているリーダーらしき女性が手に下げた小さな鈴を見せると、全員で鳥居をくぐって行く。この世界は札や鈴が許可証に用いられるようで、店に出入りする客は逐一鈴を見せていた。鈴の色や形に違いがあり、それによって入れる場所が違うようだ。
「僕の札で入れるのはこの従業員通用鳥居だけです」
大通りの方を見ると赤い光が眩しくて、賑やかで楽しそうな声が響いてくる。
金魚屋は必死に働いてもくたびれた着物とガタのきた長屋暮らしだ。累はあの小さな体で大八車を引いていた依都に自分の面倒を見させているのだと思うと、何だか居たたまれなかった。
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