黒い君と白い私と。

マツモトリン

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1、新しい生活

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突き刺さるような鋭い日差し。
じわじわと滲む汗に、扇風機の風がふわりと肌に触れる。
蝉が引きも切らず鳴き続ける中、高校1年生の白山優は、まだ慣れない生活の中でただぼんやりと外を眺めていた。
ここは、母方の祖母の家。
これまで住んでいた地獄のような家とは比べ物にならない位、優しくて、暖かい。

この家に来る前の優は、歳の若い母親と2人で古びたアパートに住んでいた。
大学生で頻繁にクラブに行く程遊び盛りだった母親は、その場で知り合った男性と関係を持ち、若くして優を妊娠するが、複数の人と関係を持っていた為に父親が特定できず、そうこうしているうちに中絶出来ない段階までいき、産まれたのが優だった。
母親との記憶は、冷たく、鋭く、悲惨なものばかりだった。
殴る蹴るは当たり前、優しく微笑みかけてくれた事など微塵もない。
しかしそんな母親でも、当時の優にとってはたった1人の家族で、唯一の母親。それが全てだった。
どんなに酷い仕打ちを受けても、優は心から母親の事を好いていた。
ただ今考えてみれば、この時既に母によって洗脳されていたのやもしれない。

16年間の間、ただひたすらに耐えていた。
全て自分が悪いと思い込み、何度も何度も必死に謝っていたあの頃。
詳しく思い出そうとすると、頭の中の何かがそれを阻むように、ギリギリと頭痛がする。

つい1ヶ月前、何か様子がおかしい、と、近所の誰かが警察に連絡したのがきっかけで、母親はどこかに連れていかれ、ついに優は地獄の日々から抜け出す事が出来たのだった。
後に祖母から聞いた話だが、その時の優は、満足に食事も与えられず、過度な暴力で極限まで精力を奪われ、瀕死の状態だったと言う。
もし通報がもう少し遅かったら、きっと手遅れだった、と。


祖母「優ちゃん、スイカ食べる?」

その柔らかな声に振り向くと、祖母がにこりと微笑みかけた。

優「うん。ありがとう、おばあちゃん。」

祖母「いいのよ、遠慮なんてしないでね。」

白髪交じりのショートヘアを揺らしてスイカを取りに冷蔵庫へ向かう祖母の背中を、複雑な心情で見つめる。

(わたしなんかがここに居ていいの?)

しかし、そんな思いが届くはずも無く、その不安から身を守るように、ただひたすらに膝を抱える。

祖母「そういえば、明日が初登校だったわよね。優ちゃん、大丈夫?辛かったら、すぐに言うのよ。」

…そうだった、明日が転校先の学校に向かう日だ。
怖い。不安。
そう実感した途端、心臓がドクドクと騒ぎ出す。
それでも、必死にごまかす。
祖母には余計な心配はかけたくない。
迷惑をかけたくない。

優「…大丈夫、心配しないで。」

明日から、わたしの新しい生活が始まるー…
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