高貴な吸血姫は犯されたがり

ふわふわらいどう

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呪いと下僕。

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 下腹部に煌々とピンクに輝く子宮をかたどった形の刺青を見て私は愕然とする。
 寝る前には存在しなかったそれは怪しげな魔力を纏い、体に刻まれていた。

「なんだ、これは……」

 あまりの事態に愕然とする私。
 これが何かしらの呪いに近いものであるというのは理解できる。
 しかし、強力な魔法抵抗力をもつこの私の体にこうも簡単に呪いをかけられるものだろうか。
 心当たりは一つしかない。

 私は枕元に置いたはずの宝石を見やる。
 するとそこにあったはずの宝石は砕け散っておりそこに内包されていた魔力はどこかに霧散していた。
 いや、霧散したのではなく今なお存在している。
 この刺青とともに。

 私は数分ほど驚きのあまり呆けていた。
 しかし魔貴族としての矜持が私の意識を現実に引き戻した。

「ひとまず、これを解析しないと……」

 こういった呪いは適当に対処するとさらに悪化する可能性が低くない。たしか下僕の中にこういったものに詳しい者がいたはずだ。
 ネグリジェの上に上着を羽織って部屋を出る。

 廊下は暗く、壁に取り付けられた魔光石のランタンのみが唯一の光源であった。
 
 城は静まり返っていた。
 それも当然である。太陽光が差し込んでくることはない構造になってはいるが、皆日に弱い魔物ばかりである。みな自分の持ち場で静かに休息しているはずである。
 数少ない例外を除いて。

 私はその例外の元を訪ねていた。
 
 城の地下深く、闇の眷属がたくさん蠢く中の一角にそれの工房は構えられている。
 薄っぺらな木の扉を外から叩き、中にいるはずの人物に声をかける。

「おい、錬金術師。いるのだろう?」

 しばらくして中から物音と共に扉が開く。
 そこから顔を出したのは青白い顔をしたヒョロヒョロの老婆である。 
 
「ひひひ、これはこれはカミラ嬢ですかい。珍しい人がきたもんだねぇ」
「中に入るぞ」

 カンに触る笑い声を無視してカミラは工房の中に入る。
 中には薬剤の煮立った釜、何に使うのかわからない生き物の干物などが吊るされている。
 薬剤の刺激臭もあいまってあまり長居はしたくない場所でもある。

「で、なんの用かね? 実験に協力してくれる気になったかね?」

 老婆は私に問いかけてくる。
 この老婆はブリジット家当主たる父の眷属、吸血鬼にして錬金術師のエン婆だ。
 永遠の命と引き換えにブリジット家に仕えている。その齢は元人間の吸血鬼としては最年長の450歳である。
 故に博識であり、その知識をもって家を支えてきた家臣の一人である。
 
 ただ、本人はマッドのつく研究者なのでカミラはあまり好きではなかった。
 しかし、ここに至っては仕方がない。
 カミラはエン婆の言葉に答える。

「ちがう。今日は聞きたいことがあってきた」

 工房の扉の鍵がかかっていることを確認して上着とネグリジェを脱ぎ去る。
 下着だけになったカミラはその美しい体を惜しげもなく外気に晒す。
 そして自分の下腹部に刻まれた刺青を指差して言う。

「これの解呪方法を知っているか? いつの間にか呪われていた」

 エン婆は最初へらへらとした様子だったが、その刺青を見ると顔を顰めた。

「これは……また面倒なものにかかりましたな」
「知っているのか?」
「大昔に一度見たきりだが間違いない。それは淫魔の呪いですな」

 ろくでもなさそうなものだとは思っていたが……淫魔?

「あまり聞かない呪いだな。どんなものだ? まあ、なんとなくは予想できるが」
「その名のとおりですじゃ。呪いにかかった者を徐々に侵食して淫魔に変えてしまうというものですじゃ」

 やっぱりか。このようないやらしい刺青が浮かび上がる時点で嫌な予感がしていたが、淫魔か。

「それは解呪できるのか?」
「まあ、あたしの手にかかればそんなに難しいことではないでしょう。解呪しますかい?」
「当然だ」
「ひっひ、分かりました」

 エン婆は手をかざして魔力を注ぎ込む。絡まりあった糸をほどくように繊細な魔力遣いが少しずつ下腹部の奇妙な魔力の塊を引きはがしていく。
 そして数十秒して刺青がシールをはがすように浮かび上がり……

 エン婆がそれを手のひらで握りつぶした。

「これでしまいだよ。どうじゃ? 体のほうは」

 体に刻まれた刺青は跡形もなく消え去り、魔力の流れも平素と同じようになっていた。
 慎重に魔力を下腹部に巡らせる。ゆっくりと、落ち着いて。

 しかし、しばらくはおとなしく巡っていた魔力は一定量以上流し込まれた時にいきなり流れを変えた。
 下腹部に覚えのある灼熱感が襲う。燃え上がるような感覚に思わず呻き声を漏らしお腹を押さえてうずくまる。

「ぐうぅ……」

 そして次の瞬間には収まる。ゆっくりと押さえていた下腹部から手を離すと、そこには再び卑猥な刺青が刻まれている。
 すこしの間呆然とする二人。
 
「……解呪できたのではなかったのか?」
「待ちなされ、もう一度見せてもらえんか」

 私は再びエン婆に下腹部を見せる。
 エン婆は先程と同じように手をかざし呪いに魔力を通しながらぶつぶつと何かをつぶやいている。

「これは……癒合しているのか……そんなことがあるのか? しかし……」

 そしてそれがひと段落すると手を離してエン婆は言った。

「これは今のままでは解呪不可能じゃ」
「なぜだ?」

 私は問いかける。さっき一瞬できたのはなんだったのだろうか。問いにエン婆は淡々と答える。

「お主の魔力と呪いが完全に同化しておる。故にお主の魔力がある限り呪いは復活し続ける。そして吸血鬼にとって魔力は存在するにあたって不可欠な要素じゃ。死ぬ以外に解呪できる方法が浮かばん」
「……そうか、封印とかはできないのか?」

 エン婆が無理と言うのであればそれは事実なのだろう。

「う~む、出来なくはないだろうがそれでは人間の女と同じような魔力しか残らんぞ。それではお主困るじゃろう」

 確かに。今の私の仕事は当主である父の不在中の城の守りである。力が使えないと困る。

「じゃあ封印は無しだ」
「そうするのが良かろう」

 エン婆は頷く。
 私は続けて呪いについて問いかけた。

「そもそもこの呪いはなんなのだ? 別に体の不調とかはないのだが……」

 手をグーパーさせながら言う。実際これといった変調がないので呪いにかかったという実感が薄い。

「それは人間を淫魔にするために作り上げた呪いじゃな。呪いにかかったものを発情させ、男とまぐあわせる。それで得た精を糧に体を淫魔のものへと作り変えると言ったものじゃ」
「吸血鬼にもそれは効果あるのか?」
「あるが、強い抵抗力を持っている吸血鬼なら進行はゆっくりじゃろう。その間に対抗策を考えることもできようよ。ただ……一つ懸念があってな」

 そういってエン婆は棚からあるボトルを取り出した。瓶に詰まったそれは間違いようもなく人間の血であった。
 それを杯に注ぎ差し出して言う。

「飲みなされ」
「いや、食事は済ましたが……」
「いいから」

 有無を言わさぬようなエン婆の表情に押されてその杯を受け取る。
 なんだろうか。特別変わったことはないように感じられるが……
 覚悟を決めてそれに口をつける。
 真っ赤な液体が喉を通り、ゴクゴクと音を鳴らす。

「……?」

 特に異変はなく、ちょっと古い血だなという以上の感想は出てこない。
 エン婆の考えを測りかねて視線を向ける。 

「どうじゃ? 魔力は回復したか?」
「……!?」

 私は表情を一変させた。血液を飲んでいるというのに一向に魔力量が増えないからだ。回復していない。

「どういうことだ!」
「呪いは若干改変されておった。おそらく刺客の人間が吸血鬼の力を抑えるように調整したのだろう。今お主は血液から魔力を生成できない」
「それでは遠からぬうちに干からびて死んでしまうではないか!」

 さっきも言った通り魔力は吸血鬼にとっての生命線である。これがなくては生きていくことすらできない。
 まさしく死活問題である。
 
「嬢、落ち着かれい。一応一つだけ方法があるでな」
「それを先に言え。で、どういったものだ?」

 エン婆は覚悟するように言った。

「男の精をその身に受けなされ」



 ~~~~~~~~~~ 


 
 私は服を着てエン婆の工房を後にして廊下を歩む。
 男の精、か。
 今残っている魔力を全て使い尽くしたらそれに頼るほかない状況というのが困りものである。
 それに……私は処女である。
 然るべき時に伴侶たる相手と子を生すために貞操は堅く守ってきた。

 魔貴族の間でも性の乱れが取り沙汰されるような今の時世の中、自分はそういったことには興味がなかった。
 そのような振る舞いはブリジット家の次期当主たる自分には相応しくないし、何よりもくだらないことだと思ってきたからだ。
 性欲に溺れるなど、品性下劣な者達の行いに相違ない。

 その価値観からすると、いくら必要だとはいえすぐに現実を受け入れるには時間が必要なように思えた。
 夢でみたように、はしたなく……。
 
 あのことを思い出すと、顔が熱くなり鼓動が早くなる。顔を朱に染めてその考えを振り払うように早足で歩く。

 すると廊下の向こうから誰かが歩み寄ってくるのが見えた。
 あれは……。

「へへ、カミラ様、良い日ですね」

 そういって声をかけてきたのは脂ぎった小太りの中年の男だった。
 名をヘリオという。
 食料としてこの城で飼われている人間だ。ついでに小間使いのようなこともしている。

「ヘリオか。何をしている。貴様はここらには近づかなと言っているではないか」

 私はこいつが嫌いだ。
 ヘリオは食料というこの城のヒエラルキーの最下層にいながらにして、様々な相手に媚びへつらい魔族に取り入ろうとしてくるからだ。
 食料としても正直口にしたくないほど不味い。
 それでもまだ生きてられるのはこいつの世渡りの成果と言えるだろう。
 
 それに……

「今日もまぁ、お綺麗でいらっしゃいますなぁ、へへ」

 どうにもこいつは私のことにやたらと絡んでこようとするのだ。
 なにか下心のようなものがあるのではないかと疑ってしまうほどである。
 それが不快だったが、根拠もなく城の食糧を殺したら父からの評価が下がるのは間違いがなかった。
 故に一応生かしてはいるが、私が当主になった暁には処分してしまおうと思っているほどである。

「世辞などよい。何の用だ」

 私は毅然とした態度でヘリオに接する。こういう手合いは付け上がらせれば付け上がらせるほど良くない。

「いえね、エン婆ぁが渡し忘れたものがあるって言ってましてね。それのお手伝いをといいますか、へへ」
「なら、はやくそれを渡して去れ」
「へい、どうぞ」

 そうして渡されたのは一枚の羊皮紙と瓶だった。瓶にはどろっとした何かが詰まっている。
 エン婆のメモを読む。

『どうしても我慢が出来なくなったらこれを飲むと良い。ひとまずは収まるであろう』

 ……? なんだこれは。瓶からは生臭い臭いが漂っており少し不快である。

「それは精液でさぁ。カミラ様」
「……」
「なんに使うのかは俺にゃわかりゃしませんが確かに、届やした」

 そういって恭しく一礼して去っていくへリオ。
 私は突然のことに固まりながらその背中を黙って見送った。
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