46 / 75
第五章「運命の双子」
6
しおりを挟む
少し肌寒い秋風が二人の間を吹き抜け、足下の芝生をざあっと鳴らす。それはまるで緞帳が上がる合図のように、やけに大きく響いていた。
「きっと、大丈夫です」
エドモンドは、これまでの人生で得た知識がすべてどこかへ吹き飛んでいったのだと、そんな錯覚を覚えた。その場しのぎの耳障りの良い言葉を繕うのは、得意な方だと思っていたのに。
「なんとかなります。貴女がそう、信じる限り」
もっと上手い励まし方があるだろうにと、今さら後悔してももう遅い。
「……殿下のおっしゃる通りです」
飾り気のない台詞は、リリアンナの心を柔らかく解してくれた。自身とは違い分かりやすい彼の表情や仕草を見れば、いかに真摯に向き合っているのかが伝わってくる。突拍子もないことを言い出したにも関わらず、エドモンドはそれを流したりしなかった。
ただでさえ知り合って間もない、それも周囲から疎外されている自分を受け入れてくれた事実が、リリアンナにとってどれだけ嬉しいか。噂よりも、自身を見て信じてくれたのだと。
たとえ心とは裏腹だとしても、これまでそれを隠そうと努力してくれる者は僅かだった。どんな形であれ、リリアンナは彼の気遣いに心の底から感謝した。
「ありがとうございます、殿下」
ふわりと微笑む彼女を見たエドモンドは、途端にぱっと顔を逸らす。鏡で確認せずとも、今自分がどれだけ赤面しているのかすぐに分かったからだ。いまだに流れる冷たい風も、その熱を冷ましてはくれそうにない。
リリアンナもまた、彼をただの食いしん坊ではなく心の綺麗な人だと認識しているわけだが、いかんせん彼女は恋愛経験など皆無。脳内のほとんどすべてが弟妹で埋め尽くされており、そこにはほんの僅かな隙間しか残っていない。
それにエドモンドはケイティベルの婚約者となる男性で、弟妹の話ではリリアンナがそれを奪うような構図となるらしい。いくら妹の為とはいえ、他にやりようがあっただろうと見知らぬいつかの自分を責めたくなる。
――二人の婚約が上手く経ち消えたとしても、彼が私と婚約を結び直す必要はまったくないわ。もっと相応しい女性と、幸せになってほしい。
と、自己肯定感の低いリリアンナはそんな風に思っていたのだった。
「お姉様!こっちへ来て一緒に馬に乗りましょう!」
「僕が撫でたら気持ち良さそうに鳴くんだよ、見て!」
双子はまん丸もちもちの白い頬っぺたを膨らませながら、興奮気味に姉を呼ぶ。彼女はそちらへぱっと視線をやると、伸びそうになる鼻の下を即座に掌で覆い隠した。
「よろしければ殿下もご一緒にいかがですか?」
「えっ?ああ、喜んで」
最初はほんの配慮からくる気持ちだったのに、気付けば彼女の相談に乗るよりも自分がぼうっと惚けてしまっていた。エドモンドはそのことを情けなく思いながら、リリアンナに続いて立ち上がる。その瞬間、どこかで誰かがホラ貝でも吹いたのかと思うほど、彼の腹の虫が盛大に暴れ鳴いた。
「あ、あはは!これは失礼、緊張するとどうしても……」
整った眉をふにゃりと下げ、誤魔化すように後頭を掻いている。先ほどの熱が引いていない上にさらに羞恥が襲いかかり、彼の頬はそれはもう真っ赤だった。
「緊張などと、私相手にそんな」
「貴女だからこそです……」
もうどうにでもなれと、半ばやけになりながらエドモンドはぽつりと本音を漏らす。恋愛に関しては赤子よりも鈍いリリアンナにその真意が伝わるはずもなく、彼女は「私の顔が怖いせいだわ」と、申し訳なささえ感じた。
「申し訳ございません、殿下」
「は、はい?なぜ謝るのですか!」
「あら?」
驚くエドモンドに、違ったのかときょとんとするリリアンナ。見事に話の噛み合わない二人の間に割って入ったのはルシフォードで、いつまで経っても来てくれない姉の腕をぐいぐいと引っ張る。
「お姉様、こっちだよ!」
「ええ、今行くわ」
弟の手はふかふかで柔らかく、彼女の心はたちまちそちらに持っていかれる。完敗のエドモンドは「あまり役に立てなかったな」と無意識にしょんぼりと肩を落とすが、リリアンナは話を聞いてくれた彼に感謝していた。
その意を込めて、彼女はエドモンドに向けて控えめに微笑んでみせる。その直後、まるで雷鳴かのような腹の音が辺りに鳴り響いたのだった。
「きっと、大丈夫です」
エドモンドは、これまでの人生で得た知識がすべてどこかへ吹き飛んでいったのだと、そんな錯覚を覚えた。その場しのぎの耳障りの良い言葉を繕うのは、得意な方だと思っていたのに。
「なんとかなります。貴女がそう、信じる限り」
もっと上手い励まし方があるだろうにと、今さら後悔してももう遅い。
「……殿下のおっしゃる通りです」
飾り気のない台詞は、リリアンナの心を柔らかく解してくれた。自身とは違い分かりやすい彼の表情や仕草を見れば、いかに真摯に向き合っているのかが伝わってくる。突拍子もないことを言い出したにも関わらず、エドモンドはそれを流したりしなかった。
ただでさえ知り合って間もない、それも周囲から疎外されている自分を受け入れてくれた事実が、リリアンナにとってどれだけ嬉しいか。噂よりも、自身を見て信じてくれたのだと。
たとえ心とは裏腹だとしても、これまでそれを隠そうと努力してくれる者は僅かだった。どんな形であれ、リリアンナは彼の気遣いに心の底から感謝した。
「ありがとうございます、殿下」
ふわりと微笑む彼女を見たエドモンドは、途端にぱっと顔を逸らす。鏡で確認せずとも、今自分がどれだけ赤面しているのかすぐに分かったからだ。いまだに流れる冷たい風も、その熱を冷ましてはくれそうにない。
リリアンナもまた、彼をただの食いしん坊ではなく心の綺麗な人だと認識しているわけだが、いかんせん彼女は恋愛経験など皆無。脳内のほとんどすべてが弟妹で埋め尽くされており、そこにはほんの僅かな隙間しか残っていない。
それにエドモンドはケイティベルの婚約者となる男性で、弟妹の話ではリリアンナがそれを奪うような構図となるらしい。いくら妹の為とはいえ、他にやりようがあっただろうと見知らぬいつかの自分を責めたくなる。
――二人の婚約が上手く経ち消えたとしても、彼が私と婚約を結び直す必要はまったくないわ。もっと相応しい女性と、幸せになってほしい。
と、自己肯定感の低いリリアンナはそんな風に思っていたのだった。
「お姉様!こっちへ来て一緒に馬に乗りましょう!」
「僕が撫でたら気持ち良さそうに鳴くんだよ、見て!」
双子はまん丸もちもちの白い頬っぺたを膨らませながら、興奮気味に姉を呼ぶ。彼女はそちらへぱっと視線をやると、伸びそうになる鼻の下を即座に掌で覆い隠した。
「よろしければ殿下もご一緒にいかがですか?」
「えっ?ああ、喜んで」
最初はほんの配慮からくる気持ちだったのに、気付けば彼女の相談に乗るよりも自分がぼうっと惚けてしまっていた。エドモンドはそのことを情けなく思いながら、リリアンナに続いて立ち上がる。その瞬間、どこかで誰かがホラ貝でも吹いたのかと思うほど、彼の腹の虫が盛大に暴れ鳴いた。
「あ、あはは!これは失礼、緊張するとどうしても……」
整った眉をふにゃりと下げ、誤魔化すように後頭を掻いている。先ほどの熱が引いていない上にさらに羞恥が襲いかかり、彼の頬はそれはもう真っ赤だった。
「緊張などと、私相手にそんな」
「貴女だからこそです……」
もうどうにでもなれと、半ばやけになりながらエドモンドはぽつりと本音を漏らす。恋愛に関しては赤子よりも鈍いリリアンナにその真意が伝わるはずもなく、彼女は「私の顔が怖いせいだわ」と、申し訳なささえ感じた。
「申し訳ございません、殿下」
「は、はい?なぜ謝るのですか!」
「あら?」
驚くエドモンドに、違ったのかときょとんとするリリアンナ。見事に話の噛み合わない二人の間に割って入ったのはルシフォードで、いつまで経っても来てくれない姉の腕をぐいぐいと引っ張る。
「お姉様、こっちだよ!」
「ええ、今行くわ」
弟の手はふかふかで柔らかく、彼女の心はたちまちそちらに持っていかれる。完敗のエドモンドは「あまり役に立てなかったな」と無意識にしょんぼりと肩を落とすが、リリアンナは話を聞いてくれた彼に感謝していた。
その意を込めて、彼女はエドモンドに向けて控えめに微笑んでみせる。その直後、まるで雷鳴かのような腹の音が辺りに鳴り響いたのだった。
2
あなたにおすすめの小説
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~
翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……
わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います
あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。
化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。
所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。
親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。
そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。
実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。
おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。
そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる