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第二章「たくさん雨が降る日の、出会い」
③
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♢♢♢
次の日、土曜の朝。お母さんとお父さんは真面目な表情で、わたしに言う。
「一心君、しばらくウチに住むことになったから」
「え…ええっ!」
思わず大声をあげてしまって、ココアがビクッと体を震わせた。
ちなみに彼は、今客間にいる。
「一心君は、なんで昨日一人でウチの店の前に立ってたの?心さんは?あの手紙にはなんて書いてあったの?」
二人は顔を見合わせて、それから一枚の紙をわたしに差し出す。確か昨日、一心君がお母さんに渡していたものだ。
カサッ
わたしは手を伸ばして、そっとその手紙を開いた。
【突然無茶なお願いをしてしまって、本当にごめんなさい。今はどうかなにも聞かずに、一心を預かってはいただけないでしょうか。必ず、迎えに行きます。
大神 心】
キレイな字だけど、少し急いだような雰囲気がある。書いてあるのはたったそれだけの文章と、この店の住所。
「心さんには、なにか深い事情があるらしい。でなきゃ大切な一心君だけをここに預けるなんてことは、絶対にしないはずだ」
その言葉に、昔のことを思い出す。
心さんは、体が弱くて耳とシッポを隠すことができなかった。それなのに、専用区には住んでいないみたいだったし、あの頃ウチにしばらく居たことも、今回のことと関係があるのかもしれない。
「一心君、昔のキオクがないって言ってた。わたしのこともこの場所のことも、なにも覚えてないって…」
「そうか…いろいろと大変な状況なんだな…ここに住むことは、彼にとっては辛いだろうが…」
「でも他でもない心さんの頼みだし、このまま一心君を放っておくことはできないもの」
お父さんもお母さんも、辛そうな顔をしてる。
一心君だって知らない場所に一人で、どれだけ心細い思いをしているんだろう。
ーー日向ちゃん
眩しいあの笑顔を、忘れたことなんてない。
「わたし、また昔みたいに一心君に笑ってほしい」
「日向…」
「心さんが迎えに来るまで、一心君にここが家だって思ってもらえるように頑張るよ!」
心さんのことも一心君のことも、まだまだ謎だらけだけど。
それでもわたしは、二人のことが大好きだから。今だって、あの頃の気持ちと少しも変わらない。
「ゆびきりげんまん」をした、あの日の約束も。
「日向、ありがとう」
お父さんに言われて、わたしはニコッと笑う。
そうと決まれば、早速行動あるのみだ。昨日買ってきたホットケーキミックスを取り出すと、とびきりおいしい朝食を作ろうと張り切ってエプロンを身につけたのだった。
コンコン
「一心君、起きてる?朝ごはん一緒に食べない?」
しばらく待ってみても、シンと静まり返ったまま。昨日の雰囲気だと、やっぱり一緒には食べたくないのかもしれない。
そう思うと、チクッと胸が痛む。
「ラップかけてテーブルの上に置いておくから、いつでも好きな時に食べに来てね」
その問いかけにも返事はない。わたしは諦めて、その場を去った。
そして、お昼。朝は結局、一心君は一度も部屋から出てこなかった。パンケーキもテーブルの上に置かれたまま。
昨日だってオムライス半分しか食べてないし、お腹空いてるはずなのに。
そう思ったわたしは、もう一度部屋のドアをノックする。朝と同じく、返事はない。
「一心君、お腹空いてるでしょ?ご飯、ドアの前に置いておこうか?」
本当は一緒に食べたいけど、無理強いはしたくないから。
ガタン!
その瞬間、部屋の中から大きな物音が聞こえてくる。ビクッと肩を震わせて、もう一度中にいる一心君に声をかけた。
「凄い音がしたけど大丈夫!?」
「……」
「一心君!」
さすがに心配になって、わたしはドアノブに手をかける。ウチの部屋には鍵がついていないから、返事がなくてもドアは開けられる。
そっと中を覗くと、布団のそばに倒れている一心君が視界に飛び込んできて、わたしは慌てて彼の元に駆け寄った。
「一心君!大丈夫!?」
幸い意識はあるみたいで、苦しそうな表情で荒い呼吸を繰り返してる。
昨日は隠れてた耳とシッポが出てて、力なくペタンと垂れ下がっていた。
あの頃とと同じ、銀色だ…
「ってそんな場合じゃない!すぐにお母さんを…ううん、救急車の方が…っ」
「…めろ…呼ばなくて、いい……っ」
立ち上がったわたしを引き止める声は昨日よりもずっとか細くて、首を横に振る動作も弱々しい。
「呼ばなくていいってどうして…っ」
「いいから…放っとけ…っ」
「そんなの無理だよ!」
一心君の額に手を当てると、やっぱり熱い。よく見ると顔も赤いし、昨日雨に濡れたのが良くなかったのかもしれない。
「触るな…っ」
パシッ
払われた手が、やけにジンジンと痛む。私を睨みつける鋭い瞳は金色で、思わず体に力が込もる。
悲しい気持ちとほんの少しの緊張を振り払って、わたしはもう一度彼に手を伸ばした。
「いいから、捕まって。とりあえず布団に横にならないと」
「だから、触るなって…」
「このまま放っておけるわけないでしょ!?嫌でも今だけガマンして!」
ピシャリとそう言って、半ば強引に肩を貸す。一心君は、それ以上はもう抵抗しなかった。
お店は丁度ランチタイムが終わる時間で、お客さんもちらほらとしかいない。お母さんに事情を説明すると、すぐに対応してくれた。
救急車は呼んでほしくないという一心君の訴えで、お母さんは人狼専門のお医者さんをウチに呼んだ。
やっぱり、昨日雨で体が冷えたんだろう。風邪とのことで、薬も処方された。解熱剤を飲んだ一心君は、今は眠りに落ちている。
どうしても心配で、わたしは一人部屋に残った。彼のおでこに貼ってある冷却シートを、こまめに取り替える。
「ん……」
一心君が、小さく身じろいだ。まだ眠っているみたいだけど、眉間に深いシワが寄っていて苦しそうだ。
「一心君辛いの?大丈夫?」
「…ご……なさ…っ」
ハァハァという荒い呼吸に混ざる、途切れ途切れの言葉。
「…めんなさ…ごめん、なさ……」
固く閉じられた目元から、ツーッと一筋の涙がこぼれ落ちる。
痛いくらいに胸が締めつけられて、気がつくとわたしは彼の手を握っていた。
「大丈夫だよ、一心君はなにも悪くない。わたしがずっと一緒にいるから」
彼の表情が、フッと柔らかくなる。眉間のシワが取れて、心なしか呼吸も落ち着いたように感じる。
息遣いに合わせて揺れる銀色の耳が、なんだか可愛い。
「大丈夫、大丈夫だよ…」
わたしは、握っている手にキュッと力を込めた。わたしよりもずっと熱くて、少し汗ばんでる。
わたしが知っているのは小さな頃の一心君だけで、あれから彼がどこでどんな生活をしてきたのか、なにも知らない。
だけどここにいる間は少しでも安心してもらえるように頑張ろうと、改めて心に誓った。
「早く元気になりますように」
寝息を立てている彼を起こしてしまわないように、わたしは小さな声でそっと呟いた。
次の日、土曜の朝。お母さんとお父さんは真面目な表情で、わたしに言う。
「一心君、しばらくウチに住むことになったから」
「え…ええっ!」
思わず大声をあげてしまって、ココアがビクッと体を震わせた。
ちなみに彼は、今客間にいる。
「一心君は、なんで昨日一人でウチの店の前に立ってたの?心さんは?あの手紙にはなんて書いてあったの?」
二人は顔を見合わせて、それから一枚の紙をわたしに差し出す。確か昨日、一心君がお母さんに渡していたものだ。
カサッ
わたしは手を伸ばして、そっとその手紙を開いた。
【突然無茶なお願いをしてしまって、本当にごめんなさい。今はどうかなにも聞かずに、一心を預かってはいただけないでしょうか。必ず、迎えに行きます。
大神 心】
キレイな字だけど、少し急いだような雰囲気がある。書いてあるのはたったそれだけの文章と、この店の住所。
「心さんには、なにか深い事情があるらしい。でなきゃ大切な一心君だけをここに預けるなんてことは、絶対にしないはずだ」
その言葉に、昔のことを思い出す。
心さんは、体が弱くて耳とシッポを隠すことができなかった。それなのに、専用区には住んでいないみたいだったし、あの頃ウチにしばらく居たことも、今回のことと関係があるのかもしれない。
「一心君、昔のキオクがないって言ってた。わたしのこともこの場所のことも、なにも覚えてないって…」
「そうか…いろいろと大変な状況なんだな…ここに住むことは、彼にとっては辛いだろうが…」
「でも他でもない心さんの頼みだし、このまま一心君を放っておくことはできないもの」
お父さんもお母さんも、辛そうな顔をしてる。
一心君だって知らない場所に一人で、どれだけ心細い思いをしているんだろう。
ーー日向ちゃん
眩しいあの笑顔を、忘れたことなんてない。
「わたし、また昔みたいに一心君に笑ってほしい」
「日向…」
「心さんが迎えに来るまで、一心君にここが家だって思ってもらえるように頑張るよ!」
心さんのことも一心君のことも、まだまだ謎だらけだけど。
それでもわたしは、二人のことが大好きだから。今だって、あの頃の気持ちと少しも変わらない。
「ゆびきりげんまん」をした、あの日の約束も。
「日向、ありがとう」
お父さんに言われて、わたしはニコッと笑う。
そうと決まれば、早速行動あるのみだ。昨日買ってきたホットケーキミックスを取り出すと、とびきりおいしい朝食を作ろうと張り切ってエプロンを身につけたのだった。
コンコン
「一心君、起きてる?朝ごはん一緒に食べない?」
しばらく待ってみても、シンと静まり返ったまま。昨日の雰囲気だと、やっぱり一緒には食べたくないのかもしれない。
そう思うと、チクッと胸が痛む。
「ラップかけてテーブルの上に置いておくから、いつでも好きな時に食べに来てね」
その問いかけにも返事はない。わたしは諦めて、その場を去った。
そして、お昼。朝は結局、一心君は一度も部屋から出てこなかった。パンケーキもテーブルの上に置かれたまま。
昨日だってオムライス半分しか食べてないし、お腹空いてるはずなのに。
そう思ったわたしは、もう一度部屋のドアをノックする。朝と同じく、返事はない。
「一心君、お腹空いてるでしょ?ご飯、ドアの前に置いておこうか?」
本当は一緒に食べたいけど、無理強いはしたくないから。
ガタン!
その瞬間、部屋の中から大きな物音が聞こえてくる。ビクッと肩を震わせて、もう一度中にいる一心君に声をかけた。
「凄い音がしたけど大丈夫!?」
「……」
「一心君!」
さすがに心配になって、わたしはドアノブに手をかける。ウチの部屋には鍵がついていないから、返事がなくてもドアは開けられる。
そっと中を覗くと、布団のそばに倒れている一心君が視界に飛び込んできて、わたしは慌てて彼の元に駆け寄った。
「一心君!大丈夫!?」
幸い意識はあるみたいで、苦しそうな表情で荒い呼吸を繰り返してる。
昨日は隠れてた耳とシッポが出てて、力なくペタンと垂れ下がっていた。
あの頃とと同じ、銀色だ…
「ってそんな場合じゃない!すぐにお母さんを…ううん、救急車の方が…っ」
「…めろ…呼ばなくて、いい……っ」
立ち上がったわたしを引き止める声は昨日よりもずっとか細くて、首を横に振る動作も弱々しい。
「呼ばなくていいってどうして…っ」
「いいから…放っとけ…っ」
「そんなの無理だよ!」
一心君の額に手を当てると、やっぱり熱い。よく見ると顔も赤いし、昨日雨に濡れたのが良くなかったのかもしれない。
「触るな…っ」
パシッ
払われた手が、やけにジンジンと痛む。私を睨みつける鋭い瞳は金色で、思わず体に力が込もる。
悲しい気持ちとほんの少しの緊張を振り払って、わたしはもう一度彼に手を伸ばした。
「いいから、捕まって。とりあえず布団に横にならないと」
「だから、触るなって…」
「このまま放っておけるわけないでしょ!?嫌でも今だけガマンして!」
ピシャリとそう言って、半ば強引に肩を貸す。一心君は、それ以上はもう抵抗しなかった。
お店は丁度ランチタイムが終わる時間で、お客さんもちらほらとしかいない。お母さんに事情を説明すると、すぐに対応してくれた。
救急車は呼んでほしくないという一心君の訴えで、お母さんは人狼専門のお医者さんをウチに呼んだ。
やっぱり、昨日雨で体が冷えたんだろう。風邪とのことで、薬も処方された。解熱剤を飲んだ一心君は、今は眠りに落ちている。
どうしても心配で、わたしは一人部屋に残った。彼のおでこに貼ってある冷却シートを、こまめに取り替える。
「ん……」
一心君が、小さく身じろいだ。まだ眠っているみたいだけど、眉間に深いシワが寄っていて苦しそうだ。
「一心君辛いの?大丈夫?」
「…ご……なさ…っ」
ハァハァという荒い呼吸に混ざる、途切れ途切れの言葉。
「…めんなさ…ごめん、なさ……」
固く閉じられた目元から、ツーッと一筋の涙がこぼれ落ちる。
痛いくらいに胸が締めつけられて、気がつくとわたしは彼の手を握っていた。
「大丈夫だよ、一心君はなにも悪くない。わたしがずっと一緒にいるから」
彼の表情が、フッと柔らかくなる。眉間のシワが取れて、心なしか呼吸も落ち着いたように感じる。
息遣いに合わせて揺れる銀色の耳が、なんだか可愛い。
「大丈夫、大丈夫だよ…」
わたしは、握っている手にキュッと力を込めた。わたしよりもずっと熱くて、少し汗ばんでる。
わたしが知っているのは小さな頃の一心君だけで、あれから彼がどこでどんな生活をしてきたのか、なにも知らない。
だけどここにいる間は少しでも安心してもらえるように頑張ろうと、改めて心に誓った。
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寝息を立てている彼を起こしてしまわないように、わたしは小さな声でそっと呟いた。
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