怪しいバイト、行ってみた

濃霧

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番外編

おにぎりの端っこ(3)△

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「もう降参?」

「くっ……」

 圧倒的な力で組み敷かれ、Kは火照った顔を顰めた。長い攻防の末、何とか唇だけは奪われずに済んでいる。

 Nは挑発的な笑みで見下ろし、再度言った。

「降参?」

「そんなん、するわけねぇだろ」

 生まれ持った目つきの悪さに定評があるKが意図的に睨みをきかせると、それは恐ろしい表情になる。見た目に似合わず人並みに穏やかな性格をしているので、意識して睨むことなどそうないのだが。

「いいね。で、どうする?」

 Nは試すような口調で問いかけた。Kは強気に返す。

「あんたをどかす」

「ん。やってみな」

 Kは脱力していた手足にありったけの力を込めた。

「うおおおおおッッ!!!」

「おーその調子」

「ぐあああああッッッ!!!!」

「がんばれー」

「ぜんっぜん動かねえええええッッ!!!!」

 まるでマットレスに杭で深く打ちつけているかのように、繋がれた手は1ミリも浮かなかった。腿に乗っかる足も、岩のように動かない。

 Kはプルプルと震えて粘ったが、ものの数十秒でマットレスに身を沈めた。

「はぁ、はぁ……怪力すぎんだろ。ゴリラかよ」

「お前は力を入れるタイミングと箇所がわかりやすいからね。そこを集中して抑えればそんなに力を使う必要はないよ」

 たしかに、額に汗を滲ませるKとは対照的に、Nは疲れた様子がなど微塵もない。

 Kは完全なる敗北を実感して、口を尖らせた。

「言っとくけどな、もう渡さねえから」

 昨晩を蒸し返すようで嫌だが、これだけは言っておかなくてはならない。
 Kは羞恥で顔を赤くしながら続けた。

「あんたに俺のケツは渡さねえ! どんだけ力ずくで来ようと絶対にな!!」

 言い切ると、Kはいつでも応戦できるように拳を握った。来るなら来ればいい。
 ところが。

「ふーん」

 そのあとにNがとった行動は、Kの予想をはるかに超えていた。

「あ、ちょっ、んっ、まっ、んんっ」

「わかったよ。しばらくここはしないね」

 柔らかいキスを繰り返しながら、Nの指が布越しに後ろをつうっと撫でた。背筋がぞくりと粟立つ。

 ほんの12時間程前の話だ。思い出そうとしなくても、正直な身体は思い出してしまう。奥深くまで埋められたときの圧迫感、何度も引きずり出しては貫かれる感覚、下腹を撫でる冷たい手のひら。

 渡さないのはそこだけではない、キスだって許さないはずだったのに。

「んん、んんん! んぁっ」

「何?」

「く、くちも、んっ、んぅ……」

 尋ねるくせに、話そうとすると言葉を吸い取られてしまう。そのうち口づけが深いものになり、喋る気力も奪われてしまった。

「ふぁ、はぁ、はぁ……」

「あーもう。こんなにゆるゆるな警備じゃ、奥まで突破されちゃうよ」

 そう言いながら、指が後孔をつんつんとつつく。

「話、違うッ……」

「違うねー。でもそんなもんじゃない? 人生って」

 何をどうしたら急に人生の話になるんだ。困惑するKの耳が、小さな電子音を拾った。

「……何か鳴ってね?」

「気を逸らすにはありきたりすぎる手だね」

「いやマジで」

 電子音は、Kの耳慣れないものだった。だからこそ早く気づいたのだろう。タイマー系のものでないのか、今も鳴り続いている。

「これ、あんたの携帯じゃね?」

「だね」

 NはKの上から降りると、リビングの方へ消えた。誰かからの電話だったらしく、微かな話し声が聞こえる。

「助かった……」

 解放されたKは仰向けになったまま、手のひらで顔を覆った。もし電話が鳴っていなかったら、どうなっていたことだろう。考えるまでもない。

「筋トレしよ」

 仕事に追われてトレーニングを怠っていたから、Nに敵わなかった。鍛えれば取っ組み合いになっても負けることはないし、負けなければ身体を許すこともない。
 そう結論づけたKは、頭の中でジムの予定を組み始めた。そこに、電話を終えたNが顔を出す。

「帰るわ」

「おー。……え、帰んの?」

 ぽかんとするKに、Nはひらひらと携帯を振った。

「用事が入った」

「呼び出し?」

「うーん、ある意味?」

 Kは発言の意味するところがわからず首を捻ったが、深く尋ねようとは思わなかった。所詮は先輩後輩の関係、それ以上踏み込む義理はない。

「泊まりはまた今度ね」

「は? もう絶対入れねぇから」

「尻に?」

「家にだよッ!!!」

 馬鹿げた会話を繰り広げたあと、Nは荷物をまとめてさっさと帰っていった。数十分にわたってしつこく迫ってきた男と同一人物とは思えない。

「変なやつ」

 Kは寝室を出て、放置していた家事に取りかかった。洗濯や掃除や皿洗い、そして普段おろそかにしていた細かい家事もやり始めるとキリがない。驚くほどすぐに夜になった。

 適当に頼んだ出前を食べ、シャワーを浴びると、強烈な眠気に襲われた。

 ベッドに横たわると、まだNの匂いがする気がした。シーツは新しいものに変えたはずなのに。

 大きな欠伸をし、右へ左へ寝返りを打ったが、なかなか寝つけず時間が経った。

「クソ、ねみぃのに」

 とうとう業を煮やして起き上がり、何か飲もうとキッチンへ向かった。
 冷蔵庫を開けると、パックのオレンジジュースの他に、よく知らない名前の炭酸や洒落た名前のお茶が目に入った。

「どういうセンスしてんだあいつ……」

 そう文句を言いつつ、Kはフッと笑った。なんとなく謎のお茶を手に取り、コップに注いでみる。

「うわすげー色」

 恐る恐る口にすると、異国の果実の香りが鼻に抜けた。想像していたより飲みやすい。

 コップ1杯分飲み干すと、Kはいくらか気分がよくなって寝室に戻った。

 怒涛の2日間だった。昼は窃盗犯を追跡し、夜は押しかけてきたNにカレーを作り、酔っぱらったら抱かれ、次の日は久しぶりに従弟が家に来て、そのあとNと取っ組み合って、かと思ったら嵐のように帰っていった。

 そして明日は仕事だ。いくらKが寝れなくとも、地球はまわり、朝はやってくる。
 明日、大きな事件や事故が起こらないことを願いつつ、Kは浅い眠りに落ちた。

 ちなみに眠りが浅かったのは、あのお茶に含まれる大量のカフェインのせいだった。それに気づいたKは翌日顔を合わせたNに文句を垂れ、機嫌を損ねたNに倍以上の仕返しをされたのだった。



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