リア充、異世界で死にかける

はしもと

文字の大きさ
12 / 12

十一話 リア充、機転を利かせる

しおりを挟む
「申し訳ありません!」

「ああ?今更謝られたって意味ねえんだよ!」

派手な容貌の男がひたすら謝り続ける店員に怒鳴りつける。

緑髪のサイドポニーが似合う女の子、遠目だが泣きそうになっているのを感じた。

・・・・・・誰も、動かないのか?

離れている客は仕方ないにしろ、近くにいる客は我関せずといった感じでお酒を飲んでいる。確かに、迷惑な客に関わりたいとは思わないだろうが、これは可哀想ではないのか?

「お客様、どうされましたか?」

そこに、先ほどまで相手してくれていたジェーンさんが仲介に入る。

「どうもこうもねえよ!料理に嬢ちゃんの髪が入ってたんだっての!」

「た、ただいま別のものをお持ちいたしますので・・・・・・」

「ああ!?そんなんで納得すると思ってんのか!?ここの会計持ってもらうだけじゃ収まらねえぞおい!」

「も、申し訳・・・・・・」

ダメだ、客の方が完全に酔っている。真摯に歩み寄っても状況は変わらないだろう。ああいう客の相手をしなきゃいけないのはアルヴァではない、アルラさんのおかげだろうか。

俺は少しだけ待っていた。もしや、ヴァルキリオンの人たちが仲介に入ったりするのではと思っていた、出るところが出れば丸く収まる。そんなポジティブなことを考えていたわけだけど。

でも彼らは気にしていない、確実にこの状況を見ているはずだけど動かない。それを悪いことだとは本当に思っていない、だって彼らはここではただの客なんだから。


でも、少し残念だと思ってしまった。

俺はカウンターに多めにお金を置いてから、いざこざの起きている場所へ向かう。

派手男に歩み寄って、強引に肩を組んで話しかけた。

「おう兄弟!おめえもやられたのかよ!」

「ああ?なんだてめえ?」

「俺もさっきひでえ目に遭ってな、詫び入れてもらわなきゃって思ってたわけなんだわ」

「ほう、兄ちゃんもそうか」

よし、第一ステップはクリアした。こういう人間に必要なのは同調だ、同じ立場になって話せばあっさり気を許したりするものだ。

そこで第二ステップに移行すべく、ジェーンさんともう一人の店員さんを睨み付ける。

「おい!店長連れてこい!慰謝料もらわなきゃ話にならんって伝えろ!」

俺の対応にジェーンさんは驚いていたようだが、もう一人の店員さんはすぐさま店長を呼ぶために厨房へと向かった。怖がらせてしまった、いつか謝罪しよう。

「お、お客様・・・・・・」

「姉ちゃんは仕事しなきゃダメだろうが」

俺の変わりようにおどおどするジェーンさん。あっこの人可愛い、ギャップ萌えってやつか。

なんとか派手男の機嫌を損ねぬよう会話で繋いでいると、何やら封筒を持ったセルビアさんがこちらへ向かってきた。

俺を見て一瞬表情を固まらせたが、すぐに引き締め直し俺たち二人に頭を下げた。

「うちの者が大変失礼いたしました、こちらはお詫びです。代金も結構ですので――」

「よっしゃ兄弟!こいつでもう一軒飲みに行こうや!」

セルビアさんから強引に封筒を奪うと、俺は派手男を立ち上がらせて店の外へと向かう。

案の定派手男はぐらつく、リリーアさんといい最近の俺の役回りはこんなんばっかだな。

歩く度に、周りの客から迷惑そうな視線を向けられる。はあ、これはもうこの店には来られないな。

「大変申し訳ありませんでした。またのお越しをお待ちしております」

セルビアさんの声を受け、俺と派手男はマルチビーアを後にした。これにて、第二ステップは無事終了だ。

「いやあ兄ちゃん、あんたも強引だねえ。まさかホントに金巻き上げるとは」

派手男は嬉しそうに笑った。もう一軒どこ行くかぁなんて聞いてくるが、このお金を使う気は一切無い。

男と一緒の入ったのは外れにあるちょっと大人なお店。男は舟を漕ぎ始めてるしちょうどいい。

「お二人様ですか?」

「いえ、こちらの方だけです」

「承知いたしました。こちらへどうぞ」

派手男を店員に引き渡し、俺はささっとその場を後にする。女の子といちゃいちゃできれば男も満足だろう、ちょっとお高いんだけど。

「さて」

少々どころかかなり気まずいが、セルビアさんにお金を返してこなければならない。男の食事代はどれくらいか知らないけど、俺がある程度出しておいたからそれで許してくれると助かる。

店の前まで来ると、先ほどのことなど何もなかったようにいつも賑わいを見せるマルチビーア。

驚いたのは、店頭で腕を組んでセルビアさんが立っていたこと。こんな忙しいときに厨房に外してここにいるということは・・・・・・

「助かった、まさか早々に追い出してくれるとは」

「あらら、バレてましたか」

先ほどもらった封筒をセルビアさんに返すと、セルビアさんは真剣な目で俺を見つめた。

「なんでこんなことしたの?」

「ただのおっせかいですよ、もっと穏便に済ます方法もあったでしょうし」

「あんた、もうここに飲みにこれないわよ?」

「そうですね、それだと店員として雇われるのも無理ですね」

そう言うと、セルビアさんの表情が驚きに満ちた。

「あんた、まさかそこまで狙って」

「冗談です、再就職先として消えたのは残念ですけど」

再就職のことなんて微塵も考えてないが、社交辞令として言っておく。マルチビーアは俺には賑やかすぎる。

と、思ったのは一瞬だった。

「そう、なら再就職を考えられるようにしてあげる」

「は?」

珍しく嬉しそうににやつくと俺を店内に引っ張っていくセルビアさん。一緒に店内に入った瞬間、店が少しだけ静まるのを感じた。

・・・・・・これはいったい?


「見てくださいお客様!うちの囮店員が無事お金を持ってきてくださいました!!」

「おおおおおおおおおおお!!」



・・・・・・・・・・・・・・・はい?


あまり聞き慣れないセルビアさんの大声に反応するお客様たち。先ほど向けられた鬱陶しそうな視線はどこにもない。迷惑な客を早々に帰らせた良き店員のような扱い。

・・・・・・まさか、俺が戻ってくることを読んで事前に準備しておいたのか?

「これからもマルチビーアはお客様によりよい環境を提供できればと思います!さてさて、せっかく浮いたお金もありますし今いらっしゃるお客様にはビーア一杯サービスいたします!」

完璧な流れだった。そこからのマルチビーアは最高潮の盛り上がりを見せ、料理のクレームの件など最初からなかったように消え去ってしまう。


「再就職、考えといてね?」


そう笑顔を向けて厨房へと戻っていくセルビアさんに、一本取られたのだと無性に悔しくなってしまった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

処理中です...