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6章

たるのなかから・・・

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1.裕次郎が樽の蓋を斬り飛ばし、中身を確認するとそこにはぷるぷる震えている人間が入っていた。
「きゃああああ!」
「きゃああああ!」
 二人同時に悲鳴を上げる。裕次郎はビビりまくり、尻餅をついてしまった。急いで立ち上がると、震える手で雷刀を握りしめ敵が樽から出てくるのを待つ。
 樽の中に隠れていたということは、恐らく敵兵だろう。何とかして倒すか、捕らえるかしないと。
「・・・・・・」
 裕次郎は神経を集中させ、その時を待つ。しかし、いつまでたっても出てこない。
 仕方なくそろりそろりと樽に近づいていく。もちろんいつ攻撃されても対応できるよう、雷刀は構えたまま だ。
 最初は上から覗こうかと思ったが、返り討ちに合いそうな気がしたので、蹴っ飛ばすことにした。
 樽を足で思いっきり蹴っ飛ばす。少し足が痛かったが、樽はごろごろと勢いよく転がっていく。そのままの勢いで壁に激突し、樽の中身が飛び出してきた。
 中から出てきたのは、小さな幼児だった。性別は・・・分からない。服は割りとしっかりしたものを着ていたが、その服には酒が染み込んでいる。
「・・・・・・えっと」
 裕次郎は混乱していた。まさか樽の中から幼児が出てくるなんて予想していなかったからだ。
 するとその幼児は頭を抱え、うずくまる。
「こーさないで! こーさないで!」
「え? なに?」
 裕次郎は言葉が聞き取れず一歩近づいた。
「こーさないでぇ! こーさないでぇ! うう・・・」
 幼児はぷるぷる震えながら泣き出してしまう。
「えぇ・・・ちょっと大丈夫?」
 裕次郎は幼児の頭を撫でてやる。
「・・・・・・こーさないの?」
「ちょっと何言ってるのか分かんないんだけど・・・それよりなんでこんな所にいんの?」
「・・・・・・んー?」
 幼児は指をしゃぶり、首を傾げる。
 ・・・これ、言葉通じるのかな? まあ、試してみるか。
「えーと、どこから来たの?」
「・・・あっち!」
 幼児が指差した方角は、東国ジパングだった。しかし実際そうなのかどうかは分からなかった。
 もう一度同じ質問をしてみたが、指さした方角がまるで違ったからだ。
 さてどうしたもんかな・・・
 裕次郎は悩む。
 この幼児は高確率で敵国の人間だろう。だってさっきまでここ敵国の砦だったし。
 幼児が東国ジパングの人間だったとして、素直にイザベルに報告したらどうなるだろう。
 うん。殺されはしなくても捕虜とか奴隷とかにはなるかな。いや、イザベルのことだから殺しそうな気さえする。
「う~ん・・・」
 裕次郎は悩む。そしてある一つの結論に達した。
 そうだ。誤魔化ちゃおう、と。
「いい? ちょっと待っててね?」
 裕次郎は樽の中に幼児を戻し、食料庫を出た。

2.裕次郎は、宴会が行われている広場へと戻る。
「あ! ベル、さっちゃん、ちょっといいかな?」
 二人は肉をバクバクと貪っている最中だった。ベルに至っては何かの頭だろうか? 獣の頭蓋骨をガシガシとかじっていた。
「ふぁ?どうしたのじゃ?」
「裕次郎さん! どこにいたんです!」
 二人は同時にこちらを向いた。さっちゃんは肉を片手に立ち上がった。ベルはいつものように裕次郎の頭とドッキングする。
「二人とも、ちょっとこっちにきて」
 裕次郎は他の兵士にばれないよう、警戒しながら二人を連れていった。

3.二人を連れ出し、食料庫へと案内する。始めは他の兵士を警戒していたが、そんな必要は全くなかった。
 ほぼ全員べろべろになっていたし、イザベルはサキをだっこしたまま暴れてるし。イエリスは泣きながら料理を食べてるし、裕次郎の行動を気にするものなど誰一人としていなかった。
「ほら、幼児見つけたんだけど、どこの子か分かる?」
 裕次郎は樽の中から幼児を引っ張り上げ、見せた。
「美味しそうな子供ですね! 食べましょう!」
 ベルは頭の上で嬉しそうに羽音を立てる。
「いや食べないから! それよりもどうなの?」
 裕次郎は、「こーさないで! こーさないで!」と叫んでいる幼児をさっちゃんの前に置いた。
「う~ん・・・これは異世界から転生してきた奴じゃな。それでどうするの? お兄ちゃん」
「うん。実はね・・・」
 裕次郎は思い付いた作戦を二人に伝えた。

4.次の朝、裕次郎はイザベルに幼児を紹介した。
「あ、あのイザベル、ちょっといい?」
「・・・何だ? 私は少し気分が悪いのだが」
「えっとね、実は昨日また悪魔を召喚したんだ。ほら、この子だよ」
「・・・・・・そうか。それで、どんな能力を持っているのだ?」
「えっ・・・っと・・・それは成長してからのお楽しみかな・・・」
「ふむ。そうか。なら名は何だ?」
「えっ!」
 しまった、と裕次郎は狼狽えた。名前なんて考えていなかったからだ。
「う・・・えっと・・・・・そう! コーサだよコーサ!」
 そう適当に答えた。昨日も『こーさないで』とか言ってたし、多分名前かなんかだったんだろう。
「コーサ・・・か。変わった名前だがまあいいんじゃないか? なら私は皆を起こしてくるから先に待っていてくれ」
「う、うん」
 上手くいって良かった・・・裕次郎はほっと一息ついた。

5.イザベルがみんなを起こしに行っている間、裕次郎はコーサの紹介をしていた。
「えっと、この子が新しい・・・悪魔のコーサです」
「なんかあんまりあくまっぽくないね?」
 サキが鋭い質問をする。裕次郎は慌てて誤魔化す。
「悪魔っぽくない悪魔なんじゃないかな? 多分」
「確かに悪魔っぽくはないニャ! 角も尻尾も羽もないニャ!」
「そういうタイプの悪魔なんじゃないかな? ね? ベルもそう思うよね?」
「っそうですね・・・悪魔っぽくない悪魔だと思いますよ私は」
「私もそう思うのじゃ」
「そんなもんかニャ・・・ニャア?」
 ヤコは首を傾げてはいたが、それ以上詮索はしてこなかった。
『よっしゃ! なんとか誤魔化せたぜ!』
 裕次郎は心の中でガッツポーズを決めた。




 






 続く。
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