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第3話
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「で、さいしょ私何の話してたんだっけ? ああ、 そうそう入江美月ちゃんはすごいっていう話だよ。そこからどうして教師を目指すって話になってるのさ。良樹、ふざけるのも大概にしろよー」
笑いながらグーで殴ってきた。
もうわけがわからないけれど、美人に殴られるのは悪い気分じゃないから、反論するのはひとまず置いておこう。
こんな言い方したら、他の女子からすごく嫌われそうだけれど。
「ねぇ、良樹『不完全恋愛』聴いてくれた? この前CD貸したよね。聴いたら感想聞かせてくれるって言ったよね」
僕を見つめる真剣な目を見た瞬間、頭の中にCDジャケットの写真が思い浮かんできた。
確か、入江美月と思われる女性が、黄昏時の街中を、ギターケースを抱えて歩いている場面。
その光景をなんとなく覚えていたけど、CDの存在はすっかりと忘れていた。
「ねぇ、どの曲がいいと思った? 良樹が好きそうなのといえば……」
「ごめん、まだ聴いてなかった。そのうち聴こうと思って机の上に置いといたんだけど、すっかり忘れてしまって。次会う時までに聴いておくよ」
「なんか……」
七海は言った。
「次回までに資料を作成しておきますみたいなニュアンスでいけすかない。私の好きなものなんてどうでもいいみたい」
珍しく泣きそうな顔をしているので、動揺した。
ふざけた返しをするのに慣れすぎてしまったせいで、こういう時の対応が見当もつかない。
って、それもクレーム客への対応マニュアルみたいじゃないか。
だめだ。だめだ。
僕らにだって普通の恋人みたいな瞬間はあるんだ。
そのことを再確認しろ。
意を決して向きなおった僕は、七海をなぐさめようと肩に手をのせた。
驚いた七海は顔を上げ、人さし指で涙を拭った。
「そんなわけないじゃないか。僕は君がどんなものに興味があるのかすごく気になるし、自分も好きになって、一緒に楽しみたいと思っているんだよ」
「ほんと?」
「ああ、だからそんな悲しそうな顔するなよ。こっちまで泣きたくなってくるからさ」
そう言って笑いかけると、涙で色を失っていた七海に笑顔が戻った。
僕はホッとした。
悲しげな表情を浮かべる七海も嫌いじゃなかったけど、やはりそんな顔を目の前にすると、それなりにこたえる。
七海にはいつも笑顔でいてほしいとつくづく思った。
「じゃあ、今度までに聴いておいてね」
「うん、わかった」
「はい、じゃあこの話はもう終わり。ごめんね、なんかしめっぽい感じになっちゃってさ。泣くつもりなんてなかったんだよ本当は」
「別にいいよ。七海のいつもと違う表情も見れたことだし。それに、こういうのって恋人同士だとよくあることだろ?」
「恋人同士? 誰が?」
七海は目を丸くした。
「え? 誰がって、俺たちがだよ。何言ってるの? 冗談?」
「冗談? えっ? 良樹の方こそ面白いこと言うようになったね。私と良樹が恋人同士だなんて。ははっ」
一瞬にして頭の中が真っ白になった。
七海、君は一体何を言っているのかね。
嘘だろ。
このやりとりはいつまで続くんだ。はやいとこ嘘だと言ってよ。
でも、どうやら本当だったみたいだ。
「ヤダ、ウケるー、付きあってるつもりだったんだー。私は良樹のこと仲のいい男友達だと思ってたんだけどー。へぇ、そうなんだー、私と良樹が恋人同士……考えたこともなかった。そんな発想サラサラなかった」
これまで七海を笑わせようと思って言ってきた冗談の比ではないくらいうけていた。
手を叩き、涙を流しながら笑い続ける七海を見ていたら、怒る気にもなれず、けれど、一緒になって笑うこともできないまま、時間だけが過ぎた。
女友達はあいかわらず笑い続けている。
笑いながらグーで殴ってきた。
もうわけがわからないけれど、美人に殴られるのは悪い気分じゃないから、反論するのはひとまず置いておこう。
こんな言い方したら、他の女子からすごく嫌われそうだけれど。
「ねぇ、良樹『不完全恋愛』聴いてくれた? この前CD貸したよね。聴いたら感想聞かせてくれるって言ったよね」
僕を見つめる真剣な目を見た瞬間、頭の中にCDジャケットの写真が思い浮かんできた。
確か、入江美月と思われる女性が、黄昏時の街中を、ギターケースを抱えて歩いている場面。
その光景をなんとなく覚えていたけど、CDの存在はすっかりと忘れていた。
「ねぇ、どの曲がいいと思った? 良樹が好きそうなのといえば……」
「ごめん、まだ聴いてなかった。そのうち聴こうと思って机の上に置いといたんだけど、すっかり忘れてしまって。次会う時までに聴いておくよ」
「なんか……」
七海は言った。
「次回までに資料を作成しておきますみたいなニュアンスでいけすかない。私の好きなものなんてどうでもいいみたい」
珍しく泣きそうな顔をしているので、動揺した。
ふざけた返しをするのに慣れすぎてしまったせいで、こういう時の対応が見当もつかない。
って、それもクレーム客への対応マニュアルみたいじゃないか。
だめだ。だめだ。
僕らにだって普通の恋人みたいな瞬間はあるんだ。
そのことを再確認しろ。
意を決して向きなおった僕は、七海をなぐさめようと肩に手をのせた。
驚いた七海は顔を上げ、人さし指で涙を拭った。
「そんなわけないじゃないか。僕は君がどんなものに興味があるのかすごく気になるし、自分も好きになって、一緒に楽しみたいと思っているんだよ」
「ほんと?」
「ああ、だからそんな悲しそうな顔するなよ。こっちまで泣きたくなってくるからさ」
そう言って笑いかけると、涙で色を失っていた七海に笑顔が戻った。
僕はホッとした。
悲しげな表情を浮かべる七海も嫌いじゃなかったけど、やはりそんな顔を目の前にすると、それなりにこたえる。
七海にはいつも笑顔でいてほしいとつくづく思った。
「じゃあ、今度までに聴いておいてね」
「うん、わかった」
「はい、じゃあこの話はもう終わり。ごめんね、なんかしめっぽい感じになっちゃってさ。泣くつもりなんてなかったんだよ本当は」
「別にいいよ。七海のいつもと違う表情も見れたことだし。それに、こういうのって恋人同士だとよくあることだろ?」
「恋人同士? 誰が?」
七海は目を丸くした。
「え? 誰がって、俺たちがだよ。何言ってるの? 冗談?」
「冗談? えっ? 良樹の方こそ面白いこと言うようになったね。私と良樹が恋人同士だなんて。ははっ」
一瞬にして頭の中が真っ白になった。
七海、君は一体何を言っているのかね。
嘘だろ。
このやりとりはいつまで続くんだ。はやいとこ嘘だと言ってよ。
でも、どうやら本当だったみたいだ。
「ヤダ、ウケるー、付きあってるつもりだったんだー。私は良樹のこと仲のいい男友達だと思ってたんだけどー。へぇ、そうなんだー、私と良樹が恋人同士……考えたこともなかった。そんな発想サラサラなかった」
これまで七海を笑わせようと思って言ってきた冗談の比ではないくらいうけていた。
手を叩き、涙を流しながら笑い続ける七海を見ていたら、怒る気にもなれず、けれど、一緒になって笑うこともできないまま、時間だけが過ぎた。
女友達はあいかわらず笑い続けている。
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