月下の香り

紫さゆり

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第2話 ファザーコンプレックス

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 瑠璃子と正巳は同い年で、高校の時、文化祭で知り合った。最初瑠璃子は正巳のことはあまり、印象に残っていなかった。というのも正巳のそばにいた一つ年上の男子生徒の方がかっこよく、瑠璃子は最初、その人に興味があったからだった。しかし何回か顔を合わせるるうちに、正巳との付き合いが始まった。
 大学は別々なので、二人は普通のカップルより合う回数は少ない方だ。もしかしたら正巳は大学で、案外とほかに彼女らしき人がいるのかもしれない、と瑠璃子はふと思うときがある。というのも二人にはまだ本当の意味での、恋人とまでは言えない部分があるからだっだ。

 正巳は茶道の袱紗捌きの意味を取り違えたりするぐらいなので、およそ文化的なことなどは、何の興味もないタイプだと瑠璃子は考えている。もっとも正巳ぐらいの年頃で袱紗捌きなどを知っていて、瑠璃子に講釈するような男がいたとしたら、かえって瑠璃子は奇異な印象を持つに違いない。いずれにしても、正巳自身は見てくれも悪くないし、有名大学の学生だし、いっしょにいても楽しい。
 ただ一度だけだったが、正巳から言われた言葉が瑠璃子には忘れられなかった――瑠璃子ってさ、どこかファザコン気味なところがあるんじゃないかな? 年上の男に無条件にあこがれる、みたいな気がするな。

 瑠璃子の父の高宮総一郎たかみやそういちろうは、輸入家具を扱う会社と画廊を経営している。どちらも総一郎の親族との関係で始めたものだが、昔からの良い顧客を持っているのと、総一郎自身の目利きがよいのとで、経営状態は悪くない。ただ海外からの買い付けや、オークション、個展なども絶えずあるし、交際も広く、なにかしらのパーティーにもよく呼ばれた。背が高く日本人離れした顔立ちで、語学も堪能な総一郎は、外国人相手でも決して見劣りはせず、駆け引きも上手い。子どもの瑠璃子には、よく家に来た「お客様」や、学校の運動会で見かける友だちの父親たちとくらべると、総一郎は、どこか違っているように思えたものだった。

 総一郎は一人娘の瑠璃子を「お父さん」とは呼ばせずに「パパ」と呼ばせて可愛がった。総一郎の膝の上に乗って、「パパ」と甘えていれば子どもの瑠璃子は、何でも叶わないことはないように思えた。しかし「パパ」が愛していたのは、瑠璃子だけではなかった。母の泰子が亡くなったとき、瑠璃子はそのことを知ったのだった。

 総一郎は泰子の葬儀を決して人任せにはせず、自ら差配した。泰子が生前、一番お気に入りだったドレスを着せ、遺影には泰子の一番美しい写真と一番好きだった花で飾り、そして泰子の愛していたチャイコフスキーの交響曲で泰子を送った。普段の多忙な総一郎の姿を知る周囲の人々は、これほど妻のことを知り抜いている夫がほかにいるものだろうかと、一様に驚いたほどだった。瑠璃子は泰子が亡くなったことは悲しく辛かったが、そんな総一郎を誇らしく思い、慰められる思いがした。
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