10 / 29
10.未知の世界へ
しおりを挟む
あの日から、晴輝との関係は変わった。呼び名も『津山くん』から『晴輝くん』に変わり、『片野』から『凛香』と呼ばれるようになったのだ。付き合い始めたからといって、あからさまにベタベタすることはしないが、
「ようやく付き合ったの?」
と、周囲から聞かれないということは、そういうことだったのだ。
並んで歩くことすらしなかったというのに、二人の距離は次第に近付いていった。人ひとり分ほど空けて歩くようになり、大学では半分くらいに縮まって、今では手を繋ぐのでほぼゼロである。クライヴは護衛という立場上、後ろからついてくることが多かったし、一緒にいることは多かったけれどそれなりに距離はあった。彼とは結局それ以上縮まることはなかったが、晴輝とは違う。手だけでなく、このままいけば身体も繋がるのだろう。
(恥ずかしいけれど嫌じゃなくて、寧ろ……)
未知の領域に不安はあるけれど、それでもいいと思えるなんて、昔の自分が知ったらビックリするだろうか?
卒論に追われた日々を経て無事大学の卒業式を終えた。晴輝と付き合い初めて半年になったので、お疲れ様と祝いを兼ねて二人で卒業旅行をしようと計画を立てた。もちろん泊りで。これから先、関係がどうなるかは分からないけれど、レベッカと違い責任や義務もない凛香がもったいぶるものでもないだろう。好きな相手と添い遂げられなかったレベッカごとひっくるめて幸せになりたい。『もしかして晴輝はクライヴなのでは?』という思いがどうしても消せないから。
辺境の二人暮らしでは、屋敷で使用されていた料理を乗せるワゴンほどの小さなテーブルで、向かい合って食事をしていた。最初の頃はレベッカだけ先に食べていたけれど、一緒に食べて欲しいとお願いしたのだ。晴輝と向かい合っていると、その光景が脳裏に浮かぶ。懐かしくて温かくて切なくて、胸をかきむしりたくなる衝動に駆られる。
偶然似た所があるだけで、クライヴのような男性がタイプなのだから重ねてしまうのも無理はないと、そう冷静に考えている部分もあって。それこそ今世まで一緒なんて、クライヴにとってなんの得もならないし、解放してあげたかった気持ちと矛盾している。ただのレベッカの希望的観測でしかない。存在しない人を思い浮かべるなんて晴輝に申し訳なくて、あまり前世のことは考えないようにしていた。
* * *
海沿いのリゾートホテルに宿泊をした凛香たちのディナーは、夜景の綺麗な高層階にあるレストランだった。料理はフルコースで雰囲気もとてもいいけれど、ホテル内にある宿泊者向けなので程々にカジュアルだ。それでも少し気後れしていたが、料理が始まるとレベッカのお陰でテーブルマナーを身体が覚えていた。食事を進めていると、ふと晴輝の視線を感じた。たまに彼は凛香とジッと見つめることがある。初めの頃は見て見ぬふりをしていたけれど、もうそんなによそよそしい仲ではない。
「どうしたの?」
「流石だな、と思って」
「え?」
「とても綺麗だから……」
「え……」
まさかの直球で褒められて、言葉に詰まる。
「あ、そうじゃなくて、っていや、もちろん見た目だっていつも綺麗だけど、仕草がとても綺麗で……」
珍しくしどろもどろになる晴輝に、思わず笑いが零れた。普段あまり動じないタイプの人が慌てる姿は新鮮だ。
「フフッ」
「悪い……変なこと言ったな」
「ううん。褒めてもらえて嬉しいよ」
普段通りを装っていても、このまま初めて二人で夜を過ごすことに緊張していたから、お陰で肩の力が抜けた。白身魚のポワレを口に入れれば、カリッと香ばしく焼かれた表面とふんわりと柔らかな身。それからバターと柑橘系のソースの香りが広がる。すでに何口か食べたはずなのにこんな味だったかな? と思ってしまうくらい、心ここにあらずだったようだ。
「晴輝くんも、綺麗に食べるのね」
緊張が解け、改めて晴輝を見て気付いた。そういえば彼もカトラリーの使い方に躊躇はなかった。幼い頃から母や教師に実践を交えて教えられてきたレベッカならまだしも、男子大学生がそこまでこなれているだろうか? 何度か晴輝の家にもお邪魔したことがあり両親にも挨拶をしているが、凛香のところと同じ一般家庭で、特別マナーに厳しそうではなかった。実際のところは分からないけれども。
「見よう見まねだけどな」
「そうなの!? すごいのね」
でもこのホテルを予約したのは晴輝だ。その時点でフルコースだと知って、練習してくれたのかもしれない。変に真面目なところがあるので、その可能性が高い。そういうところを可愛いと思えるほど彼のことを好きになっていた。
真面目なだけでなく、晴輝は意外にも穏やかな性格だった。意外、というと彼に申し訳ないが、上背があるので高い位置から無表情で見下ろされれば、無意識に威圧感を覚えていたのは凛香だけではない。口数も多くなく、騒がしいタイプでもないから尚更だ。けれども実際付き合ってみると、高校時代の印象はいい意味で裏切られた。
凛香を優先しすぎるところには申し訳ない気持ちにもなるが、大事にされているようで嬉しくもある。好きになった人と生きていくことで、レベッカが諦めた未来を歩んでいけたら報われるだろうか。
けれど今はそれよりも。いつしかコースもデザートに差しかかり、再びソワソワとしてしまう。レベッカとして食事のマナーは完璧だったが、部屋に戻ってからのことは未知の世界だ。なんせ殿方に任せましょうという時代である。カップルの誰もが通る道だし、付き合ってからの期間を思えば寧ろ遅いくらいだ。ああ、どうしよう。ぶり返した緊張感のせいで、見た目にも凝っているデザートの味がちっともしなかった。
「ようやく付き合ったの?」
と、周囲から聞かれないということは、そういうことだったのだ。
並んで歩くことすらしなかったというのに、二人の距離は次第に近付いていった。人ひとり分ほど空けて歩くようになり、大学では半分くらいに縮まって、今では手を繋ぐのでほぼゼロである。クライヴは護衛という立場上、後ろからついてくることが多かったし、一緒にいることは多かったけれどそれなりに距離はあった。彼とは結局それ以上縮まることはなかったが、晴輝とは違う。手だけでなく、このままいけば身体も繋がるのだろう。
(恥ずかしいけれど嫌じゃなくて、寧ろ……)
未知の領域に不安はあるけれど、それでもいいと思えるなんて、昔の自分が知ったらビックリするだろうか?
卒論に追われた日々を経て無事大学の卒業式を終えた。晴輝と付き合い初めて半年になったので、お疲れ様と祝いを兼ねて二人で卒業旅行をしようと計画を立てた。もちろん泊りで。これから先、関係がどうなるかは分からないけれど、レベッカと違い責任や義務もない凛香がもったいぶるものでもないだろう。好きな相手と添い遂げられなかったレベッカごとひっくるめて幸せになりたい。『もしかして晴輝はクライヴなのでは?』という思いがどうしても消せないから。
辺境の二人暮らしでは、屋敷で使用されていた料理を乗せるワゴンほどの小さなテーブルで、向かい合って食事をしていた。最初の頃はレベッカだけ先に食べていたけれど、一緒に食べて欲しいとお願いしたのだ。晴輝と向かい合っていると、その光景が脳裏に浮かぶ。懐かしくて温かくて切なくて、胸をかきむしりたくなる衝動に駆られる。
偶然似た所があるだけで、クライヴのような男性がタイプなのだから重ねてしまうのも無理はないと、そう冷静に考えている部分もあって。それこそ今世まで一緒なんて、クライヴにとってなんの得もならないし、解放してあげたかった気持ちと矛盾している。ただのレベッカの希望的観測でしかない。存在しない人を思い浮かべるなんて晴輝に申し訳なくて、あまり前世のことは考えないようにしていた。
* * *
海沿いのリゾートホテルに宿泊をした凛香たちのディナーは、夜景の綺麗な高層階にあるレストランだった。料理はフルコースで雰囲気もとてもいいけれど、ホテル内にある宿泊者向けなので程々にカジュアルだ。それでも少し気後れしていたが、料理が始まるとレベッカのお陰でテーブルマナーを身体が覚えていた。食事を進めていると、ふと晴輝の視線を感じた。たまに彼は凛香とジッと見つめることがある。初めの頃は見て見ぬふりをしていたけれど、もうそんなによそよそしい仲ではない。
「どうしたの?」
「流石だな、と思って」
「え?」
「とても綺麗だから……」
「え……」
まさかの直球で褒められて、言葉に詰まる。
「あ、そうじゃなくて、っていや、もちろん見た目だっていつも綺麗だけど、仕草がとても綺麗で……」
珍しくしどろもどろになる晴輝に、思わず笑いが零れた。普段あまり動じないタイプの人が慌てる姿は新鮮だ。
「フフッ」
「悪い……変なこと言ったな」
「ううん。褒めてもらえて嬉しいよ」
普段通りを装っていても、このまま初めて二人で夜を過ごすことに緊張していたから、お陰で肩の力が抜けた。白身魚のポワレを口に入れれば、カリッと香ばしく焼かれた表面とふんわりと柔らかな身。それからバターと柑橘系のソースの香りが広がる。すでに何口か食べたはずなのにこんな味だったかな? と思ってしまうくらい、心ここにあらずだったようだ。
「晴輝くんも、綺麗に食べるのね」
緊張が解け、改めて晴輝を見て気付いた。そういえば彼もカトラリーの使い方に躊躇はなかった。幼い頃から母や教師に実践を交えて教えられてきたレベッカならまだしも、男子大学生がそこまでこなれているだろうか? 何度か晴輝の家にもお邪魔したことがあり両親にも挨拶をしているが、凛香のところと同じ一般家庭で、特別マナーに厳しそうではなかった。実際のところは分からないけれども。
「見よう見まねだけどな」
「そうなの!? すごいのね」
でもこのホテルを予約したのは晴輝だ。その時点でフルコースだと知って、練習してくれたのかもしれない。変に真面目なところがあるので、その可能性が高い。そういうところを可愛いと思えるほど彼のことを好きになっていた。
真面目なだけでなく、晴輝は意外にも穏やかな性格だった。意外、というと彼に申し訳ないが、上背があるので高い位置から無表情で見下ろされれば、無意識に威圧感を覚えていたのは凛香だけではない。口数も多くなく、騒がしいタイプでもないから尚更だ。けれども実際付き合ってみると、高校時代の印象はいい意味で裏切られた。
凛香を優先しすぎるところには申し訳ない気持ちにもなるが、大事にされているようで嬉しくもある。好きになった人と生きていくことで、レベッカが諦めた未来を歩んでいけたら報われるだろうか。
けれど今はそれよりも。いつしかコースもデザートに差しかかり、再びソワソワとしてしまう。レベッカとして食事のマナーは完璧だったが、部屋に戻ってからのことは未知の世界だ。なんせ殿方に任せましょうという時代である。カップルの誰もが通る道だし、付き合ってからの期間を思えば寧ろ遅いくらいだ。ああ、どうしよう。ぶり返した緊張感のせいで、見た目にも凝っているデザートの味がちっともしなかった。
29
あなたにおすすめの小説
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)
放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」
公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ!
――のはずだったのだが。
「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」
実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!?
物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる!
※表紙はNano Bananaで作成しています
婚約破棄される前に、帰らせていただきます!
パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。
普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる