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6章

せんそう!

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1.「裕次郎! 準備は終わったか?」
 イザベルは部屋に入って来るなりそう言った。裕次郎はのろのろと振り返る。
「ううん・・・まだ終わってない・・・」
「そうか。なら私たちは外で待っているぞ。早く支度しろよ」
 イザベルは裕次郎ににっこりと笑いかけ、部屋を出ていく。すぐにガタンガタンと何かが倒れるような音が聞こえてきた。
『イヤニャアアア! まだ死にたくないのニャアア!』
『いい加減覚悟を決めろ! 国の為に戦うのだ! 死ねれば本望だろう!』
『ニャアアア! ヤコちゃんは命が一番大事ニャッ・・・・・・』
 ガツン! と叩くような音が聞こえたあと、ズリズリと何かを引きずるような音が聞こえてきた。その音は裕次郎の部屋の前を通り、廊下を引きずられていった。
「なんで・・・なんでこんなことに・・・」
 裕次郎は泣きそうになりながら準備をしていた。
「よし・・・終わった。お守りも入れたし忘れ物はないな・・・・・・」
 どこで選択を間違ったのだろうか・・・そう自問しながら裕次郎はあの日のことを思い出していた。

2.――イザベルから最前線で戦うと告げられた裕次郎は、事情を訊くために朝早く校長室を訪ねていた。
「イザベルはともかく、なんで俺まで最前線なんですか!? 絶対すぐ死んじゃいますよ!」
 バイオンは椅子に座り、机の上に手を置き裕次郎の必死の訴えを訊いていた。そしてゆっくりと口を開く。
「イザベルさんを最前線へ送る理由は分かるか?」
「え? 分かりませんけど? 今なんでそんなこと訊くんですか?」
「いいか? イザベルさんを最前線へ送る理由は、自陣にあの人がいれば超危険だからだ。獰猛な猛獣を家で飼うバカはいないだろう?」
「・・・・・・はあ」
「しかしだ。そんな猛獣をただ最前線へ送ってしまう訳にはいかない。言わば猛獣使いが必要だ。君もそう思うだろう?」
 バイオン校長はそう言い終わるとじっと裕次郎の顔を見つめた。
「え? それが俺なんですか?」
「その通りだ」
「もし断ったらどうなるんですか?」
「イザベルさんは好き勝手に暴れまわる。どうなるかは全然わからん・・・・・・」
 バイオン校長はぷるぷると震えだし、机に突っ伏してしまった。
「あ、あの?」
 裕次郎が声をかけた瞬間、バイオン校長は急に顔を上げた。
「だってしょうがないじゃん! じゃあどうすればいいの! こっちは会議やら日程調整やらで毎日毎日朝から晩まで働いてるの! 確かに君を最前線に送るのは迷ったよ本当ごめんでもどうしようもないじゃん! もう話は終わり!出てって!」
 バイオン校長は一方的に捲し立てたあと、また机に突っ伏してしまった。
 裕次郎は声を掛けようかと迷ったが、やめておくことにした。
「・・・失礼しました」
 裕次郎は机に突っ伏したままのバイオン校長にそう言った。

3.校長室を出たあと、裕次郎は廊下を歩いていた。すると前からシャルロットが手をふりながら走りよってくる。
「裕次郎さん聞きましたよ! 最前線で戦うことになったみたいですね! ちなみに私は後援の救護部隊に配属です。豆芝ちゃんも一緒なんですよ」
「そうなんだ・・・」
 裕次郎は、いつもよりなぜかテンションが高いシャルロットを見ながら力なくそう言った。
 シャルロット戦争好きなのかな? そんなことを考えていると、シャルロットはにっこりと笑いながら言いはなった。
「大丈夫です! もし裕次郎さんが死んでも豆芝ちゃんは私が育てますから! それでは頑張ってください!」
 シャルロットは来たときと同じように走りながら去っていった。
「・・・・・・」
 裕次郎は考える。
 さっきの『死んでも豆芝ちゃんは私が育てますから!』の台詞はおかしくないか? と。
 普通は『死なないで』とか『生きて戻ってください』とかじゃない? 仮にも四人一組パーティーの一員なんだしさぁ。
 そう思いながら裕次郎はため息をついた。

4.教室に入ると、すでに生徒の姿がちらほらと見える。
「ちょっと! こっちに来なさいよ!」
 いきなり腕を引かれ裕次郎は振り返る。そこには怒ったような、困ったような表情のルイーゼが立っていた。
「え、ちょ、ちょっと」
 裕次郎は困惑しながらも引かれるまま、ついていく。
「裕次郎、最前線に送られるって本当なの!?」
 突然立ち止まったルイーゼにそう言われ、答える。
「う、うん。なんかそうみたい」
「大丈夫なの!? 最前線は大変みたいよ?」
「だいじょぶじゃない・・・でもみんな行けって言うし行ってくる・・・」
 裕次郎はうつ向きながらそう答えた。するとルイーゼはため息をついたあと、小さな袋を手渡してきた。
「え? これなに?」
「お守りよ。運が良くなる魔法がかけられているわ」
「あ、ありがとう。頑張って戦ってくるね」
「死なないくらいにしておきなさいね」
 ルイーゼはそう言うと教室に戻っていた。
 裕次郎は、
『帰ってきたら結婚してください』 
 と言いそうになったが、なんか速攻で死んでしまいそうな気がしたので止めておいた――。


 続く。




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