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プロローグ

3.崩れ落ちる音

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 視界が真黒く染まった。
 いや、一瞬だけは真っ白で、気づけば真っ暗だった。
 夜空に光る星のように、小さな光がぽつりぽつりと見える。
 
「リンテンス! おい聞こえるか!」

 俺の名前を呼ぶ声が、かすかに聞こえたような気がする。
 だけど今は眠くて、そっと目を閉じた。

 パキッ――

 何かにひびが入る音がした。
 胸が痛い。
 全身はもっと痛い。
 その音と痛みで目覚めたとき、俺は屋敷のベッドで寝ていた。

「ここは……」

 ガタンと扉が開く。
 入って来たのは屋敷の使用人。
 お盆に何か乗っていたが、確認する前にボトリと落とした。

「坊ちゃま……お目覚めになられたのですね!」
「あ、ああ」
「すぐに旦那様と奥様をお呼びします!」

 落とした物など気にせず、使用人は部屋を出て行った。
 ひどい慌てようには驚かされる。
 というのも、目覚めてすぐの俺は、自分がどうして寝ていたのかわからなかった。
 おぼろげに覚えていることを思い出してみる。

「……そうか」

 確か任務の途中で、雷に打たれたんだ。
 ゴロゴロと音が鳴っていたし、直前までそんな話をしていた記憶がある。
 まさか落ちるとは……というより、よく無事だったな。
 任務の途中だったし、魔力で肉体を強化していたのが功を奏していたのだろう。
 そうでなければ今ごろ豚の丸焼きよりこんがり焼かれている。

 それにしても、何だろうかこの違和感は……
 手や足はよく動く。
 肉体的な異常は感じられない。
 部屋にある鏡を見て確認しても、ぽっと見では異常は見当たらない。

「髪の色……目も」

 いや、見た目の変化はあったようだ。
 暗くて見落としていたが、髪と目の色が変わっている。
 赤黒かった髪が真っ白になり、ルビーのような赤い瞳も、サファイアのごとく蒼に変化していた。
 
 そして、身体に残った違和感。
 あるのは胸の内……いや、右胸の奥。
 魔力を生成する機転であり、機嫌と呼ばれる核がある場所。

「まさか……」

 嫌な予感が脳裏をよぎる。
 雷撃が俺の身体に与えた影響が、もしもそこに至っているのなら。
 漠然とした不安が押し寄せてきて、試さずにはいられない。
 俺は右手のひらを広げ、術式を形成し魔力を流す。
 いつも通り、当たり前にやってきた動作を反復する。

「リンテンス! 目覚めたのか!」
「良かったわ。一時はどうなることかと……リンテンス?」
「はっ……はははは」

 笑ってしまう。
 おかしいわけじゃなくて、笑うしかないんだ。
 だってそうだろ?

「どうしたんだ? 身体に異常があるのか?」
「異常……しかないよ」

 魔力の循環、術式の構築、発動後のコントロール。
 何度も練習して、考えなくても出来るようになっていた。
 今さら間違えるはずもない。

「使えないんだ」
「え?」
「魔術が……使えない」
「なっ……」

 その時に感じた絶望は、俺一人で収まるものではなかった。

 異変に気付いた俺は、両親に連れられ王都にある高名な医者を尋ねた。
 深夜だったがそこは魔術師家系の名門。
 権力とコネを駆使して、誰にも見られないように診断を依頼。
 特別な水晶を使った目に見えない異常を確かめてもらった。

「う~ん……」
「どうなんですか? リンテンスの身体に何が!」
「……大変申し上げにくいのですが……」

 医者は言葉を詰まらせる。
 余程のことなのだろうと、俺を含む全員がごくりと息をのんだ。
 それを見た医者は、大きく息をはいてから言う。

「ふぅ……結論だけ先に申し上げますと、リンテンス君の起源が変化してしまっています」
「なっ、起源が?」

 起源とは、魔術師にとっての心臓に近い。
 場所は明確にされておらず、形あるものでないが、もっとも重要な器官とされる。
 なぜなら起源には、その人が使用できる術式の属性が刻まれているからだ。
 魔術師が多彩な属性を使用できるのは、多くの属性が起源に刻まれているから。
 一つしか刻まれていない者は、どうあがいても一種しか使えない。
 そもそも術式を構築することすら出来ない。

 唖然とする両親二人。
 医者は眉をひそめて俺に尋ねてくる。

「雷に打たれたと聞きましたが?」
「はい」
「おそらくそれによって、起源が雷属性一種に変質してしまったようですね」
「そ、そんなことがあるんですか?」

 信じられないという表情の父上が尋ねた。
 医者は悩みながら答える。

「正直私も初めて見ます。ですが、お話を伺う限りそれしか考えられません。現に彼の起源は変わってしまっています」
「じゃ、じゃあ……息子は、雷属性しか使えないということですか?」
「……はい」

 十一属性から一属性。
 その大きな変化が、俺にとってだけでなく、エメロード家にとってどういう意味を持つのか。
 考える必要もないくらい重大な問題だとわかる。

「治す方法はないのですか!」
「……申し訳ありませんが、現在の技術では人の起源に干渉できません。そもそも原理もわからない変化ですので……」
「そ、そんな……」

 絶望の音が聞こえた。
 音……そう、音だ。
 あの時も音が聞こえた。
 何かにひびが入ったような音。
 あれはたぶん、起源に傷がついたからだ。
 いいや、それだけじゃないのだろう。
 砕けかけている。
 これまで培ってきた自信や自負、両親から向けられる期待。
 ガラス細工のように脆くて、ギリギリのバランスで立っていた透明な塔が、バラバラに崩壊していく。
 右胸に手を当てて感じられる違和感を、俺は生涯忘れられないだろう。
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