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3.よくある展開
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そこからは怒涛の、されどよくある展開だった。現代に生きる凛香から見れば。ある日の王家主催のパーティーにて、エルバートはレベッカとの婚約破棄を突然宣言した。レベッカの知る、大人しかった彼とは別人のようだった。
王は激昂したが、完璧なレベッカを煙たがっていた王妃は、取り巻きの貴族たちと一緒にエルバートの援護に回った。レベッカは勝気で傲慢な態度で、お茶の席でも一方的に捲し立て、執務や日常生活にも悪影響を与えているから王太子妃としてどうなのか、と。それに引きかえ男爵令嬢である、ニーナ・ガウリーという女性はとても愛嬌がよくて可愛らしく、エルバートを立てることを忘れないらしい。レベッカとしては打っても響かないエルバートと無理矢理会話をしていただけだったのだが、それを知っているのはレベッカの護衛で常に傍にいたクライヴだけ。パーティーの日だって、軽く眩暈を覚えたレベッカを真っ先に助けてくれたのもクライヴだ。凭れかかってもビクともしない安心感は心強かった。
もうずっと舞台の外にいたというのに、何故か知らぬ間に二人の仲を引き裂く悪役にされていた。今までの時間も努力も我慢も、全て無駄に感じたレベッカはなにもかもがどうでもよくなった。今まで多忙を極めていたのに、ほとんどをベッドで過ごす日々。ただ父のサイモンをはじめとする公爵家はレベッカの味方で、皆が怒ってくれたことは嬉しかった。
バートン公爵家の治める領地は隣国との境にあり、交流の要となっているゆえに国へ与える影響力は強大で。初めは息巻いていた王家も次第に焦り始めたのか『心を入れ替えてエルバートに尽くすならば許す』という趣旨の手紙が送られてきたが、
「馬鹿にするのも大概にしろ!」
と、サイモンは突っ撥ねた。今さらどんな顔をしてエルバートと接したらいいのか、レベッカも分からないし考えたくもない。
結果として婚約は白紙に戻され、ついでに王たちの慈悲を無碍にしたと周囲から悪役の汚名を着せられたレベッカだったが、これ以上王都にいるのは辛いだろうと辺境にある領地へ移動することとなった。せめて侍女だけでも付けるようサイモンから提案されたが、もう誰とも関わりたくなくて、一人きりで過ごすことを希望した。
「お嬢様、お願いがあります」
屋敷で過ごす最後の夜。家族でしんみりとした晩餐を過ごしたあとのことだった。自室に戻る際、いつものように斜め後ろを歩くクライヴに呼び止められた。
「どうしたの? 改まって」
「……お邪魔は致しませんから、どうか私を連れて行ってください」
何事かと話を聞けば、真剣な表情でそう懇願されてしまった。もちろん、レベッカは首を横に振った。
「でももう誰も巻き込みたくないの。心配しないでクライヴ、貴方の待遇は悪いようにはしないわ」
「いえ! お嬢様のお傍にいられないならば、生きている意味がありません!」
「もう、大袈裟だわ」
「旦那様にも了承を得ています。お一人で過ごされるなんて不用心なだけでなく不便でしょう。護衛だけでなく使用人として仕えさせて下さい」
クライヴはいつの間にかサイモンに話をつけていたらしい。いつも穏やかな彼らしくなく、めずらしく強引だった。確かにクライヴの言う通り、一人きりではもしものことがあっても公爵家に伝えることすらできないだろう。
「……好きにすればいいわ」
「ありがとうございます!」
クライヴの人生を棒に振るようで心苦しいが、今のレベッカには他人を慮る余裕すらなかったので、彼のしたいようにさせたのである。
そして次の日の夜明け前。レベッカはクライヴとともに小さな馬車に少しの荷物を積んで屋敷を後にした。
* * *
「――――っは」
突然流れ込んできた記憶に頭がパンクしそうだった。本当にあったことだったのだろうか? 当事者のように胸が張り裂けそうなほど苦しい。凛香は心臓の辺りを制服のブラウスの上から強く掴み、目を閉じて呼吸を整える。しかし脳内に流れる映像には、どうやらまだ続きがあるようだ。
――辺境の屋敷とは言えない小さな家に移住してからは、表面上は穏やかに過ごしたものの、夜になると毎晩のように婚約を破棄されたパーティーの悪夢を見て飛び起きていた。ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。そしてしばらくすると言い様のない悔しさが押し寄せてくるのだ。
どうして私が。王太子妃として恥ずかしくないように頑張ったというのに。蹴落とそうとする他の候補者からも、厳しい妃教育にも耐えた。一体何がいけなかったのだろう。考えても分からないし、もうそれすらもしたくないほど疲れてはいる。ひとしきり後悔したあとに押し寄せてくるのは虚無感だった。その繰り返し。
護衛だけでなく、侍女のように細々と身の回りの世話を焼いてくれるクライヴに、いつか尋ねたことがあった。
「クライヴには貴方の人生があるのだから、こんななにもできない私に従うことはないのよ?」
公爵家から充分に暮らせるほどの給金を貰っているはず。ならばこんな無気力になってしまった女を置いてさっさと都にでも行くなりすればいいのに。
するとクライヴは質素なソファーに座るレベッカの足元に跪くと、レベッカの手をギュッと握りしめた。まるで存在を確かめるかのように。少しかさついて剣だこのある手は、大きくて温かい。
「レベッカ様。私の幸せは貴女と共にあることです。幸せを願ってくださるのならどうかお傍にいさせてください」
そこまで言われてしまえばレベッカも諦めるしかない。彼を説得することを。それにそんなエネルギーすら持てなかったのもある。力なく困ったように笑ったレベッカの手の甲に、クライヴは誓いを立てるように口づけを落とした。胸が少しソワソワとする。
ニーナと出会う前の物静かなエルバートは好ましく思っていたものの、確かに男性として愛してはいなかった。そもそも愛など分からないまま、ここまで来てしまった。そう思っていたが、今までクライヴに対しては敢えて考えないようにしていたことは否めない。それと彼が全てを捨てて傍にいてくれたことの訳を、確かめ合うことはできなかったから分からないけれど。
王は激昂したが、完璧なレベッカを煙たがっていた王妃は、取り巻きの貴族たちと一緒にエルバートの援護に回った。レベッカは勝気で傲慢な態度で、お茶の席でも一方的に捲し立て、執務や日常生活にも悪影響を与えているから王太子妃としてどうなのか、と。それに引きかえ男爵令嬢である、ニーナ・ガウリーという女性はとても愛嬌がよくて可愛らしく、エルバートを立てることを忘れないらしい。レベッカとしては打っても響かないエルバートと無理矢理会話をしていただけだったのだが、それを知っているのはレベッカの護衛で常に傍にいたクライヴだけ。パーティーの日だって、軽く眩暈を覚えたレベッカを真っ先に助けてくれたのもクライヴだ。凭れかかってもビクともしない安心感は心強かった。
もうずっと舞台の外にいたというのに、何故か知らぬ間に二人の仲を引き裂く悪役にされていた。今までの時間も努力も我慢も、全て無駄に感じたレベッカはなにもかもがどうでもよくなった。今まで多忙を極めていたのに、ほとんどをベッドで過ごす日々。ただ父のサイモンをはじめとする公爵家はレベッカの味方で、皆が怒ってくれたことは嬉しかった。
バートン公爵家の治める領地は隣国との境にあり、交流の要となっているゆえに国へ与える影響力は強大で。初めは息巻いていた王家も次第に焦り始めたのか『心を入れ替えてエルバートに尽くすならば許す』という趣旨の手紙が送られてきたが、
「馬鹿にするのも大概にしろ!」
と、サイモンは突っ撥ねた。今さらどんな顔をしてエルバートと接したらいいのか、レベッカも分からないし考えたくもない。
結果として婚約は白紙に戻され、ついでに王たちの慈悲を無碍にしたと周囲から悪役の汚名を着せられたレベッカだったが、これ以上王都にいるのは辛いだろうと辺境にある領地へ移動することとなった。せめて侍女だけでも付けるようサイモンから提案されたが、もう誰とも関わりたくなくて、一人きりで過ごすことを希望した。
「お嬢様、お願いがあります」
屋敷で過ごす最後の夜。家族でしんみりとした晩餐を過ごしたあとのことだった。自室に戻る際、いつものように斜め後ろを歩くクライヴに呼び止められた。
「どうしたの? 改まって」
「……お邪魔は致しませんから、どうか私を連れて行ってください」
何事かと話を聞けば、真剣な表情でそう懇願されてしまった。もちろん、レベッカは首を横に振った。
「でももう誰も巻き込みたくないの。心配しないでクライヴ、貴方の待遇は悪いようにはしないわ」
「いえ! お嬢様のお傍にいられないならば、生きている意味がありません!」
「もう、大袈裟だわ」
「旦那様にも了承を得ています。お一人で過ごされるなんて不用心なだけでなく不便でしょう。護衛だけでなく使用人として仕えさせて下さい」
クライヴはいつの間にかサイモンに話をつけていたらしい。いつも穏やかな彼らしくなく、めずらしく強引だった。確かにクライヴの言う通り、一人きりではもしものことがあっても公爵家に伝えることすらできないだろう。
「……好きにすればいいわ」
「ありがとうございます!」
クライヴの人生を棒に振るようで心苦しいが、今のレベッカには他人を慮る余裕すらなかったので、彼のしたいようにさせたのである。
そして次の日の夜明け前。レベッカはクライヴとともに小さな馬車に少しの荷物を積んで屋敷を後にした。
* * *
「――――っは」
突然流れ込んできた記憶に頭がパンクしそうだった。本当にあったことだったのだろうか? 当事者のように胸が張り裂けそうなほど苦しい。凛香は心臓の辺りを制服のブラウスの上から強く掴み、目を閉じて呼吸を整える。しかし脳内に流れる映像には、どうやらまだ続きがあるようだ。
――辺境の屋敷とは言えない小さな家に移住してからは、表面上は穏やかに過ごしたものの、夜になると毎晩のように婚約を破棄されたパーティーの悪夢を見て飛び起きていた。ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。そしてしばらくすると言い様のない悔しさが押し寄せてくるのだ。
どうして私が。王太子妃として恥ずかしくないように頑張ったというのに。蹴落とそうとする他の候補者からも、厳しい妃教育にも耐えた。一体何がいけなかったのだろう。考えても分からないし、もうそれすらもしたくないほど疲れてはいる。ひとしきり後悔したあとに押し寄せてくるのは虚無感だった。その繰り返し。
護衛だけでなく、侍女のように細々と身の回りの世話を焼いてくれるクライヴに、いつか尋ねたことがあった。
「クライヴには貴方の人生があるのだから、こんななにもできない私に従うことはないのよ?」
公爵家から充分に暮らせるほどの給金を貰っているはず。ならばこんな無気力になってしまった女を置いてさっさと都にでも行くなりすればいいのに。
するとクライヴは質素なソファーに座るレベッカの足元に跪くと、レベッカの手をギュッと握りしめた。まるで存在を確かめるかのように。少しかさついて剣だこのある手は、大きくて温かい。
「レベッカ様。私の幸せは貴女と共にあることです。幸せを願ってくださるのならどうかお傍にいさせてください」
そこまで言われてしまえばレベッカも諦めるしかない。彼を説得することを。それにそんなエネルギーすら持てなかったのもある。力なく困ったように笑ったレベッカの手の甲に、クライヴは誓いを立てるように口づけを落とした。胸が少しソワソワとする。
ニーナと出会う前の物静かなエルバートは好ましく思っていたものの、確かに男性として愛してはいなかった。そもそも愛など分からないまま、ここまで来てしまった。そう思っていたが、今までクライヴに対しては敢えて考えないようにしていたことは否めない。それと彼が全てを捨てて傍にいてくれたことの訳を、確かめ合うことはできなかったから分からないけれど。
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