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1章

絶体絶命だぁぁぁぁぁぁ!!

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1.「パパ! おきて~」
 ・・・ああ、可愛い女の子の声が、俺を起こそうと頑張っている。少女のような甘い声だ。
「もう少し・・・」
 裕次郎は寝ぼけながらも、返事をかえす。
「ママ~パパがおきない!」
 また可愛い声が頭の中に心地よく響いてくる。俺もハパになったのか・・・
 ・・・は? 誰がパパかな?
 裕次郎は一瞬で眠気が吹き飛び、勢い良く体を起こす。
「パパ、やっとおきた!」
 サキが『ニパッ』と天使のように笑う。夢魔サキュバスだけど。
「な、なんで俺のこと、パパって呼ぶの?」
 裕次郎はサキに尋ねる。少なくとも、昨日は『パパ』なんて言っていなかった気がする。
「ママが、そういいなさいって」
 そう言いながらサキが、裕次郎をベッドから出そうと小さい手で握ってくる。
 ・・・そうとう可愛いけど、これは非常にまずい。裕次郎は、昨日の出来事を思い返す。
 まず俺は、夢魔サキュバスを召喚しようとした。するとサキが現れて、自分を『さきゅばす!』と言った。どう考えても、サキは夢魔サキュバスだ。俺の子供じゃない。それに昨日のイザベルの台詞だ。話によれば、ルイーゼは『男と女が一緒にいるだけじゃ子供は出来ない』と言っていたらしい。確かに冷静に考えると、男と女が一緒にいるだけで子供が生まれるとしたら、学校で子供が生まれまくってるはずじゃないか?そんなの見たこと無いし、どう考えても絶対おかしい。 
 裕次郎はそう考えながらベッドから出ると、イザベルの所へサキから手を引かれながら歩いていく。
「おお、やっと起きたか」
 イザベルはすでに鎧を着て、学校に行く準備をしていた。
「おはよう、イザベル」
 裕次郎は挨拶をしながら、本当の事をイザベルにどう伝えようか迷っていた。
「どうした? 早く準備をしろ。今日は皆に裕次郎との子供が出来たことを伝えなければいけないからな。そうだ、サキも連れていくか」
 イザベルはそう言いながら、サキの頭を優しく撫でる。
 ・・・どうしよう。もし俺の考えが正しければ、絶対周りから変な目でみられる。真実を確かめ、なんとしても阻止しなければ。
 裕次郎は脳をフル回転させ、いいアイデアを絞り出そうとする。
「イザベル! ちょっといかな?」
 裕次郎は、サキを抱きかかえ今にも玄関から出て行きそうなイザベルを引き留める。
「何だ?」
 イザベルが不思議そうに裕次郎を見る。
「なんだぁ!」
 サキもイザベルの口調を真似し、笑いながら裕次郎を見る。まるで親子のようだ。
「今日は、イザベルとサキは家で待っていてくれないかな?」
 裕次郎は苦し紛れにそう提案する。ダメだ。いいアイデアが見つからない。
「なぜだ? 可愛い娘を皆に紹介したくないのか?」
 イザベルが、少し悲しそうに裕次郎を見つめる。
 ・・・やめて。そんな目でみられたら、子供を認知しないひどい父親気分になっちゃう。
「ち、違うよ! いろいろ手続きとかあるかもしれないし、今日は俺が一人で訊いてくるから! ね?」
 ここでもし三人一緒に登校したら、絶対めんどくさい事になる! 裕次郎はそう思い、必死に説得する。
「・・・そうか。裕次郎がそこまでいうなら、今日は休むとしよう」
 イザベルは渋々ながら、裕次郎の提案を受け入れた。
「ありがとう。それじゃあ行ってくる」
 裕次郎はそう言うと、玄関のドアを開ける。
「ああ。頑張ってこい」
 イザベルが裕次郎を見ながら優しく微笑む。
「いてらっしゃい!」
 サキは手をブンブン振りながら笑っている。
 裕次郎は、もう最悪、このままでもいいんじゃないかな? と思いながら、ドアを閉めた。

2.教室へ着いた裕次郎は挨拶もせずに、ルイーゼに声をかける。
「ルイーゼ! 少し重要な話があるんだけど、いいかな?」
「いいけど、何をそんなに急いでいるの?」
 ルイーゼは不思議そうに裕次郎を見る。
「ここでは、話しにくいことなんだ! ちょっと来て!」 
 そう言いながら、裕次郎はルイーゼの手を取ると、
「ちょっと!」
 と、驚いているルイーゼを引きずるように、走って教室を出る。人気のない所までやって来ると、裕次郎はやっと手を離した。
「こんな所まで連れてきて何のつもりよ・・・」
 走って来たせいか、ルイーゼの顔が上気し、頬が赤く染まっている。
「実は、すごく聞きたい事があるんだけど・・・」
 裕次郎は言葉を濁す。
「なな、何よ! はっきり言いなさいよ!」
 ルイーゼが慌てながら、手を隠すように腕を組む。
 なぜ、ルイーゼはこんなに慌てているんだろう? 裕次郎はそう思いながら、単刀直入に聞いてみた。
「子供ってどうやったら出来るの? 教えて?」
 裕次郎は質問した直後、質問の仕方を失敗したと悟った。
 いつもは偉そうな表情のルイーゼの顔がみるみる赤くなり、裕次郎は震える人差し指を向けられた。
「ああ、貴方何を聞いてるの!? 信じられない! 私もう行くから!」
 ルイーゼは、裕次郎の横を逃げるように通ろうとする。
「待って! 俺の話聞いて!」
 裕次郎は、咄嗟にルイーゼの腕を掴む。
「やや、やめてよ!  こんなところで、何するつもりなのよ! 氷錠アイスロック!」
 ルイーゼが呪文を唱えると、裕次郎は一瞬で凍らされた。
 ・・・ヤバイ・・・ルイーゼ怒ったかな・・・

3.どのくらい時間がだったか分からないが、ふいに氷が溶けるのを感じた。みるみるうちに氷は水へと変化し、裕次郎は尻餅をつく。
「裕次郎さん、ルイーゼさんを襲おうとしたらしいですね。最低です」
 軽蔑したような声で話しかけられ、裕次郎は声がした方を見る。そこには左手に炎を纏ったシャルロットが立っていた。裕次郎は誤解を解こうと口を開く。
「言い訳はいらないです。質問に答えてください。豆芝ちゃんはどこですか?」
 シャルロットは、冷たくいい放つ。
「今日は家でお留守番・・・」
 そこまで言うとシャルロットは、
「いないんですね」
 と、言い残し去っていった。

4.裕次郎は、一人とぼとぼと帰り道を歩いていた。
 今日はさんざんな一日だった。ルイーゼからは誤解されるし、シャルロットからも冷たい目でみられるし、もうどうしよう・・・
 しかし、裕次郎は今日、確かに確信したことがあった。それは、『男と女が一緒にいるだけじゃ子供は出来ない』ということだ。一緒にいるだけでできるなら、ルイーゼがあそこまで動揺するはずがない。
 ・・・俺、この後どうしよう。みんなの誤解を解かなくっちゃいけない。もう今日帰ったら正直にイザベルに話そう。
 裕次郎はそう思い、玄関のドアを開けた。

5.「おかえり!」
 裕次郎が玄関を開けた瞬間、サキが飛びついてきた。
 正直、こういうのも悪くない。
 まだ何も知らない裕次郎は、のんきにそんなことを考えた。
「ただいま!」
 裕次郎はサキを抱き上げながらそう言うと、イザベルのそばまで歩いていく。
 正直に言うんだ。俺。
「あの、イザベル、大事な話があるんだけど・・・」
 裕次郎は、テーブルの前に座っていたイザベルに話しかける。
「ああ、おかえり。ちょうど、私も大切な話があるんだ」
 イザベルは真剣な表情でそう言った。
「ああ、そうなの? それじゃあイザベルからどうぞ」
 裕次郎はイザベルと向かい合うように座る。するといきなりサキが膝の上に座ってきた。かわいい。
「実は今日、父上と母上に子供ができたことを伝えたのだ」
 イザベルはサキを見つめながらそう言った後、裕次郎に視線を移す。
 ・・・え? 両親に伝えた? どうしよう。どんどん被害が広がっていく。もうこれ以上は俺の手に負えない。
「・・・そうなんだ」
 裕次郎は呆然としながら、そう言うだけで精一杯だった。しかし、それで終わりではなかった。
「それでな、さっき父上から魔法便が届いたのだ。裕次郎宛だぞ」
 イザベルはそう言いながら、手紙を差し出す。裕次郎は、震える手でなんとか手紙を受けとると、読み始める。恐ろしいほど力をいれて書かれているようだ。所々破けている。
『裕次郎とやら。私の可愛い娘に手をつけた上、報告も無しによく子供まで作ってくれたな。ただで済むと思うなよ。すぐにイザベルと一緒に私の屋敷に来い。お前は五体満足で帰れると思うな、覚悟して来い。この手紙はイザベルには絶対見せるな。
追伸。もし現れなかったら殺す』
 ああああ! 父上、激おこやん! これマジで俺死ぬやん・・・どうしよう・・・
 裕次郎は、水龍ウォーター・ドラゴンと闘った方が百倍ましだ・・・と思いながら、手紙を閉じた。
「何が書いてあったのだ?」
 イザベルが裕次郎に尋ねる。
「・・・君のお父さんが、すぐに屋敷に来いって」
 裕次郎は、泣きそうになりながら、そう言った。
「そうか。なら明日の朝に出発しよう」
 イザベルは、裕次郎の膝元で眠りについてしまったサキを抱き上げた。
「・・・うん」
 裕次郎は、死刑宣告を受けるとこんな気持ちなのかな。と考えていると、イザベルが恐ろしいことを言い始めた。
「私の父上は普段は優しいが、怒ると厳しい人だ。裕次郎も気を付けないと、死ぬかも知れんな」
 イザベルは、そう言い残し、サキを寝かせに行った。
 裕次郎は、一人でブルブルと震える。
 ・・・俺、もう怒らせてるんですけど。多分今頃君のお父さん、怒髪天どはつてんを衝き中だと思うんですけど・・・このままじゃ殺されちゃう・・・
 裕次郎はそう思いながら、異世界転生して最大のピンチをどう切り抜けようか考えていた。





 続く。


















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