恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第9章 ラスボス確定:縁故採用と「ルールの悪用」

現場の声

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会議室の空気が凍ったまま、誰も次の言葉を出せなかった。合法/不正。制度/運用。それらは結局、紙の上の戦いに見える。

でも——現場で人が壊れる音は、紙より早い。

その沈黙を破ったのは、外部弁護士でも法務でもなく、社長だった。

社長は椅子に座ったまま、机に両手を置いた。拳にしない。拳にすると、対決になる。対決になると、物語になる。

「……一言だけ言う」

声は低く、短い。

法務の柔らかい声が、咳払いで空気を戻そうとした。社長はそれを見ない。見ると“戦い”になる。社長が見ているのは、机の端に置かれた紙——新人の訂正申出の写しだった。

「俺は、現場の声を聞いた」

そこで初めて、視線を上げた。見るのは、誰かの顔じゃない。会議室全体。“全員”に向ける視線。

「“守秘”を盾にされて、息ができなくなる声」
「“協力”を名目に、休ませられて消える声」
「“例外なし”の一言で、生活が崩れる声」

一つずつ、置く。怒鳴らない。断罪しない。“声があった”という事実だけを置く。

監査室長が口を開きかけた。

「社長、それは——」

社長が遮らずに続ける。遮ると戦いになるから。

「そして今、運用が“人を消す方向”に使われている」

一拍。

「それは俺の会社のやり方じゃない」

“俺の会社”。この言い方は危険だ。でも危険を背負うのは社長の役割だと、彼は決めている。

外部弁護士が、静かに確認する。

「社長、現場の声とは具体的に?」

社長は頷いて、具体を出した。具体を出すのは、社長がやるべき仕事だ。

「新人が、健康管理室で“過去”を刺された」

法務の目が動く。社長は続ける。

「参考人欠席を“正当理由なし”と周知された」

監査室長の喉が鳴る。社長は止まらない。

「説明会で、勤務地変更テンプレを出した。例外がない設計だと自分たちで言った」

“自分たちで言った”が、刺さる。誰かのミスじゃない。構造だ。

社長は最後に、これだけ言った。

「現場は、もう限界だ」

一拍。

「だから俺は、現場の声を“原本”として扱う」

その言葉で、会議室の空気が少しだけ変わった。“かわいそう”じゃない。“正義”でもない。取り扱いが変わった。扱いが変わると、会社は変わる。

外部弁護士が頷く。

「承知しました。では手続きとして確認します」

ペン先が紙に触れる音。

「本日以降、参考人保護・接触禁止・不利益取扱い停止を“社長決裁”で即時発効」
「勤務地変更テンプレの運用は凍結」
「面談の同席不可運用は停止」
「ログ保全は第三者主導で実施」

社長は短く答えた。

「やれ」

たった二文字。でもそれは、空気じゃない。命令でもない。決裁だ。

法務の柔らかい声が、かすれた。

「社長、それは現場が混乱します」

社長は目を上げずに言った。

「混乱は、もう起きてる」
「今までの運用が混乱を作った」
「これからは、手続きで鎮める」

——現場の声を、会社の言葉に変える。それが社長の一言の役割だった。

私はまだ喋らなかった。喋る必要がない。社長の一言で、場の主語が“信用”から“現場”へ移ったから。

そして、法務の柔らかい声が初めて、言葉を失った。失ったのは、心じゃない。台本だ。

会議室の端で、第三者弁護士が一行メモを足す。

「現場の声=原本として扱う(社長発言)」

——これで、現場は“聞かれた”だけじゃない。記録になった。それが、最初の救いだった。
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