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3章

逆転満塁

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1.裕次郎は、もう一度右の掌を確認する。
 指輪がしっかりと、全ての指にはまっている。
 よし。取ろう。
 裕次郎は指輪を掴み、思いっきり引っ張った。
「いたぁい!」
 指輪は、裕次郎の為に作られたかのようにぴったりと離れない。
「どんなに引っ張っても取れませんよ。封印ですから」
 マリアは足を組み、落ち着き払っている。
 裕次郎は、『パンツ見えないかな?』と少し期待しながらも、右手に悪魔の力を注ぎ込もうとした。
 悪魔の力は『支配』。いくら封印されたとはいえ、支配してしまえばただの指輪だ。
 しかし、力をこめようとした瞬間、マリアが動いた。
神鳴縛サンダー・シールド
 マリアが呪文を唱え、裕次郎を霊糸で縛り上げる。
 裕次郎はぐるぐる巻きにされ、床に倒れこんだ。
「なんで! マリアさん俺の敵なの!?」
 裕次郎は、釣り上げられたこいのように跳ね回る。しかし、何も起こらない。
「ちょと落ち着いて。事情を話しますから。ね?」
 マリアは、子供に教えるように優しく話しかける。落ち着いてきた裕次郎は、思わず呟いてしまった。
「ママ・・・・・・」
「え?」
「いえ何でも無いです事情説明お願いします」
 マリアは怪訝な顔をし、説明し始めた。裕次郎の体に巻き付いていた糸は、するするとほどけていった。
「いいですか? この世界には魔法、魔術、神力、邪力の四つの力があります。中でも神の力、神力と悪魔の力、邪力は機密事項で、極限られた人物しか伝えられていない、強大な力なんです。神力を扱える人物は十二使徒に、邪力を使える人物は七つの大罪に数えられます。そして、今から五十年前にあった審判戦争の時に......」
「あの、全く意味が分からないので、簡潔に教えてください。出来れば二十字以内で」
 裕次郎はマリアの説明を遮り、お願いした。
 正直、じゅうにし? とか、ななつのぼんのう? とかはどうでもいい。問題は、『支配する力が無いと、ハーレムが作れない』これだけだ。後は知ったこっちゃない。
「......分かりました。簡単に話します。裕次郎さんの力は不安定な上に危険極まりないので、神の力で封印しました。悪魔の力を使えば、封印が解けない事もないですけれど、その際は天罰が下り、裕次郎さんのどこかが爆散します。決して治癒はせず、場所が悪かったら死にます。分かりましたか?」
「・・・はい」
 話を理解した裕次郎は、力無く返事をした。
 つまりだ。俺は最強の力を封印され、元々のクソザコに逆戻りという訳だ。
「でも、全ての力を封印する事はできませんでした。極小規模ではありますけど、邪力を使うことはできますよ」
「ほんとに! どんなことできるの!」
 裕次郎は絶望の闇から一転、希望の光が差し込んできていた。
「『支配』の力を使ってサイコロの目を操ったり、右手で握っているコップが、手を離しても床に落ちないとかならできるはずです」
 なるほど。手品レベルって事か。それで俺の力は、手品レベルの『邪力』と『魔術』。それに煙が出るだけの『魔法』。流石に、これはあまりにも使えなさすぎる。もう死にたいよ・・・。
 裕次郎は泣きそうになったが、必死にこらえた。
「まあ、そう落ち込むニャよ。ヤコちゃんがしっかり守ってやるニャ。心配要らないニャ」
 ヤコが、裕次郎の背中をさすった。
「・・・ありがとう」
 裕次郎はそう言いながらも、惨めな気分になっていった。
 守られる系より、守る系が良かった・・・
『俺が君を守る!』的なさぁ・・・。
 もうだめだぁ。どうせ、弱い俺なんかモテるわけない・・・。一生デートもハーレムも結婚も出来なくて、40過ぎてもイザベルに養ってもらってる、ヒモ野郎にしかなれないわけだ・・・
「あれ?」
 裕次郎はここで、とてつもなく大事な事を思い出した。
 そう。ルイーゼとのデートだ。
「あああああキタコレぇぇぇぇぇ!!」
 裕次郎は大声で叫んだ。首の皮一枚繋がっていた。まだ終わっていなかったのだ。
 ここでルイーゼと付き合う事が出来れば、逆転満塁ホームランが打てる! 俺の勝ちだ!
「どうしたの? いきなり大声出して?」
 マリアが不思議そうに裕次郎を見つめてくる。
「実は、何でもいうこと聞いてくれるって言われた事を思い出したんです! デートですデート! デートしてきます!」
 裕次郎は興奮し、ベラベラと話す。
「......そうなんですか」
 マリアは呆れたような表情で、裕次郎を見ている。
「そ、そうなのかニャ・・・分かったニャ・・・。それで、どこに行くのかニャ?」
 ヤコは顔を真っ赤にして裕次郎を見つめてきた。
「え? とりあえず学校に戻るよ。それじゃ!」
 裕次郎は、顔を真っ赤にしているヤコと、呆れた表情のマリアを置いて部屋を飛び出した。
 ここで決めなければ俺は一生童貞かもしれない。悪魔の力も封印されているし、今ならエッチ出来るはず! 
 裕次郎は全力疾走で学校に戻っていた。


 続く。



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