白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり

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2.血のつながり

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「あら、何がおかしいの? 真由子ったら思い出しわらいなんかして」
 雪江が不思議そうに真由子の顔を見た。
「ちょっとお父さんのことを思い出したの。虎屋の羊羹が大好きなくせに、プロ野球のシーズン中は絶対に口にしなかったでしょ。お母さんが買ってきても、食べたいくせに知らんぷり。食べると好きなチームが負けちゃうから、とか言って」
「そうだったわね。そんなこともあったわね」
「お父さんって大学の先生だったのに、ああいうところはまるで子どもみたいだったわ」
「男の人は、それでもいいじゃないの。女が子どもだったら、家の中は大変だわ」
 雪江はそう言うと、ゆっくりとお茶を飲んだ。
 日はまだ差している。日は一日一日、永くなっている。
 
 しばらくの間、二人は縁側から庭を眺めていたが、真由子はお茶を飲み干すと、雪江の方へと振り返った。
「ねぇお母さん、私の新居は、ここからそんなに遠く離れている場所じゃないのはわかってても、やっぱり心配だわ。だってこんな古い家に、お母さんひとりを残していくんだもの。何だか私、とても……」
 とても親不孝だ、と言いそうになった真由子に、雪江はかすかにわらった。
「何を言ってるの。真由子をお嫁に出せるんだから、お母さんはほっとしてるのよ。諒人りょうとさん(真由子の結婚相手)も良い人だし……。何だかんだ言ってもね、やはりお嫁に出すまでは、親の責任ってものがあるのよ。もし三十歳までに真由子の結婚が決まらなかったらどうしようかしらって人並みにお母さん、焦ってたのよ、これでも」
「でも、お母さん……」
「若い頃はね、大切にしなきゃだめよ。本当にね、若い頃というのは、あっと言う間に過ぎてしまうものだから」
「……」
「あらあら、せっかく諒人さんとの新しい生活が始まるっていうのに、真由子は急に心細くなったの? いい大人なのに、何だか初めてお泊りする小学生になったみたいよ」
「私はお父さんやお兄さんたちと過ごした年月よりも、お母さんと二人だけで過ごした年月の方がずっと長かったわ。それにお兄さんたちは、私とは違って……」
 真由子は気色ばんであやうく、兄や姉たちは雪江とは血のつながりを持たない人間なのだ、と言いそうになるのをこらえた。真由子を除けば、雪江にとって家族はみな他人なのである。ただそれは雪江には、あからさまには言えない言葉でもあった。

 しかし、そんな真由子の言葉をさえぎるように雪江は
「お兄さんたちは真由子とは違って……だからどうしたの? この家にはね、いろいろな思い出があるから、お母さんはひとりでいても少しも寂しくないわ。真由子はね、自分の幸せだけを考えていればいいのよ」と、真由子の肩を軽くたたいて話を切り上げた。漆塗りのお盆を持って立ち上がった雪江から、ふわりと石鹸の匂いがした。
 真由子は、台所へと向かう雪江の後ろ姿を見つめていた。
 まとめ髪からのぞく白いうなじも、ほっそりした体もどこかなまめかしいような美しさがあり、娘の目から見ても雪江は、とても還暦を過ぎた女性には見えなかった。
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