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第18話 隠された破魔屋
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避難場所を確保して一安心したものの、出目金の数が減るわけでは無かった。
現世で死ぬ人間が増えれば出目金は増える。神威が言う通り冬がピークなら、夏祭りが終わったばかりの今よりもまだ増えるという事だ。
片っ端から神威が倒して回るけれどそれも限界がある。
何しろ神威は依都の傍を離れないのだ。本人は報酬云々と言っているが、守りたいものを優先するのは当然だ。
依都は「大勢の命がかかってるから鉢に行ってくれ」と頼んでくれるけれど、それでも神威は依都を一人にはしない。依都はぶうぶう言うけれど、結のために鉢を利用した累が神威の行動を否定する出す事はできなかった。
ならば依都が鉢にいれば良いのだが依都にも金魚屋の仕事があり、それは依都の行動の中で何よりも優先される事だった。
金魚屋が死分けをしなければ野良出目金が増える。死分け速度が出目金の増殖を上回れば出目金は増えない。つまり依都は仕事をする事こそが鉢を守るための戦いなのだ。
それでも仕事が終わって夜の二時間は神威を連れて鉢に赴くが、それ以外の時間は鉢を守る者はいない。
せめて交代要員がいればと思った累ははたと気が付いた。
「なあ。破魔屋って一族なんだよな?」
「言い出すと思った。破魔屋は金銭的報酬が無きゃ出ないぞ」
「お前出て来てるじゃん。一日一回膝枕っていう精神的報酬で」
「……それは個人だろ。組織としての話だ。破魔屋の規定は旦那が決める。俺じゃどうにもならねえよ」
「それは旦那が良しとすればどうにかなるって事?」
「旦那次第だ。けど旦那は紹介の無い人間とは会わない。破魔屋を利用とする人間は多いからな」
「え、じゃあ紹介してくれよ」
「明らかに破魔屋を利用しようとしてるお前を?冗談だろ」
神威はふん、と突き放すようにそっぽを向いてしまった。
外見から来るイメージよりも、神威は規律に従順だった。あれだけの人的被害を目の前にすれば多少心は揺らぎそうなものだが「報酬が無ければ動かない」を徹底する。
累と行動を共にしているように見えるが、あれは累が依都の傍にいるからであり主体は依都なのだ。
けれどそれは依都なら報酬になるという事でもある。累は依都をずずいっと神威の前に連れ出した。
「神威君お願い!破魔屋の旦那さん紹介して!」
「っだ、だから卑怯だぞお前!依都出してくんなよ!」
「なら断れよ」
「神威君!紹介してくれたら何か、何か凄い事してあげる!!」
「凄い事!?」
「うん!神威君が凄く嬉しい事!だからお願い!お願い~!」
凄い事と言われて何を想像したのかは分からないが、神威はかあっと顔を赤くした。
依都はお願いお願いとわざとらしく縋りつき神威を揺さぶった。
何だこのやりとりは、と呆れるものはあるが恐らくこれは有効で――
「……こ、今回だけだからな」
「わーい!大好き!」
「ぐっ……」
「お前、好きじゃないって否定してたの最初だけって分かってる?」
一体何がどうしてこんな関係性になったのか、結局神威は依都の頼みを無下にする事は無かった。
*
累と依都は神威の案内で破魔屋へ訪れていた。
何処にあるのか場所は教えられないとの事で、累だけでなく依都も目と耳を隠された。
神威の服と同じレザーのベルトで目隠しをされ分厚い板のような物が付いた耳当てを装着させられて、するとすっかり前後感覚が失われる。依都はうわあ、と転んだようだった。
「神威。依都は抱えてやれよ」
「言われなくても。依都、じっとしてろよ」
「うん」
扱いの差が露骨でいっそ面白い、と累はつい笑った。
そうして準備が整うと神威は累の腕を引いて歩きだした。
神威がしょっちゅう依都の所へ来る事を考えればそう遠い距離ではないのだろうけれど、既に一時間は歩かされていた。
(そりゃそうだよな。破魔屋は利用価値が高すぎる)
ここまで累は深く考えてこなかったが、破魔屋は不思議な存在だ。報酬次第で何でもやるという「何でも」が許容するものがあまりにも多い。
力仕事はともかく、破魔矢で出目金と戦うなんて特別な事をするのは累が知る限りでは破魔屋だけだ。
しかも実地で戦闘をこなす人間は神威以外見た事が無い。それを可能にするのは破魔矢という武器だが、これは大店で手に入る商品ではない。
(何を目的とした組織なんだこいつら。金が欲しいから何でもやるのか、何か目的があって金が必要なのか……)
そんな事を考えていると、ようやく神威は足を止め累と依都の目隠しを取った。
すると累の視界に飛び込んできたのは一面の澄んだ水だった。そこには小島がいくつか点在し、それぞれを朱塗りの橋が繋いでいる。水中には赤い魚がいくつも泳いでいた。
まるで日本の高級庭園のようなそこは大店とも鉢とも違う、鯉屋の様に一線を画したものを感じた。
「この水ってどこから来てるんだ?滝の音しないけど、滝以外に水を引けるのか?」
「さあな」
「それに透明度が高い。天然の水なのか?飲める水?」
「さあな」
「あの魚、あれ金魚だよな。飛ばないで水で暮らしてるのは何で?」
「さあな」
知らないとも教えられないとも言わない、中途半端に濁すうまい躱し方だった。
(あれ本当に金魚か?それにしちゃ水面が揺れてる)
累は金魚に触る事ができなかった。
魂というだけあって形ある物体とは違うようで、水面が揺れる事は無い。存在しているが存在していない、そういう物だと思っていた。
(でも金魚屋の金魚も水槽にいるし……ん?てことはこの水槽は金魚屋の水槽と同じって事か?)
しかしこの場所はやはり特殊な空間のように思えた。
依都が初めて見たと言ってはしゃいでいるのだ。これは何だあれは何だと質問攻めにして、神威はのらりくらりと躱している。
それはつまり、依都ですらこの空間に存在する物は特別で、この世界でも異色という事だ。
(ここの維持費凄そうだけど、もしかして収入ってこれのためなのか?)
だとしたら随分と私利私欲で動く集団だ。
しかもそれを一族揚げてやってるとなると、単なる金の亡者にすら見えてくる。
「おい。余計な事考えんじゃねえよ」
「考えるよ。何だよここ。変だろ」
「旦那に会いたければ考えるな。足突っ込まれるの嫌いなんだよ、旦那は」
こんな豪華な場所を隠し持っているのだからそれは想像に容易い。
けれど累が疑問に思ったのは、依都も初めて来たという点だ。
神威が依都に隠し事をするというのがまず想像できないのに、隠し続けたにしてはあっさりと「お願い」しただけで連れて来る。
(この世の理を保つために隠さなきゃいけないってわけじゃないんだろうな。個人的に隠したいだけか)
ますます私利私欲だ。
それに神威の私利私欲は依都にしか向いていない。破魔屋って全員こうだったらどうしよう、と累は若干不安になった。
「着いたぞ。あれが旦那の社だ」
「え?どれ?」
神威が指差した先に見えてきたのはこじんまりとした、神社のような家だった。
朱塗りの柱で支えられた社は水上に浮かぶように建っていて、それはどこか見覚えのある景色だった。
(俺がこっちに来たあの場所に似てる)
朱塗りの建物にそれを覆い隠すように注がれる水。
差し込む光が水面を輝かせる様はこの世のものとは思えない美しさだ。その押し寄せる美しさは恐怖すら感じるほどで、累はぎゅっと強く拳を握りしめた。
けれど神威は慣れた足取りでがつがつと雑に社へ入って行く。
「おーい!旦那!客だ!」
「客ぅ?」
人に会いたがらないという割に、その男はあっさりと神威の呼び声に応えて姿を現した。
銀に輝く白い着物に黒い羽織。いかにも和風の着物だが、インナーに着ているハイネックと袖から出ているのはリブニットのように見える。帯は気休めに結んでいるだけで、下半身は着崩れて中に履いているレザーのパンツとブーツが見えている。
(……そういや何で神威はあんな現代の服なんだ?)
旦那と呼ばれた男は着物も混ざっているけれど、明らかに現代の服装だ。
神威は旦那と二、三会話をすると、旦那はへえと驚いたように累を見た。そしてにやにやと笑いながら近づいて来て累の前に立つ。
「よう。生きてたか」
「あんたは……」
累はこの男に見覚えがあった。
それは、以前出目金から助けてくれて、結が生贄にされると教えてくれた男だった。
現世で死ぬ人間が増えれば出目金は増える。神威が言う通り冬がピークなら、夏祭りが終わったばかりの今よりもまだ増えるという事だ。
片っ端から神威が倒して回るけれどそれも限界がある。
何しろ神威は依都の傍を離れないのだ。本人は報酬云々と言っているが、守りたいものを優先するのは当然だ。
依都は「大勢の命がかかってるから鉢に行ってくれ」と頼んでくれるけれど、それでも神威は依都を一人にはしない。依都はぶうぶう言うけれど、結のために鉢を利用した累が神威の行動を否定する出す事はできなかった。
ならば依都が鉢にいれば良いのだが依都にも金魚屋の仕事があり、それは依都の行動の中で何よりも優先される事だった。
金魚屋が死分けをしなければ野良出目金が増える。死分け速度が出目金の増殖を上回れば出目金は増えない。つまり依都は仕事をする事こそが鉢を守るための戦いなのだ。
それでも仕事が終わって夜の二時間は神威を連れて鉢に赴くが、それ以外の時間は鉢を守る者はいない。
せめて交代要員がいればと思った累ははたと気が付いた。
「なあ。破魔屋って一族なんだよな?」
「言い出すと思った。破魔屋は金銭的報酬が無きゃ出ないぞ」
「お前出て来てるじゃん。一日一回膝枕っていう精神的報酬で」
「……それは個人だろ。組織としての話だ。破魔屋の規定は旦那が決める。俺じゃどうにもならねえよ」
「それは旦那が良しとすればどうにかなるって事?」
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「え、じゃあ紹介してくれよ」
「明らかに破魔屋を利用しようとしてるお前を?冗談だろ」
神威はふん、と突き放すようにそっぽを向いてしまった。
外見から来るイメージよりも、神威は規律に従順だった。あれだけの人的被害を目の前にすれば多少心は揺らぎそうなものだが「報酬が無ければ動かない」を徹底する。
累と行動を共にしているように見えるが、あれは累が依都の傍にいるからであり主体は依都なのだ。
けれどそれは依都なら報酬になるという事でもある。累は依都をずずいっと神威の前に連れ出した。
「神威君お願い!破魔屋の旦那さん紹介して!」
「っだ、だから卑怯だぞお前!依都出してくんなよ!」
「なら断れよ」
「神威君!紹介してくれたら何か、何か凄い事してあげる!!」
「凄い事!?」
「うん!神威君が凄く嬉しい事!だからお願い!お願い~!」
凄い事と言われて何を想像したのかは分からないが、神威はかあっと顔を赤くした。
依都はお願いお願いとわざとらしく縋りつき神威を揺さぶった。
何だこのやりとりは、と呆れるものはあるが恐らくこれは有効で――
「……こ、今回だけだからな」
「わーい!大好き!」
「ぐっ……」
「お前、好きじゃないって否定してたの最初だけって分かってる?」
一体何がどうしてこんな関係性になったのか、結局神威は依都の頼みを無下にする事は無かった。
*
累と依都は神威の案内で破魔屋へ訪れていた。
何処にあるのか場所は教えられないとの事で、累だけでなく依都も目と耳を隠された。
神威の服と同じレザーのベルトで目隠しをされ分厚い板のような物が付いた耳当てを装着させられて、するとすっかり前後感覚が失われる。依都はうわあ、と転んだようだった。
「神威。依都は抱えてやれよ」
「言われなくても。依都、じっとしてろよ」
「うん」
扱いの差が露骨でいっそ面白い、と累はつい笑った。
そうして準備が整うと神威は累の腕を引いて歩きだした。
神威がしょっちゅう依都の所へ来る事を考えればそう遠い距離ではないのだろうけれど、既に一時間は歩かされていた。
(そりゃそうだよな。破魔屋は利用価値が高すぎる)
ここまで累は深く考えてこなかったが、破魔屋は不思議な存在だ。報酬次第で何でもやるという「何でも」が許容するものがあまりにも多い。
力仕事はともかく、破魔矢で出目金と戦うなんて特別な事をするのは累が知る限りでは破魔屋だけだ。
しかも実地で戦闘をこなす人間は神威以外見た事が無い。それを可能にするのは破魔矢という武器だが、これは大店で手に入る商品ではない。
(何を目的とした組織なんだこいつら。金が欲しいから何でもやるのか、何か目的があって金が必要なのか……)
そんな事を考えていると、ようやく神威は足を止め累と依都の目隠しを取った。
すると累の視界に飛び込んできたのは一面の澄んだ水だった。そこには小島がいくつか点在し、それぞれを朱塗りの橋が繋いでいる。水中には赤い魚がいくつも泳いでいた。
まるで日本の高級庭園のようなそこは大店とも鉢とも違う、鯉屋の様に一線を画したものを感じた。
「この水ってどこから来てるんだ?滝の音しないけど、滝以外に水を引けるのか?」
「さあな」
「それに透明度が高い。天然の水なのか?飲める水?」
「さあな」
「あの魚、あれ金魚だよな。飛ばないで水で暮らしてるのは何で?」
「さあな」
知らないとも教えられないとも言わない、中途半端に濁すうまい躱し方だった。
(あれ本当に金魚か?それにしちゃ水面が揺れてる)
累は金魚に触る事ができなかった。
魂というだけあって形ある物体とは違うようで、水面が揺れる事は無い。存在しているが存在していない、そういう物だと思っていた。
(でも金魚屋の金魚も水槽にいるし……ん?てことはこの水槽は金魚屋の水槽と同じって事か?)
しかしこの場所はやはり特殊な空間のように思えた。
依都が初めて見たと言ってはしゃいでいるのだ。これは何だあれは何だと質問攻めにして、神威はのらりくらりと躱している。
それはつまり、依都ですらこの空間に存在する物は特別で、この世界でも異色という事だ。
(ここの維持費凄そうだけど、もしかして収入ってこれのためなのか?)
だとしたら随分と私利私欲で動く集団だ。
しかもそれを一族揚げてやってるとなると、単なる金の亡者にすら見えてくる。
「おい。余計な事考えんじゃねえよ」
「考えるよ。何だよここ。変だろ」
「旦那に会いたければ考えるな。足突っ込まれるの嫌いなんだよ、旦那は」
こんな豪華な場所を隠し持っているのだからそれは想像に容易い。
けれど累が疑問に思ったのは、依都も初めて来たという点だ。
神威が依都に隠し事をするというのがまず想像できないのに、隠し続けたにしてはあっさりと「お願い」しただけで連れて来る。
(この世の理を保つために隠さなきゃいけないってわけじゃないんだろうな。個人的に隠したいだけか)
ますます私利私欲だ。
それに神威の私利私欲は依都にしか向いていない。破魔屋って全員こうだったらどうしよう、と累は若干不安になった。
「着いたぞ。あれが旦那の社だ」
「え?どれ?」
神威が指差した先に見えてきたのはこじんまりとした、神社のような家だった。
朱塗りの柱で支えられた社は水上に浮かぶように建っていて、それはどこか見覚えのある景色だった。
(俺がこっちに来たあの場所に似てる)
朱塗りの建物にそれを覆い隠すように注がれる水。
差し込む光が水面を輝かせる様はこの世のものとは思えない美しさだ。その押し寄せる美しさは恐怖すら感じるほどで、累はぎゅっと強く拳を握りしめた。
けれど神威は慣れた足取りでがつがつと雑に社へ入って行く。
「おーい!旦那!客だ!」
「客ぅ?」
人に会いたがらないという割に、その男はあっさりと神威の呼び声に応えて姿を現した。
銀に輝く白い着物に黒い羽織。いかにも和風の着物だが、インナーに着ているハイネックと袖から出ているのはリブニットのように見える。帯は気休めに結んでいるだけで、下半身は着崩れて中に履いているレザーのパンツとブーツが見えている。
(……そういや何で神威はあんな現代の服なんだ?)
旦那と呼ばれた男は着物も混ざっているけれど、明らかに現代の服装だ。
神威は旦那と二、三会話をすると、旦那はへえと驚いたように累を見た。そしてにやにやと笑いながら近づいて来て累の前に立つ。
「よう。生きてたか」
「あんたは……」
累はこの男に見覚えがあった。
それは、以前出目金から助けてくれて、結が生贄にされると教えてくれた男だった。
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