『殺戮侯爵』の婚約破棄

水瀬白龍

文字の大きさ
3 / 14
本編

第三話 作り話

しおりを挟む
 彼女の両手を握って僕はステラにこつんと自身の額を当てた。驚いたように目を見開く彼女に僕はそっと微笑みかける。
「孤児院に入る前、僕達は二人でずっとどこかの部屋に閉じ込められていたよね。部屋に来るのは時折僕達を鞭で叩きに来る母上と、僅かばかりの食事を運んでくる一人の使用人だけ。僕達は名前を貰えなかったけれどいつも部屋には僕と君しかいなかったからちっとも不便じゃなかった。君は僕のことをお兄様と呼んでくれていたよね」
「お兄様……」
「お腹が空いたときも、喉が渇いて苦しい時も、鞭で叩かれて死にかけた時も、二人で支え合って生きてきたことは君と別れてからもずっと覚えていたよ。僕達が閉じ込められた部屋の鍵が閉め忘れられていたことに気が付いたときなんて、僕達は心底喜んだよね。そして僕達は二人で馬車に飛び乗って孤児院まで逃げた。その孤児院で僕達は離れ離れになってしまったけれど……ステラ、僕の可愛い妹。ねぇ、覚えている? もう何年も前のことだけれど、それでも僕はずっと君のことを覚えていたよ」
 そう言って僕が彼女を抱きしめれば彼女の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちていった。それは僕の肩を濡らしていく。
 彼女は声を震わせた。
「あぁ、本当に、本当にお兄様なのですか?」
「そうだよ、僕の可愛い妹」
「……でも、オスカー様はシェーファー侯爵で。お兄様は孤児院にいたはずでは」
「あぁ、それはね。君が孤児院を出て行った後、僕もここシェーファー家に引き取られたんだ。本物のオスカーが屋敷中の使用人を殺してしまったからとにかく人手が欲しかったみたいでね。僕は孤児院でも優秀だったからシェーファー家で働かせてもらえることになったのだけれど、本物のオスカーはね、本当に頭の狂っている殺人鬼だったんだ。それで、僕はオスカーを殺してこの侯爵家を乗っ取ったんだ」
「のっ、乗っ取る!?」
 僕がそう告げればステラの涙は引っ込んでしまったようだ。僕からばっと体を離して彼女は酷く仰天していた。
「お、お兄様、乗っ取っるとは一体!」
「僕とオスカーは年も同じだったから。元々オスカーは積極的に人と交流を持つような人間ではなかったようだから、僕がオスカーと入れ替わったことに誰も気が付かなかったよ。そもそも本物の彼はとても頭の狂っている人間だったから僕が変な行動をしても疑われることがなかったんだ。嬉しい誤算だよね。何か間違えても彼は頭が狂っているからと、周りは勝手に納得してくれる」
「そういうものなのですか」
「うん。それにルークが協力してくれたんだよ」
 僕が傍に控えていた従者を見れば彼は美しく一礼して見せる。
「ルークが?」
「そう。彼はとっても優秀でね。僕よりも年下だというのに僕が侯爵として働くのを手伝ってくれたんだ。彼がいなかったら僕は到底侯爵になんてなれなかったよ」
「そうだったのですか……」
 僕は素直にこの話を信じている彼女にくすっと笑って、彼女の頭をまた撫でた。あぁ、ステラ、なんて君は愛らしいのだろうな。
「そうやって僕はシェーファー侯爵になったのだけれど、ある時デビュタントとして社交界に現れた君を見つけてしまってね。初めは君が僕の妹だと気づかなかったんだ。……だって、あんなに小さかった君は、目を見張る程美しい女性に成長していたんだから。でもどこか見覚えがあって、何故か愛しさを君に感じて……僕はとにかく君と繋がりを持とうと君との婚約を申し込んだんだ」
「お兄様……」
「婚約してから君と過ごすうちに僕は君が僕の妹だと確信した」
「えぇ、オスカー様は間違いなく私のお兄様です……! 先程の話は間違いなく私とお兄様だけが知っている話ですから!」
 彼女は大きく頷いてくれる。その様子に僕は笑みを抑えることが出来ない。あぁ、彼女以上に愛らしい少女はきっとこの世に存在しないだろう。
 彼女はまたぽろぽろと瞳から涙を零し始める。
「あぁ、私のお兄様……」
「ステラ、僕は本物のオスカーを殺してしまったけれどそれでも僕の妹でいてくれる?」
 僕がそう尋ねれば彼女は何度も頷いてくれた。それを見て僕は両手を広げる。彼女は感極まったように僕の胸の中に飛び込んできた。
「お兄様っ!」
「ステラ、僕の可愛い妹……ずっと、君に会いたかったよ」
「お兄様、私も、私もずっとお兄様に会いたかった……!」
 そして僕たちは再び固い抱擁を交わした。



 生き別れた兄妹の再会を感動的に終えた後、ステラは僕との婚約破棄に応じてくれた。彼女の署名が入った書類はルークが回収していく。
「それで、ステラ。今後のことなのだけれど」
 未だ瞳に涙をたたえている彼女に僕はあらかじめ用意しておいた今後の予定を告げる。
「婚約破棄された君は貴族令嬢として価値が下がってしまう。酷い話ではあるのだけれど、これが貴族の現実だ」
「えぇ、分かっておりますわ」
「だから僕は今回君と婚約破棄するにあたって、君の居場所を用意したんだ。貴族令嬢としての価値が無くなったのならば、平民になればいい。既にその準備も整っている」
「平民に、ですか」
「そう。ステラ、ここから遠く離れたところにとても長閑で優しい町を見つけたんだ。自然豊かで、住んでいる人々もとても穏やかだった。君さえよければそこへ移住してみないかい?」
 僕達の顔を知っている人間もいない場所だ。侯爵としての公務の傍ら、僕は国中を探して彼女が平和に暮らせる場所を見つけ出しておいたのだ。勿論、既に住処は購入してある。
「ですが、お兄様……私はオルレアン家の伯爵令嬢です。お父様がお許しになるでしょうか……」
「大丈夫、ちゃんと手を回してあるからね。君が心配することは何もないよ。それと、ルークが君に付いて行ってくれる予定なんだ」
「ルークが?」
 ステラはきょとんとルークを見上げる。ルークは僕の三つ年下の従者で、彼は僕にずっと付き従っているからステラとルークも知り合い同士だ。知り合いというか、仲もいいはずだ。今日は婚約破棄の話をしているから会話に入ってこないけれど、普段はルークも一緒に彼女とのお茶会に参加しているのだから。
「いくら平和な町だといっても女性の一人暮らしは危険だからね。それに君は孤児院で暮らしていた期間が短いから家事もできないだろうし。その点ルークはとても賢くて頼りになる上、何より僕が一番信頼しているからね。だから彼に君を頼むことにしたんだ」
「ルーク、私と共に来てくださるのですか?」
 ステラの問いに、彼は頷いた。
「えぇ、貴方が嫌でなければ、是非俺もお供させてください」
「そんな、嫌だなんてありえません!」
 僕は二人をほのぼのと見つめながら、にっこりと笑う。二人の仲がいいのは良いことだ。二人が仲良くしていると僕も嬉しくなる。
 こうして、僕達の婚約破棄は恙なく終了した。
 そう、全ては予定通りに。



 ***



「感動的な兄妹の再会だったね。妹とは可愛いものだ」
 ステラが部屋を去った後、僕とルークの二人だけとなった部屋でそうのんびりと呟けば、ステラのティーカップを片付けていたルークが手を止める。
「貴方の妹じゃない――――俺の妹ですがね」
 ルークの言葉に僕は目を細めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

処理中です...