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あなたのための私のこれから
余話 父親の事情
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息子が婚約者を連れてきた。
喜色満面の息子より片手分ほど若そうな彼女は、落ち着いて俺と妻に挨拶してくる。
俺としては妻さえないがしろにされなければそれでいいし、息子の人を見る目も疑っていない。
しかし俺は強面で図体がでかく、話すのも得意ではない。せいぜい悪印象を持たれないよう、大人しくしているか。
幸い妻は人好きのする朗らかな女で、くるくると変わる表情はなかなか見応えがある。もうかれこれ三十年以上見続けているがまったく飽きない。任せて大丈夫だろう。
「妹を助けていただいたのがきっかけで親しくなりましたの」
「まあまあ!」
息子の婚約者を前に、妻はとてもはしゃいでいる。
無理もない。勇者の供を仰せつかった息子。危険な旅で命を落とすかもしれないと聞かされていた。
それが無事に旅を終え、愛する伴侶まで見つけた。
生きて帰ってきてくれるだけでいい。それ以上を望んで息子の負担になってはいけない。そう夫婦で決めて、ひたすらに息子の無事を祈り続けた。
ようやく終わったのか。あの息子を射止めた彼女を改めて眺める。
浮いた話をしない息子の好みはいまいちわからなかったが、彼女を見てなるほどなあと思う。
目を瞠るような美人ではないが、表情は明るく目に力があり、話す声だって柔らかくもはっきり通る。そこへしなやかな立ち居振る舞いまで合わさって、彼女の教養の高さが窺えた。
これで薬師として地域に貢献もしていたらしいのだから、結婚の早い田舎にあって、よく初婚で残っていたものだ。
「じゃあエムレ地区に?」
「はい。そちらに住まいをご用意していただけるそうで」
「あそこなら安心ね~。みんな助けてくれるわあ。あ、もちろんうちも遠慮なく頼ってね!」
息子は世間でいうところのよくできた子だった。
物静かで心優しく、家のことも嫌な顔ひとつせず手伝った。
勉強もできた。真面目で努力を惜しまず、誰もがあの子を賞賛した。
顔は美人と評判だった俺の母親に似て、体格にも恵まれた。
しかも手先が器用で根気強く、俺の仕事にも興味があるようだった。だから息子が聖騎士になると言い出した時は、こっそり落ち込んだ。てっきり職人になるとばかり……いやこの話はやめておこう。
そんな息子も変わり者の勇者様にはずいぶん手を焼かされている様子で、あまり困らせてくれるなよと思いつつ……顔に青筋立てて苦言を呈する姿は、苦心する息子には悪いが新鮮だった。
まあ礼拝堂をひとつ完膚なきまでに壊したと聞いた時は、さすがに訊いてしまったが。
――実際のところ、勇者様はどうなんだ?
――周囲への配慮が足らぬ点については、否めないところもある。しかし事実以上にあの方を貶める噂が多すぎる。決して情を知らぬ方ではない。亡くなった友を思い、あの方の心は今も血を流しているというのに。
握り締められた拳は怒りに震えていた。
冷静を心がけているのだろう息子が珍しく見せた激情に、付き人としての責務を越えて、勇者様に強い思い入れがあるのだと感じた。
そして、目の前の彼女だ。いや正確には彼女を見る息子か。
……デレデレに緩んでいる。こんな息子は初めて見た。みなが憧れる聖騎士になった時でさえ、涼しい顔だったのに。
「教会の方々へは、明日ご挨拶にお伺いする約束です」
「一緒に婚姻の手続きもしてくるよ」
「まああ~! 式はいつかしら?」
「これから準備しますので、早くて年明けになると思いますわ。お父様とお母様に不都合な日はございますか?」
「私はいつでも大丈夫よ~。あなたはどう?」
「今のところ、都から離れる仕事の予定はないな」
「わかりました。何かありましたら、またお教えくださいませね?」
穏やかに笑う彼女の目を見て、ふと思い出す。
息子は青い空が好きだった。
特によく晴れた夏の空は特別らしく、同じ年頃の子らが落ち着きなく走り回るのをよそに、ぼーっと眺めていることも珍しくなかった。
――そんなに見て、何かあるのか?
――空があるよ。
そう当然のように答えた幼い息子。
成人する頃にはそういう姿を見せることもなくなったが……何かあると空を見上げる癖は、今も健在なのだろうか。
「どうして? いいじゃない」
「いや……」
今夜は泊っていけと誘う妻と、やけに遠慮する息子。どうしても宿に泊まりたいらしい。
ここでなんとなく直感した……すでに息子は、彼女に手を出している。
俺達に認められ、また関係の一歩進んだ彼女に触れたくて仕方がない。しかし親とひとつ屋根の下では気兼ねがする。わかるぞ。俺もそうだった。
そう思い至って、俺は思い切り噴き出した。我慢できなかったし、そも我慢する気があまりなかった。
お前本当にあのイオニスか。がっつきすぎだ。変なとこだけ俺に似やがって! もう腹の底から――愉快だった。
最大限だんまりを決め込んでいた俺が急に笑い出したものだから、彼女も目を丸くしている。まあ許して欲しい。こんなことは滅多にない。
後に彼女が勇者様の義姉と知って、また豪快に噴き出してしまったことは……まあ、なんだ。しょうがないだろ。
喜色満面の息子より片手分ほど若そうな彼女は、落ち着いて俺と妻に挨拶してくる。
俺としては妻さえないがしろにされなければそれでいいし、息子の人を見る目も疑っていない。
しかし俺は強面で図体がでかく、話すのも得意ではない。せいぜい悪印象を持たれないよう、大人しくしているか。
幸い妻は人好きのする朗らかな女で、くるくると変わる表情はなかなか見応えがある。もうかれこれ三十年以上見続けているがまったく飽きない。任せて大丈夫だろう。
「妹を助けていただいたのがきっかけで親しくなりましたの」
「まあまあ!」
息子の婚約者を前に、妻はとてもはしゃいでいる。
無理もない。勇者の供を仰せつかった息子。危険な旅で命を落とすかもしれないと聞かされていた。
それが無事に旅を終え、愛する伴侶まで見つけた。
生きて帰ってきてくれるだけでいい。それ以上を望んで息子の負担になってはいけない。そう夫婦で決めて、ひたすらに息子の無事を祈り続けた。
ようやく終わったのか。あの息子を射止めた彼女を改めて眺める。
浮いた話をしない息子の好みはいまいちわからなかったが、彼女を見てなるほどなあと思う。
目を瞠るような美人ではないが、表情は明るく目に力があり、話す声だって柔らかくもはっきり通る。そこへしなやかな立ち居振る舞いまで合わさって、彼女の教養の高さが窺えた。
これで薬師として地域に貢献もしていたらしいのだから、結婚の早い田舎にあって、よく初婚で残っていたものだ。
「じゃあエムレ地区に?」
「はい。そちらに住まいをご用意していただけるそうで」
「あそこなら安心ね~。みんな助けてくれるわあ。あ、もちろんうちも遠慮なく頼ってね!」
息子は世間でいうところのよくできた子だった。
物静かで心優しく、家のことも嫌な顔ひとつせず手伝った。
勉強もできた。真面目で努力を惜しまず、誰もがあの子を賞賛した。
顔は美人と評判だった俺の母親に似て、体格にも恵まれた。
しかも手先が器用で根気強く、俺の仕事にも興味があるようだった。だから息子が聖騎士になると言い出した時は、こっそり落ち込んだ。てっきり職人になるとばかり……いやこの話はやめておこう。
そんな息子も変わり者の勇者様にはずいぶん手を焼かされている様子で、あまり困らせてくれるなよと思いつつ……顔に青筋立てて苦言を呈する姿は、苦心する息子には悪いが新鮮だった。
まあ礼拝堂をひとつ完膚なきまでに壊したと聞いた時は、さすがに訊いてしまったが。
――実際のところ、勇者様はどうなんだ?
――周囲への配慮が足らぬ点については、否めないところもある。しかし事実以上にあの方を貶める噂が多すぎる。決して情を知らぬ方ではない。亡くなった友を思い、あの方の心は今も血を流しているというのに。
握り締められた拳は怒りに震えていた。
冷静を心がけているのだろう息子が珍しく見せた激情に、付き人としての責務を越えて、勇者様に強い思い入れがあるのだと感じた。
そして、目の前の彼女だ。いや正確には彼女を見る息子か。
……デレデレに緩んでいる。こんな息子は初めて見た。みなが憧れる聖騎士になった時でさえ、涼しい顔だったのに。
「教会の方々へは、明日ご挨拶にお伺いする約束です」
「一緒に婚姻の手続きもしてくるよ」
「まああ~! 式はいつかしら?」
「これから準備しますので、早くて年明けになると思いますわ。お父様とお母様に不都合な日はございますか?」
「私はいつでも大丈夫よ~。あなたはどう?」
「今のところ、都から離れる仕事の予定はないな」
「わかりました。何かありましたら、またお教えくださいませね?」
穏やかに笑う彼女の目を見て、ふと思い出す。
息子は青い空が好きだった。
特によく晴れた夏の空は特別らしく、同じ年頃の子らが落ち着きなく走り回るのをよそに、ぼーっと眺めていることも珍しくなかった。
――そんなに見て、何かあるのか?
――空があるよ。
そう当然のように答えた幼い息子。
成人する頃にはそういう姿を見せることもなくなったが……何かあると空を見上げる癖は、今も健在なのだろうか。
「どうして? いいじゃない」
「いや……」
今夜は泊っていけと誘う妻と、やけに遠慮する息子。どうしても宿に泊まりたいらしい。
ここでなんとなく直感した……すでに息子は、彼女に手を出している。
俺達に認められ、また関係の一歩進んだ彼女に触れたくて仕方がない。しかし親とひとつ屋根の下では気兼ねがする。わかるぞ。俺もそうだった。
そう思い至って、俺は思い切り噴き出した。我慢できなかったし、そも我慢する気があまりなかった。
お前本当にあのイオニスか。がっつきすぎだ。変なとこだけ俺に似やがって! もう腹の底から――愉快だった。
最大限だんまりを決め込んでいた俺が急に笑い出したものだから、彼女も目を丸くしている。まあ許して欲しい。こんなことは滅多にない。
後に彼女が勇者様の義姉と知って、また豪快に噴き出してしまったことは……まあ、なんだ。しょうがないだろ。
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