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3章

悪魔憑き

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1.「は?」
 裕次郎は真っ黒に変色した右手を見つめる。よく見ると、掌全体が黒い煙のようなもので覆われている。ぴりぴりと痺れたような感覚はある。違和感は少しあるが、特に痛みはない。正直、なにがなんだか全然分からない。しかし、ただ一つだけ言える事がある。それは。
『このまま戦えば、ルイーゼとデートできるかもしれない』ということだけだ。
 この凄いパワーをもった右手は、純粋な俺の思いが色々あって具現化したものだろう。多分だけど。
 裕次郎はそう勝手に決めつけ、ありがたく力を使わせてもらうことにした。右手で地面をしっかりと掴み、そのままイザベルに突っ込もうと、力をこめる。右手から地面へと力が流れ込み、真っ黒い煙がいたるところから吹き出してきた。
 いける。これだけの力があれば間違いなく殺せる。速くあの雌を殺さなければ。
 裕次郎はイザベルに狙いをさだめ、飛びかかろうとした。その時。
「ウジウジ!」(ストップです!)
 叫ぶベルが扉を突き破り、ミサイルのように飛んできていた。その後ろには、お留守番しているはずのヤコとサキが手を振っていた。
 ベルはそのまま凄いスピードで裕次郎の額に突っ込んできた。不意をつかれたせいでまともにぶつかってしまい、そのまま意識を失ってしまった――。

2.「ウジウジ!」(起きてください!)
 裕次郎はズキズキと痛む額を押さえながら、体を起こした。急いで右手を見るが、何もなかったかのように元に戻っていた。
「・・・何がなんなの?」
 裕次郎はお腹の上に乗っていたベルに聞いてみた。右手が変色した意味も分からないし、ベルがいきなり頭突きしてきた意味も分からない。正直、困惑していた。
「ウジウジウジ」(あれは悪魔憑きですよ)
「悪魔憑き?」
 初めて聞いた単語に戸惑いを隠せない裕次郎。ベルは突起を動かしながら説明をし始めた。
「ウジウジウジウジ」(はい。裕次郎さんの右手は悪魔になったんですよ)
「は?」
 裕次郎は、ポカンと口を開けて固まった。しかし、すぐににやけてしまった。
 右手が悪魔?・・・・・・なにそれかっこいいやん。
『お、俺の右手が、俺の右手がぁぁぁ!』ってできるやん。
「ウジウジ・・・」(でも問題が・・・)
 ベルが何かを言いかけたその時、部屋のドアが勢いよく開く。
「そこから先は、ヤコちゃんが説明するニャよ!」
 興奮しているのか、猫耳をピンピンに立てながら、ずかずかと入り込んできた。そしてそのままの勢いで、隣のベッドにダイブした。
「ニャア! 裕次郎がちょっとだけ悪魔になったのは理由があるニャよ! それじゃあ、悪魔になる方法を一から説明するニャ!」
「・・・うん。」
「分かったニャ! まず、最初に代償を払って悪魔を召喚するニャ! そして、その悪魔を自分に取り込んで、女の子の・・・し、処女を・・・ニャンていうか・・・そう! 捧げるニャ! そしたら完全な悪魔になれるニャよ!」
「うん?」
「それだけじゃ無いニャ! 純粋によこしまな心を持ってないと、悪魔憑きは出来無いニャ。分かったニャ?」
「うん。全然わかんない」
 ニャンニャンうるさいヤコに向かって、裕次郎は首を振る。
 代償? 処女を捧げる? 意味わかんない。俺は童貞だぞばかやろう。
 裕次郎は心の中で、一通りツッコミを入れた後、しっかりと聞いてみることにした。
「その代償って、俺は何を捧げたの?」
 そう尋ねると、ヤコがニャアニャア笑いながら、教えてくれた。
双頭狗獣ケルベロスは魔法を、夢魔サキュバスは恋愛を代償ニャよ」
「は?」
 裕次郎は言葉を失った。
 じゃあ俺が魔法を使えないのも、モテないのも、悪魔のせいなの? やっぱりね! だから俺モテないんだ! それじゃあしょうがないよね!
 そんな裕次郎の心を見透かしたようにヤコは話を続ける。
「でも、不完全な召喚だったニャから、煙魔法は使えるニャ。恋愛に関しては、ほぼ代償は払って無いニャ」
「・・・そう」
 裕次郎は、嬉しいのか悲しいのか、複雑な感情が駆け巡っていた。
「ウジウジウジ」(次は私が説明しますね)
 ベルはそう言うと、話を始めた。
「ウジ、ウジウジ、ウジウジ」(実は、父様が噛みついた時に蠅の王ベルゼブブの力を取り込んでたみたいなんです)
 裕次郎はそれを聞き、妙に納得した。確かに、噛まれてからベルの言葉も分かるようになったし、そう考えると辻褄は合う・・・ような気がする。
 そんなことを考えると、ヤコが話に割り込んできた。
「なんニャ? ベルの言葉が分かるかニャ?」
 不思議そうな顔をしているヤコに、裕次郎は地獄でおきた出来事を教えてあげた。
「それは本当かニャ?」
 ビビったようにヤコの耳が折れ曲がる。
「そうだけど・・・なんで?」
「・・・普通は、蠅の王ベルゼブブなんて召喚不可能だニャ。召喚したら最後、全員殺されちゃうニャ・・・代償は命なんだニャ・・・」
「ウジウジウジ!」(裕次郎さんは、私の婚約者ですから特別ですね!)
 ベルは嬉しそうに裕次郎の肩に飛び乗ってきた。
「だいたい分かったけど、この右手にはどんな力があるの?」
 裕次郎は、今は普通と変わらない右手を見つめた。
「ウジウジウジ、ウジ」(圧倒的な力と、支配です)
 裕次郎は、先ほどの戦闘で『圧倒的な力』は体験していた。が『支配』はまだ知らない。
「支配って何?」
「ウジウジ、ウジウジ」(父様が使っていた、他人を操る力です)
 裕次郎はそれを聞いて、蠅の王ベルゼブブと初めて会った時の事を思い出していた。確かにそんな事もあったなあ・・・うん。ちょとまてよ。
 裕次郎は考える。
 そんな力があれば、好き勝手し放題じゃね? あんなことやこんなことも思いのまま・・・
「デュフフ・・・」
 裕次郎が笑っていると、ヤコが凄い目付きで見てきた。
「裕次郎・・・顔がキモいニャ・・・」
 慌ててにやけた顔を元に戻す。
「ウジウジウジ」(悪魔化した右手で触た相手を支配する力ですよ)
 ベルは、そう付け加えた。
 裕次郎は思っていた。やっとハーレムが作れるかもしれないと。ついに・・・ついにここまで・・・
「裕次郎、気を付けるニャよ」
『くっ・・・殺せ!』と妄想していていた裕次郎は、我にかえった。
「何を気を付けるの?」
「裕次郎は今は右手だけが悪魔化しているニャ。でも、もし完全な悪魔になったら終わりニャ。悪魔に体を乗っ取られて自我が消えちゃうニャ」
 ヤコがそう言った時、裕次郎は悪魔になる手順を思い出していた――

 (処女を、取り込んだ悪魔に捧げるニャ)


 続く。
















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