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第四章 新たな一歩

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 時間というのは、本当に一瞬だ。
 年齢的な速さもあるが、充実した日々を送るほど一日が速く感じられる。
 楽しいことは一瞬だと、元の世界でも感じていた。
 一年半はそれなりに長い。
 それを短いと感じられるのは、ここでの暮らしが楽しかったからに他ならない。

「よいしょっと。荷造りは完了」

 一年半お世話になった部屋だ。
 最後に綺麗に掃除をしてお別れをする。
 俺は荷物を持ち上げ部屋を出る。
 向かった先は王座の間だ。
 そこでみんなが待っている。

「帰りの仕度は終わったのか? リイン」
「はい、先生。部屋も掃除しておいた」
「律儀ね。そんなことしなくてもよかったのよ?」
「そういうわけにはいかない。お世話になった場所への最大限の礼だ。礼をかくのは武士の恥だからな」
「相変わらずそれか」

 先生は呆れて笑いながら俺の前に立ち、下から上へと眺める。

「にしてもでかくなったな。人間の成長は早くて驚く」
「そうよね。あたしの身長は来れられちゃったわ」
「成長期だからね」

 この一年半で十センチくらい伸びたな。
 正確に測ったことないけど一七〇センチは超えたと思う。
 年齢的にまだまだ伸びそうだ。
 それにひきかえ……。

「二人は変わらないな」

 グリムとヴィル。
 この二人の容姿は出会ってからまったく変化していない。
 恐ろしいほどに。

「オレたちは夢魔だからこれ以上成長しねーんだよ!」
「そうなのか……」

 ってことは一生、この二人の体格的な差は埋まらないわけか。
 ほとんど一緒な二人だけど、身体のある一部は圧倒的な優劣が生まれている。
 グリムとヴィル、平野と山。

「お気の毒に」
「お前そろそろ本気でぶった押してやるぞ!」
「お、お姉ちゃん落ち着いて」
「冷静だっての! おいリイン! 今日も勝負するぞ!」

 二人との関係も変わらず良好だ。
 グリムとの戦績一二一勝、六十九敗、七分けで勝ち越し中。
 最近はヴィルも相手をしてくれるようになった。
 多少は自信が持てるようになったんだろう。
 中々手ごわい。

「悪いけど、勝負は一時中断だ。これから学園に通うことになったら忙しい」
「っ……勝ち逃げとか卑怯だぞ」
「そう言われてもなぁ」

 お父様とお母様との約束は守りたい。
 家族として果たすべき義理だ。
 俺は二人が望む通り、王都の学園に入学する。
 そこで四年間を過ごすことになる。

「四年なってあっという間だ。それまで待っててくれ」
「……」
「四年……」
「そんなに心配ならついていけばいいわ」

 ちょっぴり暗い空気を吹き飛ばすように、魔王があっけらかんとした顔で言い放つ。

「ついてくるって……学園に? それはさすがに」
「行く! オレも人間の学校って興味あったしちょうどいいや」
「わ、私も行きます!」

 グリムとヴィルがノリノリで手を上げる。
 
「いや無理だろ。俺が通うのは王都の学園なんだ。さすがに悪魔が一緒にいたら大問題になる」
「そこへ平気だろ」
「先生」
「二人とも夢魔だからな。姿や気配を自由に変えられる。魔導具にでも化ければバレることはないぞ」

 先生までもが肯定側に立っている。
 四対一……これは不利だ。

「本気で言ってるのか? 別にただの学園だし、ついてきても退屈なだけだぞ」
「それはないな! 退屈ならリインで紛らわせばいいし」
「み、みんな一緒なら楽しいです。きっと」
「お前ら……」

 これは説得するほうが骨が折れる。
 俺が納得したほうがよさそうだ。

「はぁ……わかった。好きにしてくれ」
「よっしゃ決まりだな! ありがとう! 魔王様! じいさん!」
「ありがとうございます!」
「おう。まぁ好きにやれよ。俺から教えることは教えた。あとは実戦だ、リイン」
「はい。先生」

 先生から魔力操作を教わり、この一年半で確かな自信につながった。
 あとは実戦、俺も同じことを考えていた。
 グリムとヴィルは練習相手にこれ以上のない適任だ。
 それに……。

「まぁ、いて退屈はしないからな」
「ん? なんか言ったか?」
「別に。まっ、飼い主としてペットの面倒は最後まで見なきゃな」
「んなっ、なんだとお前!」
「お手」
「ワン! ちっくしょう!」

 悔しがるグリムの隣で、ヴィルがクスクス笑う。
 ここでの生活は楽しかった。
 魔界が俺に合っているのだと思っていたけど、それだけじゃない。
 時に競い合い、時に笑い合える相手がいる。
 生まれた場所も、種族も超えて友となる。
 幕末を生きた武士共の集団、新選組がそうであったように。
 一緒に歩いてくれる友の存在は大きいようだ。

「それじゃ、行ってきます! 先生」
「おう。またな」
「い、行ってきます! おじさま、魔王様」
「必要ならいつもで呼び戻してくれよな! こいつ引っ張って連れてくる!」
「ええ、そうするわ。三人とも気をつけていってらっしゃい」

 魔王に見送られての出発なんて、俺以外の誰も経験でしないだろう。
 人類初をいろいろ更新してしまった気分だ。
 ここでの生活は生涯忘れない。
 俺を強くしてくれた場所に、皆に感謝を。

 そして――

 俺は踏み出す。
 最強の剣士、最高の武士になるための新たな一歩を。
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