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6章

つぎのひょうてき

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1.イザベルがみんなを起こしたのだろう。続々と兵士が広場に集まってきていた。
 良くも悪くも先日ほとんど戦っていなかったこともあり、みんな元気いっぱいだ。中には宴会の疲れが残っている兵士もいるようだが、全体としての状態は悪くない。
 兵士が広場に集まり、最後にイザベルがやって来る。
「よし! 今日は次の砦へと出発する! 準備はいいか!」
「はい!」
 兵士たちは声を揃えて返事をした。
「敵兵共は全て殲滅しろ! 情け容赦は捨てておけ! 見つけ次第殺すのだ! いいな!」
「はい!」
「よし! なら出発まで各自休憩だ! 裕次・・・副隊長と参謀は私と一緒に来い!」
「う、うん」
「わかった~」
 裕次郎とサキはイザベルの後ろをついていった。もちろんベルは裕次郎の頭の上にドッキングされている。

2.裕次郎たちは作戦会議をするため、建物の中に入る。すると何やら話し声が聞こえてきた。
「ほら~ここまで歩けるかな~」
「うん!」
「あら~すごいでちゅね~」
「ママ~」
「なんですか~ママでちゅよ~」
 そこには母性本能フルスロットルのイエリスが、コーサと楽しく遊んでいた。
「・・・・・・」
 裕次郎は、部屋に入りたくないなぁ・・・と思っていたが、イザベルはお構いなしにドアを開けた。
「姉上! 戦争中にごっこ遊びなど気が抜けているのではないですか? 作戦会議するので出ていっていただけると助かります」
「ごっ・・・誰がごっこ遊びだ!」
 イエリスは顔を真っ赤にして怒っていた。しかしその腕にはしっかりとコーサを抱きかかえている。
 ・・・まあイザベルも家族ごっこしてるんだけどね。
 裕次郎はサキを見ながらそう思った。

2.結局イエリスも作戦会議に加わることになり、イザベル、イエリス、さっちゃん、サキ、ベル、そして裕次郎が意見を出し合うこととなった。ヤコも誘ってはみたが、日向ぼっこしたいとかなんとか言って逃げてしまった。
「よし! まずはこの地図を見てくれ!」
 イザベルが地図を机の上に広げた。そこにはこちらの拠点と敵の拠点が色分けされていた。
「ここが現在地なんでしょ?」
「そうだ。次攻めるとしたら、どっちかだな」
 イザベルは尾根沿いの青い丸を指差した。
「どっちが良いとかあるの? コツとかは?」
 裕次郎は戦争初体験だ。何も分からなかった。
「そうだな・・・今回の戦争はこちらから仕掛けた。恐らく、まだ敵は砦が落とされたことを知らないはずだ。今は尾根沿いにある砦や駐屯地を全て手に入れるのが最優先だ」
「でもさ、そんなにたくさん攻めるとなると兵士足りなくない? 兵力が分散しちゃうよ?」
「それは大丈夫よ」
 イエリスが、コーサをあやしながら地図を指差す。
「いま大軍がこちらに向かっているはず。数日で到着すると連絡が入っているし、私たちは砦を落とすことだけ考えれば・・・ああ、よしよし」
 イエリスは、泣き出してしまったコーサを泣き止ますため外に出ていった。
「全く姉上は・・・そんなに子供が欲しいのなら早く結婚してしまえばよいものを・・・」
「イザベル? それイエリスの前で言ったら絶対駄目だからね」
「え? そうなのか?」
「うん。そうなの」
 裕次郎は少しだけイエリスに同情していた。

3.話し合いの結果、なんと隊を三つに分けるという意味不明な戦法に決定した。
 戦力の分散は避けなければいけないと考えていたにもかかわらず、イザベルが
「死ぬ気で三人分戦えば実質分散していないことになるだろう!」
 とかいうブラック企業も真っ青の根性論を展開し、結局砦に残る隊、それぞれ砦を攻める隊とに別れることとなった。
 もちろんイエリスは断固反対していたが、そちらの隊にコーサを入れても良いとイザベルが提案したところ、あっさり快諾していた。
 結局、戦力差を考え裕次郎、イザベル、ベル、さっちゃん、ヤコ、サキが向かって左側の大きな砦を攻め、イエリスとコーサ、そして兵士三十名が砦の守備、残る兵士七十名が比較的小規模の砦を攻めることとなった。万一苦戦するようならすぐにイエリスと連絡を取り、援軍を出す、と言った算段だ。
 正直、どっちも苦戦したら全滅しない? とか、なんで圧倒的な戦力のイエリスを守備に回すの? とか、砦を一ヶ所崩したから後援がくるまでここを死守した方が良くない? とか色々思うところはあったが、まあ仕方がない。イザベルが隊長で、裕次郎が副隊長なのだから。

4.作戦会議が終わり、イザベルが兵士たちに作戦を伝えにいった。
「次はビビんないで戦わなくっちゃなぁ・・・」
「パパつぎはほんきだす?」
「うん・・・次は本気だそうかな・・・」
 そんな話をしてると、イザベルが戻ってきた。
「よし! 次は、裕次郎に異世界人と戦うにあたり、役に立つことを教えておいてやろう」
「えっと、うん。分かった」
「まず、異世界人とはここと違う世界から来た奴のことだ。ほとんどが魔法を使えない。だが固有の技能スキルを持っている。これが厄介なのだ」
「え? そうなの?」
「ああ。見ただけではまず技能スキルは分からない。戦っていくうちに推理していくしかないのだ。多くの異世界人は大したことないが、たまに恐ろしく強い奴もいるぞ」
「・・・強いってイザベルよりも強いの?」
「うむ・・・数回しか戦ったことがないし正確には分からないが・・・もしかしたら私よりも強いかもしれないな」
「そっか・・・」
 裕次郎はそう聞いて恐怖を覚えた。いまの状態では絶対にイザベルには勝てないだろう。勿論その強い異世界人にも。
 しかし落ち込んでいた裕次郎に朗報があった。
「大丈夫だ裕次郎。確かに異世界人は強いが、基本バカが多いのだ。裕次郎でも勝てると思うぞ?」
「え!? そうなの? どうやって勝つの?」
「まあそう慌てるな。いいか? まず一つ目に、『何故か異世界人は技能スキルを教えてくれることがある』のだ」
「・・・ん? どういうこと?」
「言ったままだ。強いやつに限って自信満々にベラベラとよく話す。多分頭が悪いのだろう。二つ目は『異世界人は痛みに弱い』だ。腕を切り落としてしまえばもう動けなくなってしまう。弱いだろう?」
「そう・・・だね?」
 裕次郎は考える。普通、腕切り落とされたら動けなくない? と。
「イザベルはさ、腕切られても動ける?」
「うん? 当たり前だろう。腕ごとき切られたくらいで動けなくなるはずがないではないか。よし。話を戻すぞ。三つ目は、『相手を殺すとき一瞬ためらう』だ」
「・・・・・・」
「異世界人はすぐに殺しにかかろうとしない。まず戦闘不能にしようと狙ってくる。たいしてこちらは殺しにかかるのだ。な? 勝てるだろう?」
「・・・そう・・・かな?」
 いや、『な? 勝てるだろう?』とか言われても全然そんな気がしないんですけど。正直俺異世界人よりの考え方なんですけど。いや、そもそも俺異世界人なんですけど・・・
 裕次郎は、『死なないように逃げ回ろう』と自分なりの答えを出した。
 イザベルは何を勘違いしたのか、そんな裕次郎の様子を見て、満足げにうなずいた。
「うむ! よく分かってくれたようだな! まあ結論を言うと、『目を潰したり心臓を突いたり完全に殺すつもりで戦えば負けない。全て皆殺しにしろ』と言うことだ! 分かったな!」
「はい・・・分かりました・・・」
 裕次郎はそう返事をしながらも、『絶対無理だな』と確信していた。

5.そしてついに裕次郎たちは砦を攻める為、出発した。イエリスは超満面の笑顔で見送ってくれた。コーサはイエリスに任せていて大丈夫だろう。
 問題はイザベルだ。
 イエリスという枷が無くなった今、イザベルがどんな戦闘を繰り広げるのか予想がつかなかったからだ。
 いや、正直に言うと予想はついていた。敵兵を皆殺しにし、全てを破壊する破壊神になるだろうと。
 頑張ってイザベルを止めなければ。
 裕次郎は武器の入った鞄を担ぎ直し、気合いを入れた。







 










 続く。


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