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第12話 水路
しおりを挟む水路作りが始まった。
先陣を切るのは言い出しっぺの現代っ子の累ではなくましてや依都でもなく、神威だった。
「累!おせーぞ!」
「あ、のなぁ……お前の基準で言うなよ……」
依都に言われて渋々やり始めた神威だったが、依都と共に採掘道具を集めて我先にと掘り進めていた。
それが優しさなのか依都の上目遣いによる「お願い♡」効果なのかはさておき、累の想像よりもはるかに早いスピードだった。
累も運動は好きだしスポーツも得意だが、現代若者とはレベルが違う。見るからに身体つきが違うし依都を抱えて山道を往復する筋力と体力、出目金を前にしても怯まない度胸。どこを見ても累が立ち並ぶ事の出来る相手ではない。
結局山道を掘り進めるのは累がいてもいなくても関係無くて、累は早々に諦め依都と神威の後を付いていくだけになっていた。
掘り進めているとついに鉢が目で捉えられる辺りまで到着した。
あまり近付くと鉢を囲う泥水の匂いが移りそうだったので若干離れた位置にしたのだが、それでも山道を登る必要など無いすぐ傍だ。これなら桶で水を持ち運ぶくらいならできるだろう。
「ここに溜池を作ろう。この辺の人が十分に使えるくらいの」
「泳げるくらい?」
「そうそう」
「行っとくけど俺もう無理。疲れた。終わり」
くるりと背中を向けた神威だったが、すかさず依都がその足にしがみ付いた。
「神威君!お願い!終わったらよしよししてあげるから!」
「ざっけんな!割に合わねえっての!」
「じゃあ何なら割に合う!?あ!夜添い寝してあげる!」
累は何言ってんだと思ったけれど、神威は添い寝の言葉にぴくりと反応を示した。
そして依都はそれを見逃さずにキラリと目を光らせた。けれどまだ頷かない神威を何とか落とそうと依都は畳みかける。
「明日も!」
「む……」
「明後日も!」
「……いいだろう」
「お前現在進行形で好きじゃねーか」
諦めたと言っていたがどうにも諦めたようには見えない神威のリアクションに累は呆れ果てた。
そんな攻防を続けていると、一体何をしてるんだと鉢の人が集まり始めた。
「おい。人集まってきたから止めろ」
「えっ。神威君が僕の事大好きなのがバレちゃった?」
「ちげーっての!!」
けれど鉢の人達が興味を持っていたのは二人の痴話喧嘩ではなかった。
土を掘り起こしているのをじろじろと覗き込み、見た事のない作業と、何より依都と神威の姿に驚いたようだった。
「ありゃあ破魔屋さんだ。誰が金払ったんだい」
「馬鹿だね。鉢にそんな金あるわけないだろ」
「何で金魚屋の坊ちゃんがこんな所にいらっしゃってるんだ」
「誰かなんかしたんじゃないのかい」
破魔屋が無償奉仕なんかするわけねえ、と誰もが訝し気な顔をした。
けれどそれ以上に依都に向けられる視線には少なからず畏怖の色があった。実年齢はともかくこんな優しい子供に何を恐れる事があるのだろうか。依都も気まずそうにしょぼんと俯いてしまい、神威が庇うようにして背に隠した。
「魂を扱う金魚屋は特別だ。鯉屋直下の大店に出入りできる店は多くない」
鯉屋に繋がる存在を鉢が有難がるわけが無い。
ここに依都がいる事で鯉屋や大店の連中が押し入ってくる事を恐れているのだろう。鉢の事をあれだけ気にかけていたのに何もしてやらなかったのはそういう事情もあったのだ。
累は依都の頭をぽんと軽く撫でて、鉢の人達に声を掛けた。
「実はここに水を引こうと思ってさ。上の滝から水路を作ってるんだよ」
「み、水?水が来るのか?」
「ああ!水路を作れば勝手に水は流れてくる!」
そんな事できるのか、と集まってた人達は期待と不安で怪訝な顔をしている。
遠巻きにざわつくのが大半だったが、その中から身体の大きな男が一人前に出て来た。
「俺に手伝える事無いか。水なんて、そりゃあ命だ」
「本当か!?男手はいくらあってもいい!」
「一日でも早く欲しいですから。何をすればいいですか」
「掘るだけ」
男は佐伯秀介と名乗った。現代的な名前であるあたり、もしかしたら鉢に来たばかりなのかもしれない。
神威は持っていた木製の鍬をぽいと放って渡すとそれが重かったのか、おお、と男は前かがみに踏ん張った。
鍬はさして重量のある物では無い。依都でさえ作業ができる程度の物で、大の男が振れないような道具ではない。けれど食料の無い鉢では筋力の衰えは否めない。それでも男はさあ教えてくれ、と意気込んで鍬を担いだ。
そうして三人で掘り始めたけれど周りの人達はまだざわざわと不安そうな顔をしていた。
その理由は水路よりも依都のようで、何で金魚屋が、と言う声が絶えなかった。神威は苛立ちを隠さずに依都をひょいと担ぐと、お前も手伝え、と鉢の人達に背を向けた。
依都を庇ったその態度はさらに不安を煽ったようだったけれど、その時依都はにっこりと笑顔を見せた。
「もうすぐお水来るから心配しないで待ってて下さいね!」
神威を含めその場の全員がぎょっとしたけれど依都は笑顔で手を振った。
それでも怪訝そうな顔をされてしまい、依都はぎゅうっと神威にしがみついていた。
*
水路作りを始めて三日、ようやく掘り終わった。
「っしゃ!終わり!」
「次は何をしたら良いですか、累さん」
「これをはめ込んでいく」
「何だこれ」
「大店が廃棄した排水管の竹筒貰って来たんだよ。金持ちのゴミは宝の山ってね」
累はぎゅっとはめ込んでいく。
今度はこれを運ぶのかと神威はげんなりしたけれど、鉢の男は意気揚々と竹筒を両手いっぱいに抱えた。
どうやら身体を動かすのが好きなようで、やる事があるのは有難いな、とここ数日ですっかり神威のアシスタントになっていた。
「ビニールでもあればよかったんだけど、これが限界だな」
「びにーるって何ですか?」
「こういうのだよ」
累は結に取って来た金魚が入っていたビニール袋を見せた。すると依都は、ふうん、とそれを手に取りきょとんと首を傾げた。
「こういうのなら金魚屋にいっぱいありますよ」
「え?そうなの?」
「はい。死分けに使うから鯉屋様がたくさんくれるんです。持って来ましょうか」
英語も和製英語も無いわりにこういう物はあったりする。一概に「昔の日本」というわけでもないようだ。
依都は金魚屋へ戻りビニールを持って来た。細長い切れ端は使い道が無いから捨てるだけらしく、それは竹筒に被せるにはちょうど良い大きさだった。
ビニールをかぶせて竹筒を埋める作業は累達に任せて、依都はどんどんビニールを運んだけれどやはり子供の身体ではなかなか追い付かない。
「秀介さん。依都手伝ってやってくれる?こっちは俺と神威でやるから」
「分かりました。依都さん、手伝います」
「いえ!休憩してて下さい!。大八車で持ってきますから」
「車の方が重いだろ。いいって。俺がまとめて持ってくるから」
「いや、それは俺達に手伝わせてくれ」
「あ?」
手伝いを申し出たのは鉢の人間だった。
「長老様!本当ですか!」
「長老?偉い人?」
「各区画ごとに責任者がいるんですよ」
「わし等の事なのに任せきりじゃいられんよ。金魚屋の坊ちゃんまでやって下さっているのに」
依都はあちこち動き回るうちにすっかり汚れていた。
髪は葉っぱや木の枝で絡まり着物は泥をかぶり、頬も手も擦り切れていた。金魚屋で守られている日常からは考えられない。
依都は嬉しそうな、けれどどこか気まずそうな顔をした。
「じゃあお願いしようかな。神威、お前も行って一気に持って来てくれよ」
累はちらりと目配せをした。
そこまで手が必要ではないかもしれないけれど、依都は一人では不安という顔をしている。
「そうだな。何往復もするより早い。行くぞ」
「うん!あの、皆さんお願いします!」
依都は安心したように微笑んで、ようやく鉢の人達ともわいわいと話をし始めた。
神威が依都にべったりなのはこういう事のためなのかな、と累は安心して見送った。
*
神威と秀介が力作業をやり依都とその他鉢の人達で荷運びをする。
最初は遠巻きに見ていた人も、水が来るなら鉢の中を運びやすいようにしておこうと舗装や片付けをし始めていた。
とはいえ食料に乏しい以上無理はできず疲労であっという間に座り込んでしまう。それならと依都は滝から水を汲んで配り歩き、次第に鉢の中は笑顔を取り戻していった。
そうして、ようやく。
「水だ!水が来た!」
「水だぞ!」
素人製だが何とか水路が完成した。
滝のようにごうごうと流れてくるわけではなく、心ばかりの細い水路だったがそれでも鉢の人達は無制限に水がやって来ることに目を煌めかせ、わあわあと賑わった。
すっかり依都は鉢の人に受け入れられたようで、笑顔で輪の中に入っていた。男性陣は神威と秀介に力仕事のコツや普段何をしているのか等を聞き、これからは俺達がやらなきゃな、と前向きになっているようだった。
その賑わいに長老はじわりと目に涙を溜めて、改めて累に深々と頭を下げてくれた。
「いいって。俺が勝手にやっただけだし」
「……こんな立派な兄上様がいるなら今回の跡取り様には期待できそうだ」
「前の跡取りは駄目だったのか?」
「駄目じゃないが、鯉屋のお仕事しかしない方だった。鉢の事は見もしない」
「そっか……」
「顔も知らんし、いつい亡くなったのかも知らん。私達には毎日の食料の方が問題だ」
水は解決したけれど、肝心の食料については解決していない。
とはいえ累は収入が無い居候で、依都だって余裕があるわけではないのだ。これ以上はボランティア精神ではどうにもならない。
「なあ、依都。飴ってどうやって作るんだ?」
「飴屋さんが作ります。死分けは金魚屋しかできないように飴作りは飴屋さんしかできないんです」
どうやらこの世界の仕事は生まれつき持ってる特殊技能で決まるようだ。
となると努力次第で生活改善できるわけでもないし扱いが良くなる事もない。与えられるギリギリでどうにかするしかないけれど、それは鯉屋にも大店にも期待はできない。その廃棄物を漁って生きるしかないのだ。
「……物資か……」
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