17 / 19
17.喪服姿
しおりを挟む
「ただいま」
遠縁の法事を終えて、雪江が帰ってきた。
雪江は喪服姿のまま部屋に入ると、手に持っていた彼岸用の供花の包みをそっとテーブルに置き、ショールを取った。
雪江が帰宅するのは当たり前なのに、真由子は気持ちが落ち着かず、あわてて
「おかえりなさい。お母さん、疲れたでしょう? お茶でも淹れるわね」と声をかけ、水屋から湯呑みを出した。雪江はそんな真由子の様子には気がつかないのか、真由子の淹れたお茶を一口飲むと
「おいしいわ、ありがとう。真由子もお茶を上手に淹れられるようになったわね」とやさしく微笑んだ。
「とんでもないわ。歌会でのお母さんのやり方の見様見真似よ。湯冷ましなんて、私はいつもテキトーだし」真由子は少し照れくさそうに言った。
「これだけ出来れば十分よ。それにしてもやはり気疲れするわね、法事って。何も大したことはしていないのに」
遠方での法事だったせいか、黒真珠のネックレスを外すと、少し雪江は疲れた表情を見せた。
「お疲れさま。法事ってとにかくお経が長く続くでしょ。しまいには足がしびれてきて、ほんとに私、しばらく立てなくなったことがあったの。叔母さんの七回忌の時だったかしら」と、真由子は自分にもお茶をも注ぎながら言った。
「それによく知らない人たちと顔を合わせることもあるから、お互い余計な気も遣うわね」雪江は少しわらうと、湯呑みを置いた。
改めて喪服姿の雪江を見ると、うつむき加減の表情もシミひとつない白い手も美しく、真由子は仏間で見た写真を思い浮かべると、雪江の周りではまるで時間が止まっているかのような錯覚をおぼえた。
「それにしても若いわ、お母さんは……」
真由子はため息をつき、感に堪えたように言った。
「え? 何を言い出すのよ、真由子ったら」
雪江は驚いたように真由子を見た。
「何となく、ふと思ったの。昔から私の周りの友だちのお母さんたちとくらべてもね、お母さんってほんとに若くてきれいだったわ。今だってそうよ。お母さんは、あの頃と少しも変わらないわ」
真由子は両手で頬を押さえながら、雪江をじっと見た。雪江は急に目をそらせると
「真由子、親をからかわないでちょうだい。真由子は喪服姿の私に騙されてるだけよ。私は諒人さんのお母さまよりも、ずっと年上なの。何が若いものですか」と言葉を切った。
若いと言われて悪い気はしないのが女というものなのに、そんな雪江をやはり、どこかふしぎな人だと真由子は思った。後妻として嫁いだ雪江は、若いと言われていやなことでもあったのだろうか。
雪江は流し台に目を留め、洗ったばかりの二客のティーカップに気づくと
「あら、誰かお客さまが来てたの? 諒人さん? それとも秋濤のかた?」と聞いた。
「稚子姉さんよ。少し近所まで来たからって。そうだ、お土産に英国堂のチーズケーキを、稚子姉さんが買ってきてくれてたのを忘れてたわ。いま出すわね」
真由子はそう言うと椅子から立ち上がり、冷蔵庫を開けてケーキの箱を取り出した。
「稚子さん、元気そうだった?」
「うん、元気そうだったわ。稚子姉さんもそう言えば、年を取らない人よね。結婚は早かったのに、少しも世帯やつれしたところがなくて。赤ちゃんが眠ってる横で、マニキュアを塗ってた姿、私は忘れられないわ」
真由子は皿にのせたチーズケーキを運びながら、そう言った。
「そうね、稚子さんはきれいだし、それに華やかな人よ。高校生の時にね、稚子さん、体育の授業でケガをしたことがあったの。しばらく通院したんだけど、その時に研修医の若いお医者さまたちが、みんな稚子さんに一目ぼれして、病院中で評判になったことがあったのよ」
雪江は懐かしそうに言った。
「そのうちの一人がお義兄さん、じゃないわよね。年が合わないもの」
「当たり前よ、稚子さんのご主人はね、大学時代に知り合ったかたよ」
雪江が昔話をするのは、めずらしかった。
遠縁の法事を終えて、雪江が帰ってきた。
雪江は喪服姿のまま部屋に入ると、手に持っていた彼岸用の供花の包みをそっとテーブルに置き、ショールを取った。
雪江が帰宅するのは当たり前なのに、真由子は気持ちが落ち着かず、あわてて
「おかえりなさい。お母さん、疲れたでしょう? お茶でも淹れるわね」と声をかけ、水屋から湯呑みを出した。雪江はそんな真由子の様子には気がつかないのか、真由子の淹れたお茶を一口飲むと
「おいしいわ、ありがとう。真由子もお茶を上手に淹れられるようになったわね」とやさしく微笑んだ。
「とんでもないわ。歌会でのお母さんのやり方の見様見真似よ。湯冷ましなんて、私はいつもテキトーだし」真由子は少し照れくさそうに言った。
「これだけ出来れば十分よ。それにしてもやはり気疲れするわね、法事って。何も大したことはしていないのに」
遠方での法事だったせいか、黒真珠のネックレスを外すと、少し雪江は疲れた表情を見せた。
「お疲れさま。法事ってとにかくお経が長く続くでしょ。しまいには足がしびれてきて、ほんとに私、しばらく立てなくなったことがあったの。叔母さんの七回忌の時だったかしら」と、真由子は自分にもお茶をも注ぎながら言った。
「それによく知らない人たちと顔を合わせることもあるから、お互い余計な気も遣うわね」雪江は少しわらうと、湯呑みを置いた。
改めて喪服姿の雪江を見ると、うつむき加減の表情もシミひとつない白い手も美しく、真由子は仏間で見た写真を思い浮かべると、雪江の周りではまるで時間が止まっているかのような錯覚をおぼえた。
「それにしても若いわ、お母さんは……」
真由子はため息をつき、感に堪えたように言った。
「え? 何を言い出すのよ、真由子ったら」
雪江は驚いたように真由子を見た。
「何となく、ふと思ったの。昔から私の周りの友だちのお母さんたちとくらべてもね、お母さんってほんとに若くてきれいだったわ。今だってそうよ。お母さんは、あの頃と少しも変わらないわ」
真由子は両手で頬を押さえながら、雪江をじっと見た。雪江は急に目をそらせると
「真由子、親をからかわないでちょうだい。真由子は喪服姿の私に騙されてるだけよ。私は諒人さんのお母さまよりも、ずっと年上なの。何が若いものですか」と言葉を切った。
若いと言われて悪い気はしないのが女というものなのに、そんな雪江をやはり、どこかふしぎな人だと真由子は思った。後妻として嫁いだ雪江は、若いと言われていやなことでもあったのだろうか。
雪江は流し台に目を留め、洗ったばかりの二客のティーカップに気づくと
「あら、誰かお客さまが来てたの? 諒人さん? それとも秋濤のかた?」と聞いた。
「稚子姉さんよ。少し近所まで来たからって。そうだ、お土産に英国堂のチーズケーキを、稚子姉さんが買ってきてくれてたのを忘れてたわ。いま出すわね」
真由子はそう言うと椅子から立ち上がり、冷蔵庫を開けてケーキの箱を取り出した。
「稚子さん、元気そうだった?」
「うん、元気そうだったわ。稚子姉さんもそう言えば、年を取らない人よね。結婚は早かったのに、少しも世帯やつれしたところがなくて。赤ちゃんが眠ってる横で、マニキュアを塗ってた姿、私は忘れられないわ」
真由子は皿にのせたチーズケーキを運びながら、そう言った。
「そうね、稚子さんはきれいだし、それに華やかな人よ。高校生の時にね、稚子さん、体育の授業でケガをしたことがあったの。しばらく通院したんだけど、その時に研修医の若いお医者さまたちが、みんな稚子さんに一目ぼれして、病院中で評判になったことがあったのよ」
雪江は懐かしそうに言った。
「そのうちの一人がお義兄さん、じゃないわよね。年が合わないもの」
「当たり前よ、稚子さんのご主人はね、大学時代に知り合ったかたよ」
雪江が昔話をするのは、めずらしかった。
2
あなたにおすすめの小説
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
【完結】時計台の約束
とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。
それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。
孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。
偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。
それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。
中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。
※短編から長編に変更いたしました。
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
恋愛の醍醐味
凛子
恋愛
最近の恋人の言動に嫌気がさしていた萌々香は、誕生日を忘れられたことで、ついに別れを決断。
あることがきっかけで、完璧な理想の恋人に出会うことが出来た萌々香は、幸せな日々が永遠に続くと思っていたのだが……
[完結]優しすぎた選択
青空一夏
恋愛
恋人の玲奈とコンサートへ向かう途中、海斗は思いがけない出来事に遭遇する。
たいしたことはないはずだったその出来事とその後の選択は、順風満帆だった彼の人生を狂わせた。
十年後、理由の分からない別れを抱えたまま生きる海斗の前に、忘れていた過去と向き合うための期限が訪れる。
これは、優しさから選んだはずの決断が、取り返しのつかない後悔へと変わった物語。
これは、すべてを手に入れてきたはずの人生を歩んできた男が、たった一度の選択で、一生後悔することになったお話。
※本作は他サイトにも掲載しています。
月下の香り
紫さゆり
恋愛
高宮瑠璃子は幼い頃、母を亡くし、母方の祖母の文代と暮らしている。
父の高宮総一郎は、瑠璃子に毎月多額の養育費を仕送りするほかは、進学、進級、誕生日やクリスマスなど年に数回、瑠璃子に会いにくるといった交流である。
そんな父が、ある日亡くなる。
瑠璃子は、父の戸籍に不審を抱き、恋人の藤島正巳と一緒に……
大人の恋の物語です。
【完結】灰薔薇伝 ― 祈りは光に還るー
とっくり
恋愛
「灰が散っても、祈りは光に還る」
戦で傷ついた騎士と、彼を救った修道女。
罪と祈りの十日、孤独の十年――
灰薔薇の咲く風の丘で、
二人の想いは時を越えて静かに息づく。
滅びゆく国、信仰と禁忌の狭間で、
一人の女が“赦し”を信じ、
一人の男が“生きる”ことを選んだ。
灰薔薇の香りは、愛でも奇跡でもなく、
祈りそのものだった。
彼らに下される運命は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる