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第四章 新たな一歩

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 バタバタと誰かの足音が響く。
 広い家に住めばわかるけど、結構遠くの音も響いてくる。
 壁は厚くて頑丈でも、扉には隙間がどうしてもできるから、廊下側の音は割と聞こえる。

「おいリイン! 朝だぞ起きろ!」
「もう起きてるけど?」
「チッ、今日も叩き起こせなかったぜ」
「あのなぁ……わざわざ起こしに来なくてもいいんだぞ? グリム」

 部屋に入って来たのはグリムだった。
 俺は数分前には目覚めていて、着替えをしている途中だ。
 キャーなハプニングはもちろん起きない。
 俺は最後の上着を着替えて仕度を終える。

「別に親切心じゃねーよ。寝ぼけたお前をドロップキックで起こすのがオレの夢なんだ」
「……そんな夢は捨ててしまえ。ヴィルは?」
「まだ寝てる」
「そっちを先に起こせよ……」

 早起きなグリムと対照的に、ヴィルは朝が苦手らしい。
 夢魔も睡眠を必要とすることにまず驚いた。
 人間の俺たちと異なるのは、彼女たちにとって睡眠は食事と同じらしい。
 寝る子は育つ、なんて言葉が元の世界にあった。
 彼女たちの種族は、その言葉を強く体現しているのだろう。
 グリムとヴィルの体格の差を見れば明らかだ。
 背丈は同じでも、身体の一部の成長が全然違う。
 寝ている方はチョモランマで、目の前にいるほうは……。

「……おい、お前今失礼なこと考えただろ」
「なんのことかな」
「図星だろその顔は! お前最近オレのことなめてるよな? そろそろわからせてやってもいいんだぜ?」
「負け越してる癖に?」
「――!」

 グリムは顔を真っ赤にする。
 この魔王城にやってきて一か月あまりが経過した。
 先生の指導の下、魔力操作の特訓は継続中だ。
 グリムがいい修業相手になってくれている。
 修業とはいえ、手を抜いたことは一度もない。
 現在の戦績は俺の十二勝、六敗、一分けだ。

「勝ち切った顔してんじゃねーよ! この間はオレが勝ったんだぞ!」
「その前は俺が三連勝してるけどな」
「はっ! 最新の勝負ではオレが勝ってんだ! 過去の勝負なんて関係ねーんだよ。男が昔は強かったーみたいなセリフで強がるの格好悪いぞ!」

 若干図星をつかれてイラっとする。
 グリムとはこんな風に口喧嘩が絶えない。
 口の悪さは男勝りで、いつも俺をイラっとさせる言動をする。
 残念ながら口では彼女に勝てそうになかった。
 ただ、俺には切り札がある。

「グリム、お座り」
「ワン! って何すんだお前!」
「躾だ」
「オレは犬じゃねーんだよ!」

 最初の勝負でした賭けは継続中だ。
 俺が勝ち越している間、彼女は魔導具によって俺の命令には逆らえない。
 こんな特権興味ないとか思っていたけど、案外便利で面白い。
 強気なグリム相手だから特に、か?

「何ニヤケてんだ。オレにこんな命令して楽しんでるとか、とんだ変態やろうだな」
「……さて、ヴィルを起こして朝飯に行くか」
「は? ちょっ、このまま放置すんじゃねーよ!」

 俺の命令は特に指定がない限り、俺が解除しなければ継続される。
 つまり、俺がやめていいと言わなければ彼女はずっとお座り状態だ。

「ヴィルー、朝だぞー」
「待てって! オレが悪かったから許して! 許してってば!」

 魔王城での生活は案外楽しい。
 どこで暮らそうと修行さえできればいいと思っていた。
 前世でも、住む場所に拘りとかなかったし。
 だけどここは居心地がいい。
 もしかすると、俺には魔界での生活のほうが合っているのかもしれないな。

「さっさと解放しろー!」

 グリムの悲痛な声が響きながら、しみじみと感じる。

  ◇◇◇

 朝食の時間。
 弱い悪魔は食事いらずだけど、強い力をもつ悪魔は食事が必要になるらしい。
 肉体と膨大な魔力を維持するために、外からエネルギーを供給しないと万全の状態を保てないそうだ。
 悪魔は人間よりも高性能な肉体を持っているイメージだけど、案外燃費の悪さがあるようだ。
 そういう意味では一長一短、と思ったけど。

「人間も食事しないと死ぬし、一緒か」
「何ブツブツ言ってるんだよ。変態やろう」
「……またお座りさせようか?」
「な、なんでもねーよ!」

 俺とグリム、その隣ヴィル。
 先生と魔王も同じ食卓を囲んでいる。
 魔王城のイメージには似つかわしくないほのぼのとした雰囲気だ。
 パクパク朝食を食べていると、魔王が俺に尋ねてくる。

「リイン、ここでの生活には慣れたかしら?」
「お陰さまで。ここは暮らしやすいな」
「それはよかった。慣れてきたならそろそろお仕事をしてもらいましょうか」
「仕事?」

 キョトンとする俺に、魔王は笑いながら言う。

「ここはあたしの城よ? タダで居候させてあげるつもりはないわ」
「ああ、まぁ別にいいけど」

 俺も変な借りは作りたくなかったからな。
 その辺りの説明を一切してくれていない先生には一言あるが。
 ギロっと視線を先生に向ける。
 あれ、言ってなかったか、みたいな顔をするのは定番だ。

「で、仕事って?」
「そうね。まずは街のお掃除からしてもらいましょうか」
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