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2.腹黒王子

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「失礼します」

 陛下との話を終えた私は、王座の間を後にする。
 与えられた依頼を始めるため、準備をしようと考えながら廊下を歩く。
 すると、向こう側から一人の少年が歩み寄ってきた。
 声をかけられる前に私は気づく。
 金色の髪と赤黒い瞳、白く透き通った肌は女性のように綺麗で、幼い姿でも凛々しさを感じる。
 この城にいれば、誰もが顔を知り、名前を知っている人物。

「こんにちは! リザリー様」
「フレール殿下。こんにちは、ですが私に敬称は不要だと何度も」
「いえいえ何をおっしゃいますか! リザリー様は魔女様です。この国を長年支えてきた貴女を敬わないなんて、それこそ王になる者としてあるまじきことです」
「ふふっ、殿下は本当にしっかりされておりますね。そのお歳でそこまで考えておられた方なんて、今までいませんでしたよ」

 第一王子フレール殿下。
 次期王の候補筆頭にして、私の教え子の一人でもある。
 彼は魔法の才能こそアレクに劣っているものの、知識や頭の回転に至っては十二歳の現時点で大人たちを遥かに上回っている。
 見た目は可愛らしい子供でも、中身は立派に大人みたいで。
 アレクのように可愛がるには少々躊躇われる。
 もちろん王子だからというのもあるけど、他の子供たちとは明らかに違っていた。

「リザリー様、父上とはどんなお話をされたんですか?」
「お仕事のお話ですよ」
「ああ、また無茶なお仕事をお願いされたのですね?」
「いえ、そんなわけでは」

 よくわかったなと驚く。
 表情にも態度にも出していないのに。
 彼は呆れたように言う。

「父上にも困ったものですね。いつもリザリー様に頼り切っていて、これじゃ帝王は何もできないんだーって笑われてしまいますよ」
「殿下、御父上にそんなことを言ってはいけませんよ」
「わかっています。でもそう思いませんか? 私はまだ子供ですけど、父上よりも立派なに王様をやれると思うんです」
「それは……」

 正直、そう思ってしまう自分がいた。
 彼はまだ幼く、王の名を背負うにはあまりに小さすぎる。
 それでも中身は大人以上に大人で、いつも先を見据えていた。
 一人では難しいかもしれないけど、誰かが支えながらであれば、今からでも帝王の責務を果たせるだろう。
 例えば私が……いや、それはさすがに不遜か。

「――そんなことありませんよ?」
「え?」
「私はずっと思っていたんです。リザリー様と私が一緒なら、この国はもっと素晴らしくなれると」
「フレール……殿下?」

 彼は笑顔だった。
 普段通り、にこやかだった。
 だけど今日はその笑顔が不気味で、思わずぞくっと背筋が凍る。
 と同時に、胸騒ぎがした。

「私はいつかこの国の王になります。それは決まっていますけど、あと数年も待っていられないんです。待てば待つほど、この国は衰えていきます」
「殿下? 一体何を言って」
「魔女の力は国の発展に使うべきなんです。それを困った時の頼みにするなんて……父上は本当に頭が弱い」
「ですから殿下! そんなこと言っては――!」

 突然、殿下が私の手を掴んで引っ張った。
 ぐいっと強引に引っ張られ、顔と顔が近づきすれ違う。
 そのまま彼は耳元で囁く。

「リザリー様、私から相談があるのです聞いていただけませんか?」
「相談……?」
「はい。私と一緒に、父上から今すぐに帝王の座を奪いましょう」
「なっ――」

 予想もしていなかった内容に、私は思わず大きな声を挙げそうになった。
 しかしそんな暇も与えてくれないのが殿下だ。

「私が帝王になった際は、リザリー様に補佐をお願いしたい。いえ補佐では足りませんね……そうだ。私の妻になりませんか? この国の王妃になるんです」
「ちょっ、さっきから何をおっしゃっているんですか? そんなこと出来るわけありません。殿下がおっしゃっていることはつまり、陛下を裏切るということですよ?」
「ええ、わかっていますよ。そのつもりで言っているんですから」

 殿下は息を吐くように恐ろしいことを口にする。
 子供らしくない子供……殿下を現す一言、その意味が変わった瞬間だった。
 恐ろしいと思った。
 寒気がした。

「父上は王に相応しくありません。私のほうがずっと上手く、リザリー様の力を生かせる。二人でこの国をもっと良くしましょう」

 良く、という言葉をそのまま捉えてはいけない。
 そんな気がした。
 彼の言う良くとは、都合良くの略称なのではないか……と。
 子供の天然ゆえの発言とは思えなかった私は、彼の考えを正そうと決意して、ゆっくりと離れる。

「申し訳ありません殿下、そのお願いは聞けません」
「……どうしてです?」
「そんな強引なやり方では誰も認めてくれません。殿下が考えているのは国の乗っ取りです。独裁者になるお手伝いは出来ません」
「独裁者……そんなつもりはないんだけどね」

 殿下はそう言いながら目を逸らす。

 そんなつもりはない?
 嘘だ。
 今の彼の目からは、溢れんばかりの野心を感じ取れる。
 ずっと隠してきた物が漏れ出している。
 彼の思想は……危険だ。

「どうかお考え直し下さい。殿下は聡明です。今すぐに動かずとも、いずれその時はきます。それまでにしっかり心と体の準備をしましょう」

 まだ時間はある。
 彼が帝王になるまでの間、私がしっかり支えよう。
 そして考えを矯正して、正しい王になってもらわなきゃ。
 彼をこのまま王にしたなら、おそらく大きな変革が起こる。
 それも悪い変革が。

「先ほどの話は聞かなかったことにします。ですから殿下」
「もういいよ、リザリー様の考えはわかった。どうあっても私には賛同してくれないんだね」
「少し違います。今の殿下のお考えには従えないだけで、殿下やこの国を支える意志に変わりはありません」
「……そう。ありがとう」

 そう言って彼は私に背を向ける。
 納得した感じには見えない。
 それでも一先ず、早まった行動はしないだろうと安心した。

「そうか。私に従ってくれないというなら……魔女は危険だよね」
「え?」
「なんでもないよ。じゃあまた明日、

 この時、私は気づくべきだった。
 彼が私を見る目が変わっていたことに。
 敬愛の瞳は消え、軽蔑と敵意を込めた瞳に変わっていたことに。
 私は魔女だ。
 だからこそ彼は私を頼ろうとした。
 それが叶わないとなった時点で、彼にとって私は……
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