ふるさとの花

湯殿たもと

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ふるさとの花

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ふるさとの花


八月十九日

「ごめんください」

声のなかで誰かが訪ねてきた。おじいさんの声だが聞き覚えがある。玄関を開けたら予想通り村長だった。実際は村長でもなんでもない、ただこの集落の一人のお爺さんなのだが村長であるかのように村を良くしようと仕切っている。だから村長。

「おお竜也くん、頼みがあるんじゃ」

「はい、なんでしょう」

村長は一呼吸おいてからその頼みを話す。

「きみはこの村で唯一の大学生、ぜひその頭を貸してほしい。この村の子供たちに勉強を教えてほしいんじゃ」

「良いですよ」

「助かる、ありがとう」

場所や時間を教えるとほっほっほと言って帰っていった。その後買い物から帰ってきた母さんにそれを話す。大抵のことをやってもいいというので勝手に話をつけたがやはり予想通りやってもいいと言った。


八月二十日

懐かしい小中学校の校舎。九年間も過ごしたわけだから、いやもっと小さい頃から遊びに来ていたか?とにかく長い時間いたところなので大学生になった今でもよく覚えている。指定されているのは低学年の教室。九時と指定されたのだが、八時半をまわったところですでに大勢の子供たちが来ていた。ちらほら中学生の姿もみえる。意外だ。

早く終わってほしいときっと思うだろうから、そのぶん早く始める。心配なのは小学生の夏休みの宿題。僕もぎりぎりまで後回しにして苦戦したものだ。女子は大丈夫そうだから男子に聞いて回る。あー、これは放置してたらヤバかったやつだ。なんでコツコツやらなかったのか聞いてみると大きいクワガタを集める競争をしていたという。自由研究は虫とりとかで提出させるとして、ほかがまったく手についてない。学校の始業式まであと五日しかないのだ。ウエストミンスターの鐘とかいう鐘が鳴り響くまでに終わらせないといけない。

幸いにも宿題の量は多くなく、残りの時間をしっかりと生かしていれば大丈夫そうだ。小学生の勉強を見ていると中学生に質問される。ちょっと頭を回転させて考える。数学は苦手だが中学生レベルなら問題ない。

「竜ちゃん」

その声にギクッとする。むっとした空気を一瞬感じたけどそれは気のせいで爽やかな笑顔の女子。この村唯一の・・・いや、高一になった人がいるのか?とにかく高校生の肘折百花(ひじおりももか)。僕が高校生だったころ、この村でバスで通学していたのは二人だけだった。僕と百花。

その百花が質問したのは日本史。ややこしいところだったが受験で使ったのでよく考えれば大丈夫。的確に教える。

十時をまわって小学生の集中力が切れた。もともと勉強はこんなぶっ続けでやるものじゃないしな。というわけで解散。がらんとした校庭へ駆けていったがそれを見て一つ気になった。中学生の部活はどうなのだろうと聞いてみたら顧問の先生が暑さでバテているという。それでお休み。

解散のあとでも中学生や高校生の何人かは残った。お昼頃まで教えたあと、みんな解散していった。

せみしぐれの中歩き慣れた道を歩いていると後ろから百花が追い付いてきて、

「おかえり、竜ちゃん」

「ただいま」

と一言。彼女はにこにこして僕の顔を見ていた。どうしてそんなににこにこしているのか聞いてみたら会えて嬉しいから、という。四ヶ月は確かに長いよな。それまではバスで毎日のようにあっていたのだから。


お昼にそうめんをすすって、午後は何をしようか考えていると誰かが訪ねてくる。訪ねてきたのは中学生の村山愛。勉強を教えてほしいとやって来たのは意外だった。大学に進学して生活感の無くなった僕の部屋の机で勉強を見る。一時間くらい教えて、そのあとはおしゃべりして帰っていった。懐かしい話題がたくさん出て嬉しかった。


つづきます。

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