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第七章 罪人たちの宴

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 兄さんとの話を終えた俺は、二人の下に合流する。
 王女様と視線が合う。

「もういいのかしら?」
「ん、なんだ気づいてたのか」
「もちろん。兄弟のお話に割り込むなんて無粋なことはしないわ」
「気を利かせてくれてどうも」
「リイン君急がないと! 最初の授業が始まっちゃう!」

 二人とも、俺と兄さんが話していることに気付いて待っていてくれたのか。
 アイリアが急かすように少し前を歩く。
 俺とお嬢様はそれに続く。

「何の話をしていたの?」
「ただの世間話だよ」
「そう」

 チラッと、王女様の視線が俺の左手に丸められた資料に行く。
 今の発言に誤りがあることは、王女様にはバレバレだ。
 兄さんが知っていることだし、おそらく王族である彼女も知っている事情だろう。
 話してもよかったが、すぐ前にはアイリアもいる。
 ここじゃできない。 

「二人の時に話すよ」
「そう。だったらこうしましょう?」
「は? あ、ちょっ――」

 唐突に腕を引っ張られ、アイリアとは違う方向に歩き出す王女様。
 それにつれられ道を外れる。
 アイリアは一人、気づかず先に行ってしまう。

  ◇◇◇

 駆け足で教室の前にアイリアは到着する。

「よかった。間に合ったね二人……あれ?」

 今さら振り返り、二人が一緒にいないことに気付く。
 不安げにキョロキョロ見渡すがどこにもいない。
 探しに行こうとしたところへ、担当教員が通りかかる。

「どうした? もう講義を始めるぞ」
「は、はい!」
 
 アイリアは流されるように教室へと入る。
 一人で席に着き、不安そうな顔で呟く。

「二人ともどこ行っちゃったのかな……」

 一方その二人は、裏庭にある秘密の場所にいた。

  ◇◇◇

「内緒の話をするならここよね」
「……あとでアイリアに謝らないとな」
「私から謝るわ。連れ出したのは私だもの」
「言い訳は考えてくれよ」

 変な誤解をされても困るからな。
 俺たちは椅子に腰を下ろす。

「それで、お兄さんと何を話していたの?」
「これだよ」

 見せたほうが速い。
 俺は兄さんから渡された情報の写しをテーブルに広げる。
 彼女は僅かにピクリと眉を動かす。

「脱獄の話ね。十傑だけに伝えられた極秘事項よ、これ」
「文句は俺じゃなくて兄さんに言ってくれ」
「困った兄弟ね。でもちょうどよかったわ。その話をしたいと思っていたのよ。詳しく載っていない部分を教えてあげるわ」

 そう言って彼女は説明を始める。
 資料にない情報の補足。
 どうやら脱獄は外部の何者かが実行したらしい。
 監獄に空いていた大穴は外から開けられていたとか。
 誰がどうやって侵入し、囚人たちを逃がしたのかは不明。
 監獄で働いていた者たちは、全員亡くなられたそうだ。

「その囚人たちが各地で一斉に暴れている。騎士団も魔術師団もその対処で追われているわ。人手が足りなくて学生にも話が回るほどにね」
「十傑のことか。全員が出払って、今攻め込まれたら大惨事だな」
「ええ、そうね。偶然とは思っていないわ」

 王女様は真剣な表情を見せる。
 何者かが意図的に囚人を解放し、彼らに指示を出している。
 逃げ出した囚人たちが暴れ出したのも、王都の警備を薄くするためだと王女様は予測していた。
 そして重要なのは、もっとも危険度の高い囚人、ギガスの姿がないこと。

「ギガスはここにくるんだろ?」
「あら? どうして?」
「なんとなくだ。これが全て仕組まれたことなら、手薄になった王都にギガスを投入する。そして狙いは……」 

 目の前にいる彼女。
 王女様は認めるように目を瞑る。

「そこまでして狙う理由は、やっぱり術式か」
「でしょうね。どこで知られたのかわからないけど、相手は私の術式を知っているわ」
「大変だな、王女も」
「ええ……大変よ。本当に」

 彼女はため息をこぼす。
 弱気な様子を見せるなんて珍しい。
 ふと、兄さんとの会話が過る。

「……聞いてもいいか?」
「なにかしら?」
「兄さんが言ってた。王族は普通、学園には入学しないんだろ? なんであんたは入ったんだ?」
「……私にはメリットがあったからよ」

 俺たち貴族が学園に入る理由。
 それは、世界最高の学園を卒業したというステータスのため。
 魔術を含む学問は、貴族なら他の手段で学ぶことはできる。
 それでも学園に入るのは、そうすることが将来に繋がるから。
 だけど王族には関係ない。
 なぜなら王族は、その地位にいる時点で不動の特別だからだ。

「私はこの力を持って生まれた。知っているは肉親だけ。お父様が知られないように隠したのよ。知られたらどうなるか、考えなくてもわかるわ」
「利用されるだろうな」

 他人の感情を読み取り、触れるだけで過去すら見える。
 そんな便利な力、放っておくはずがない。
 争いはもちろん、政治にも有効な力だ。

「いい判断だと思うぞ」
「そうね……けど、優しさじゃないの。私の力を隠したのは、あの人たちが独占したいからよ」

 彼女は冷たく言い放つ。
 ハッキリと。
 あの人たちとは、自身の父や兄たちのことだろう。

「お父様は私を政治の道具にしようとしている。お兄様たちも同じだわ。自分が次の王になるために……私を取り込もうとしているの」
「王位の争いか」
「ええ。私に自由はなかった。でもこの学園の中では、あらゆる地位は関係ない。ここが唯一、私が自由になれる場所なの」

 学園という場所だけが、彼女をしがらみから解放する。
 まるで俺とは逆だ。
 この学園を窮屈に思う俺にとって、彼女の感覚はわからない。
 ただただ、彼女を哀れに思う。

「それだけじゃないわ。私はここで見つけるの」

 王女様は決意を固めるようにぎゅっと手を握る。

「私の――」

 直後、轟音が鳴り響く。
 さらに奇怪なサイレンのような音も。
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