51 / 99
第五章「衝撃(たぶん)の真実」
6
「オズベルトがまだ幼い頃、母親が自分を捨てた哀しみも癒えぬうちに、私の後妻におさまる為あの子に取り入ろうとする女性が屋敷に押し寄せた。憔悴しきっていたオズベルトを気の毒に思った執事長バルバが、たまたま目に入ったジャラライラの花の香りに魅惑効果があると、嘘を吐いてあの子を宥めたのだ」
「バ、バルバさんの仕業だったのですね」
「私が仕事にかまけている間も、あの男は常にオズベルトを気に掛けていた。ヴァンドームを恨むことなく立派に育ってくれたのも、バルバの力添えなしにはあり得なかった」
初めて私を出迎えてくれた時の、優しげな笑顔が頭に浮かぶ。旦那様が小さな頃からこの屋敷に仕えてきて、辛い思いをしてきた彼をずっと支えていた。私がマリッサを家族同然に思っているように、旦那様や大旦那様はバルバさんに全幅の信頼を寄せている。
たとえ出鱈目の大嘘だったとしても、まだ幼かった旦那様はきっとその嘘に救われたのだろう。
「まさか今だに信じていたとは驚いた」
「あ、あはは……」
お二人の気持ちも分かるけれど、自分が女性達から言い寄られるのは花香のせいだと信じて疑わない旦那様が、やっぱり可哀想だと思ってしまう。その中には真実の愛に繋がる素敵な出会いだってあったはずなのに。
いやでも、あの様子じゃあたとえ花香の件がなかったとしても外見だとか家柄だとか、そういう表面的な部分しか評価されていないと思い込んでいたかもしれない。
結局のことろ、根本的な問題を解決するには旦那様に見合った穏やかで優しい女性と、恋に落ちて幸せになること。そうして、ご自分がいかに素晴らしい人間であるかを認められるようになったら、最高だと思う。
「あれ、ちょっと待てよ?」
旦那様ばかりが頭に浮かんでいて、先ほど打ち明けた件についてすっかり忘れていた。
「ジャラライラの香りが異性を誘惑しないとしたら、旦那様が私に感じたものは一体……?」
ぐいんと首を傾げる私の瞳に映ったのは、大旦那様の笑顔。くしゃりと嬉しそうに目を細めて「何も心配はいらない」とそれだけを口にした。
「フィリア様、もうすぐ旦那様がお帰りになられます」
「フィリア?フィリアって私のこと……?」
「ああ、これは駄目ですね」
ふわふわとした頭を抱えながら、私はマリッサに体を弄ばれる。いやまぁ、ただ着替えを手伝ってもらうだけなのだけれど。私は意思のない人形みたいにぼうっとしたまま、気付けばいつの間にかすべての支度が終わっていた。
「フィリア、ただいま」
「ひいいぃ‼︎」
「はっ⁉︎」
ほんの数日前にした大旦那様とのやり取りの後、なぜか私は他のことを考えられなくなってしまった。ブルーメルの初夏を堪能していたはずなのに、ちっともそんな気になれない。
今日は、パーティーの後王都に残って公務に勤しんでいた旦那様が帰家なさる日。夕方、マリッサの手により着飾った私は、そのまま彼女に抱えられて玄関ホールへと赴いた。
「まったく、手の掛かる奥様ですね」
「……奥様、かぁ」
どうして自分がこんなに悩んでいるのか、そもそも何に悩んでいるのか、まず悩みごとを悩む前にそれを見つけることに悩んでいる私である。
そしてその答えを見つけられないまま、旦那様の顔を見た途端反射的にマリッサの後ろに隠れてしまったのだ。
「バ、バルバさんの仕業だったのですね」
「私が仕事にかまけている間も、あの男は常にオズベルトを気に掛けていた。ヴァンドームを恨むことなく立派に育ってくれたのも、バルバの力添えなしにはあり得なかった」
初めて私を出迎えてくれた時の、優しげな笑顔が頭に浮かぶ。旦那様が小さな頃からこの屋敷に仕えてきて、辛い思いをしてきた彼をずっと支えていた。私がマリッサを家族同然に思っているように、旦那様や大旦那様はバルバさんに全幅の信頼を寄せている。
たとえ出鱈目の大嘘だったとしても、まだ幼かった旦那様はきっとその嘘に救われたのだろう。
「まさか今だに信じていたとは驚いた」
「あ、あはは……」
お二人の気持ちも分かるけれど、自分が女性達から言い寄られるのは花香のせいだと信じて疑わない旦那様が、やっぱり可哀想だと思ってしまう。その中には真実の愛に繋がる素敵な出会いだってあったはずなのに。
いやでも、あの様子じゃあたとえ花香の件がなかったとしても外見だとか家柄だとか、そういう表面的な部分しか評価されていないと思い込んでいたかもしれない。
結局のことろ、根本的な問題を解決するには旦那様に見合った穏やかで優しい女性と、恋に落ちて幸せになること。そうして、ご自分がいかに素晴らしい人間であるかを認められるようになったら、最高だと思う。
「あれ、ちょっと待てよ?」
旦那様ばかりが頭に浮かんでいて、先ほど打ち明けた件についてすっかり忘れていた。
「ジャラライラの香りが異性を誘惑しないとしたら、旦那様が私に感じたものは一体……?」
ぐいんと首を傾げる私の瞳に映ったのは、大旦那様の笑顔。くしゃりと嬉しそうに目を細めて「何も心配はいらない」とそれだけを口にした。
「フィリア様、もうすぐ旦那様がお帰りになられます」
「フィリア?フィリアって私のこと……?」
「ああ、これは駄目ですね」
ふわふわとした頭を抱えながら、私はマリッサに体を弄ばれる。いやまぁ、ただ着替えを手伝ってもらうだけなのだけれど。私は意思のない人形みたいにぼうっとしたまま、気付けばいつの間にかすべての支度が終わっていた。
「フィリア、ただいま」
「ひいいぃ‼︎」
「はっ⁉︎」
ほんの数日前にした大旦那様とのやり取りの後、なぜか私は他のことを考えられなくなってしまった。ブルーメルの初夏を堪能していたはずなのに、ちっともそんな気になれない。
今日は、パーティーの後王都に残って公務に勤しんでいた旦那様が帰家なさる日。夕方、マリッサの手により着飾った私は、そのまま彼女に抱えられて玄関ホールへと赴いた。
「まったく、手の掛かる奥様ですね」
「……奥様、かぁ」
どうして自分がこんなに悩んでいるのか、そもそも何に悩んでいるのか、まず悩みごとを悩む前にそれを見つけることに悩んでいる私である。
そしてその答えを見つけられないまま、旦那様の顔を見た途端反射的にマリッサの後ろに隠れてしまったのだ。
あなたにおすすめの小説
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。