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第2話
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しばらく僕の知らないラピスラブリの曲を聴かされたところで、鼻歌がぴたりとやんだから僕は身構えた。
スマホを落としそうになる。
「何、どうしたの?」
やっぱり怒ったか?
そう思って彼女の顔をのぞき込むと、そこには気味が悪いとさえ思えるくらいの愛らしい笑顔があった。
おそらくその笑顔を見たたいていの男は、一瞬で心を奪われてしまうことだろう。
七海の言葉を借りるとすれば、ひとたまりもないね、イチコロだよきっと。
こんなふうに他人事みたいに言っている僕自身も、被害者の一人。
被害者なんて言葉を使ったら七海に申し訳ないような気がするけど、僕が言いたいのはつまり、いい意味でってことだ。
いい意味でっていうのは便利な言葉だな、ほんと。
「ねぇ、良樹」
突然、七海の甘えるような色っぽい声が耳の中にとびこんできたので、くすぐったかった。
「何、七海?」
いくらか期待していることを悟られないように、おさえた声で聞いた。
もう心の準備はできている。
あとは七海しだいだ。
「給食が食べたいね。カレーとかラーメンとか」
「へ!?」
「コーヒー牛乳をつくるアレってどこかに売ってないのかな。あと、わかめご飯も美味しかったよねー、ねぇ、良樹、聞いてる?」
僕は絶句しながらも、いつものことだと気持ちを切り替えた。
「ああ、そうだね、美味しかったね、もずくご飯」
七海は困り顔をした。
「私が言ったのはわかめご飯ね。もずくご飯なんて食べたことない」
七海は即興で作ったとしか思えない、もずくご飯の歌を歌い始めた。
やっぱり、すごい変わってる。変だ。変だ。この子はすごくかわいくて綺麗だけど、何か変。
どうして急に給食が食べたくなったのだろう。俺たちもう大学生だよ。懐かしくなったのかな。でも、どうしてこのタイミングで……。わからない。まったくもってわからない。
でも、かわいい。こんなかわいくて、おかしな彼女を完全に受け入れられるのは、たぶん僕ぐらいだろうな、なんていい気なもんだけど。
「あ~あ、ほんと食べたいよ、給食。小学校か中学校の先生になれば好きなだけ食べられるんだけどねぇ」
七海は頬杖をつきながら溜息をついた。
「なろうと思えばなれるでしょう。七海頭いいんだからさぁ。子供だって、それほど嫌いってわけじゃないんだろう?」
「それはそうだけど、今になって突然教師を目指すっていうのはどうだろう? しかも、めちゃくちゃ不純な動機で……。どうして教師になろうと思ったんですか? って聞かれてなんて答えればいいのさ? はい、給食を腹いっぱい食べたかったからですって答えましょうか?」
動機についてはなんとでも答えられるとして、じっさい教師になって給食以外にまったく関心がないというのも、関わる生徒たちにとっては気の毒な話だった。
「小学校と中学校とどっちがいい?」
何気なく聞くと、七海はまんざらでもないといった感じで、考え込む。
「う~ん、小学生はうるさそうだし、中学生は難しい年頃だろうし、小学校高学年だけを受け持つってことできないかな?」
「無理だよ。そんなワガママが通るわけないだろー」
それで再び考え込む。
「じゃあさぁ、ものすごい育ちのいい子ばかりが通う小学校ってのはどう? あ、でも私がその学校に採用される確率はほぼゼロだね」
あんなに食べたい食べたい言っていたにもかかわらず、意外とあっさり諦めてしまったようだ。
七海が言うことはどれもこれも一時の思いつきにすぎないとわかっていても、ついついまともに相手をしてしまう僕。
だって楽しいんだもの。
スマホを落としそうになる。
「何、どうしたの?」
やっぱり怒ったか?
そう思って彼女の顔をのぞき込むと、そこには気味が悪いとさえ思えるくらいの愛らしい笑顔があった。
おそらくその笑顔を見たたいていの男は、一瞬で心を奪われてしまうことだろう。
七海の言葉を借りるとすれば、ひとたまりもないね、イチコロだよきっと。
こんなふうに他人事みたいに言っている僕自身も、被害者の一人。
被害者なんて言葉を使ったら七海に申し訳ないような気がするけど、僕が言いたいのはつまり、いい意味でってことだ。
いい意味でっていうのは便利な言葉だな、ほんと。
「ねぇ、良樹」
突然、七海の甘えるような色っぽい声が耳の中にとびこんできたので、くすぐったかった。
「何、七海?」
いくらか期待していることを悟られないように、おさえた声で聞いた。
もう心の準備はできている。
あとは七海しだいだ。
「給食が食べたいね。カレーとかラーメンとか」
「へ!?」
「コーヒー牛乳をつくるアレってどこかに売ってないのかな。あと、わかめご飯も美味しかったよねー、ねぇ、良樹、聞いてる?」
僕は絶句しながらも、いつものことだと気持ちを切り替えた。
「ああ、そうだね、美味しかったね、もずくご飯」
七海は困り顔をした。
「私が言ったのはわかめご飯ね。もずくご飯なんて食べたことない」
七海は即興で作ったとしか思えない、もずくご飯の歌を歌い始めた。
やっぱり、すごい変わってる。変だ。変だ。この子はすごくかわいくて綺麗だけど、何か変。
どうして急に給食が食べたくなったのだろう。俺たちもう大学生だよ。懐かしくなったのかな。でも、どうしてこのタイミングで……。わからない。まったくもってわからない。
でも、かわいい。こんなかわいくて、おかしな彼女を完全に受け入れられるのは、たぶん僕ぐらいだろうな、なんていい気なもんだけど。
「あ~あ、ほんと食べたいよ、給食。小学校か中学校の先生になれば好きなだけ食べられるんだけどねぇ」
七海は頬杖をつきながら溜息をついた。
「なろうと思えばなれるでしょう。七海頭いいんだからさぁ。子供だって、それほど嫌いってわけじゃないんだろう?」
「それはそうだけど、今になって突然教師を目指すっていうのはどうだろう? しかも、めちゃくちゃ不純な動機で……。どうして教師になろうと思ったんですか? って聞かれてなんて答えればいいのさ? はい、給食を腹いっぱい食べたかったからですって答えましょうか?」
動機についてはなんとでも答えられるとして、じっさい教師になって給食以外にまったく関心がないというのも、関わる生徒たちにとっては気の毒な話だった。
「小学校と中学校とどっちがいい?」
何気なく聞くと、七海はまんざらでもないといった感じで、考え込む。
「う~ん、小学生はうるさそうだし、中学生は難しい年頃だろうし、小学校高学年だけを受け持つってことできないかな?」
「無理だよ。そんなワガママが通るわけないだろー」
それで再び考え込む。
「じゃあさぁ、ものすごい育ちのいい子ばかりが通う小学校ってのはどう? あ、でも私がその学校に採用される確率はほぼゼロだね」
あんなに食べたい食べたい言っていたにもかかわらず、意外とあっさり諦めてしまったようだ。
七海が言うことはどれもこれも一時の思いつきにすぎないとわかっていても、ついついまともに相手をしてしまう僕。
だって楽しいんだもの。
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